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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【終】 縁 ーユウの未来編ー
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邂逅

 ユウは仰向けのまま、涙をひとつこぼした。

 涙は目尻から、耳のあたりを通って落ちた。

 憎くないはずがない。

 メッツァー・ランゴバルト。

 くやまないはずがない。

 父さん。兄さん。姉さん。

「それなのに……」

 ユウの涙は、せきを切ったように落ちはじめた。

 誰も止めてくれないのをいいことに、もうひと粒、もうひと粒と落ちていった。

 ああ……本当に、

「俺は、馬鹿だ」

 真実は、認めると認めざるとに関わらずそこにあるのに。

 認めまいとすること自体が、すでに認めているも同然であるのに。

「俺は……ヒュー・カウフマン」

 そしてカラスで、魔人だ。

 ユウは、このこと自体には悲しさもうれしさも感じず、ただ、すべてが変わってしまったのだという恐ろしさに打たれた。

 これからどのような顔をして皆に会えばいいのか。まったく、想像ができなかった。

 もちろん、伝えかたや表情に関わらず、拍子抜けするほどあっさりと受け入れてくれそうな気もするが、特にララは、いったいなんと言うだろう。

「え、ユウって魔人なの?」

「カラスって、あの、カラスなの?」

 ……ああ。

 それでも好きだと言ってくれると信じたい。

 いや、きっと言ってくれるはずだ。

 俺はそのとき、ララを抱きしめる。

 そして。

 ユウの腕の中で、幻のララだけが老いていく。ふたりの想いの深さに変化はないが、だからこそ、その幻のララが骨となり散ったとき、想像の中とはいえ、ユウの魂は悲鳴を上げた。

 ララ!

 全身を絞られ、血という血が、じゃあじゃあと闇に落ちていく感覚だった。

 嫌だ……ララ、行くな!

 行くな!


 ……さて。

 真実までの、ほんの半歩を邪魔していた『深層のユウ』がおそれていたとおり、こうしてN・Sに取りこまれることが、すべての記憶、矛盾のない精神を取り戻すトリガーとなってしまったわけだが、それに協力したものとしては、もうひとつ。

 がばと勢いよく半身を起こして、ユウは気がついた。

 誰かが指をからめるようにして右手を握っている。ユウと同じように黒一色の世界で、黒一色の床に横たわっている。

 あ……。

 ユウはその人の名を知っていたが、言葉にはできなかった。はじめて間近で見るその人の美しさに目を奪われてしまったのだった。

 ふ……と、固く結ばれていたその唇と目蓋にかすかな笑みが広がり、どきりとしたユウが見守る中、長いまつ毛に飾られた瞳が、わずかに薄く開かれた。

「……よかった」

「え……?」

「思い出せたのね」

 つながり合ったふたりの手のひらが、不思議なぬくもりに包まれている。

 これがそのまま魂のつながりであることに、いまだユウは気づいていない。

「あなたの心も、ずっと迷子になっていたから」

 ふふ、と、その人は微笑んで、ようやっと、しっかりと目を開けてユウを見た。

「……どうしてここに、という顔をしてる」

 ユウは図星を突かれたので、あわててうなずいた。

「N・Sは、持ち主とつながっている」

「あ、ああ」

「私とN・Sカラス、あなたとN・Sカラス」

「あ……」

 つまり、N・Sカラスを介して、

「……俺と」

「……私」

 はっと、ユウは思い出した。

 エディンに殺されようとした瞬間、確かに誰かが胴のまわりに腕を巻きつけて、ぐいとN・Sに引き入れてくれた。

 しかも、それだけではないらしい。

「あなたと会うのは、これで四度目。……いいえ、一度目は会ったとは言えないかもしれない。気配で私を目覚めさせて、あなたは行ってしまった。二度目は……私の手の中で眠りに落ちた。三度目のあなたは、ひどくおびえていた。私が伸ばした手を払いのけた」

「カラス」

「あなたもそう呼ばれるようになるわ」

 ユウはつい、悄然となってしまった。

「俺は……」

「魔人にはなりたくない」

「ん……」

「大切な人がいるのね」

「ああ」

「人間の」

「ああ。カラスなら……どうする?」

「どう?」

「俺はこの先、どうしたらいい?」

 するとカラスは、遠くにいる誰かを見つめるような目をして、ふふ……と、なにか思い出し笑いをした。

 凛とした女戦士の顔が、柔らかい女性の顔になる瞬間をユウは見た。

「もう離れられないのね」

「絶対に」

「だったらともに生きなさい。置いていかれるのが怖いのなら、相手が逝くとき、一緒に逝けばいい」

「あ……」

「この世には選択できない運命もある。でも、すべてがそうであるとは限らない」

 ユウはこのきっぱりとした考えかたに、ひるみながらも同調した。

「まずはその子に伝えてあげて」

 真実を。

 そして、愛情を。

「……さあ」

 カラスが起き上がり、

「もう戻りましょう」

 ふたりの手は指先のからまりを最後に、するり、糸を引くように離れた。

 ユウは魂を半分に裂かれたような心持ちがした。

「カラス……!」

 と、呼びかけるも、もうその姿は黒に呑まれている。黒一色の床に、足跡のような白い波紋がいくつも広がり遠ざかっていく。

「カラス!」

 ……待っている人がいるでしょう? ……お互いに。

「カラス、そうだ、アレサンドロは!」

 皆の顔を浮かべて思い出した。

 そうだ。あれからどうなった。

 モチは?

 コルベルカウダは?

 エディン・ナイデルは?

「カラス!」

 ……行きなさい、あなたの翼で。

「俺の……あ!」

 次の瞬間。

 ユウは音もなくしぶきもなく、黒い海の中へと放りこまれてしまっていた。

 これがアレサンドロならば、N・Sの内面世界の海へと落ちこむことなど何度も経験していることで驚きもしなかっただろうが、

「な、なんだ?」

 と、ユウとすれば当然、もがかずにはいられない。

 あ……。

 なにかが身体の中にしみこんでくる。

 なにかが身体の中に充填されていく。

 ああ、ふくらんでいく……!



「……フン」

 エディン・ナイデルは、ほんの軽く、とん、と、突いただけであったのに、N・Sカラスの巨体は二十メートルも飛ばされ、港の床に火花を散らせた。

「やめなさい!」

 飛びながらモチが叫ぶ。

 エディンの攻撃可能範囲がわからないのだから遠巻きにならざるを得ない。

「そうは言っても、エレベーターの動かしかたを教えてくれないフクロウが悪い」

「なにを、馬鹿な!」

「ねぇ、君。N・Sの中の人間は、N・Sに与えられたのと同等の痛みを感じる。知っているだろう?」

「ホ……!」

「これから彼はどうなるのだろうね。うふ、ふ、ふ」

 エディンの怪力が、今度は伸びたN・Sカラスの左小指を小石のように持ち上げた。

 そしてそれを、関節とは逆の方向へ……。

「ひゃあ!」

 飛びかかろうと爪振りかざし、降下をはじめていたモチのかたわらを、エディンの身体が飛んでいった。

 さらに、カプセルエレベーターの通る円筒に激突してそれを砕くとは、相当な打撃を受けて飛ばされたのに違いない。

 もちろん、それをしたのは、

「ユウ!」

 みしみしと音を立てて、N・Sカラスが片ひじをついている。

『……モチ』

「ああ、ユウ、無事でよかった!」

『……う』

「ユウ、どうしました、ユウ?」

『モチ、俺は……!』

「ホ、ホ!」

 モチは反射的にあとずさった。

 カラスの装甲の隙間、つまり人工筋肉の部分が、沸騰したようにのたうっている。

 さらに、ユウの苦鳴に呼応して肉のうねりはみるみる広がり、

『あ、あ……ああ!』

 カラスの指はますます床をかきむしった。

「ユウ!」

「なにをしているの!」

 すさまじい生命力を見せて駆け戻ったエディンだが、しかし、その変化を止めることかなわず再び弾き飛ばされる。

 ついにN・Sは装甲もろとも螺鈿の塊のようになって、巨大な黒色まだらの卵のようになってしまった。

「ホ、これは……」

 モチには見覚えがある。

 N・Sの核、N・Sと乗り手の同一化を一手に請け負った装置が、ちょうどこのような色形をしていた。

 しかし、それがいったいどのような意味を持つことなのか……。

「ムムム」

 ハサンならば、なにかわかったかもしれない。自らを凡俗と決めつけて、思わずモチはうめく。

 と……。

 なにか厚いガラス板が落ちて砕けたような音がしたので、モチは首をまわしてそちらを見た。

「や、エディン!」

 しまった!

 途中から一部崩れ落ちたのをいいことに、カプセルエレベーターの走行路の中をエディンが駆けのぼっている。垂直の壁を、ただ脚の力だけで。

「待ちなさい!」

 もちろん、エレベーターとはいえ緊急時用の障壁はいくつか存在するが、相手は閉鎖されたコルベルカウダに、いかなる方法でか押し入ってきた男である。物質的な強度だけに期待するわけにはいかない。

 おのれ、と、翼を広げて勇敢なフクロウは飛び立った。

『モチ……!』

 と、地を震わせるような声が、そのときモチを驚かせた。

『俺がやる』

 とは、どこからの声か。

 モチは振り向いて、

「ユ、ユウ? ……その、姿は!」

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