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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【終】 縁 ーユウの未来編ー
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接吻

「カラス……」

 ここまで近づいたことが、いままでにあっただろうか。

 ……どうしたの。

 ……少し、考えごとよ。

 そんな最後の会話が思い出される。

 N・Sカラスがかたわらにあって、アレサンドロはその考えごとの中身を聞かされていたのだろう巨人に、嫉妬したのだ。

「カラス、俺は……」

 アレサンドロは、あっとなってカラスの手首をつかみ押し返した。籠手の装飾が肌を刺したが、それ以上に間一髪のあやういところであった。

 ぶるぶると、その手の中であきらめることなくこちらのわき腹を狙い続けているのは、獣の牙のような小刀だ。

 そのくせ、カラスの顔には相変わらず感情が生まれない。

「チッ……オオカミ、あの、野郎!」

 アレサンドロは身体をひねって足を引き寄せると、渾身の力でもって、メインモニターを蹴壊した。

「出ろ、カラス!」

 単純な筋力勝負になれば、相手は女だ。勝てる。いざとなれば無理にでも引きずり出してやる。

 実際はそんな簡単なものではなかったが、コクピットの中でしっちゃかめっちゃかに暴れまわれば、さすがのカラスもハッチの開閉スイッチを操作せざるを得なかった。

 まず、アレサンドロが転げ出て、

「獅子王?」

 その姿を探したが、風に押し飛ばされてしまったのか見つけることができない。無事であればいいがと思うその心は、仲間にかける愛情と寸分も違わない。

 そのうちに、剣を引っさげたカラスが、もどかしいほどゆっくりと降りてきた。

「俺は丸腰だぜ。……なんて、そんなこと気にするわけもねえか」

 目の前で抜かれた剣が両刃であるのが、アレサンドロをわずかにほっとさせた。かつて、カラスの好んだ武器は、片刃のエド・ジャハン刀であったのだ。

 いま目の前にいるのはカラスじゃねえ。

 戦士として甘いところのあるアレサンドロにとって、視覚的にもそう思えるのはありがたいことだった。

 アレサンドロは手指の動きを確かめ、

「……よし、こい」

 開き手のまま拳闘の構えを取った。

 カラスのほうは、いかにも場慣れした無形であった。

 じり、じり、と、間合いを詰めたのはアレサンドロで、ぱっと攻勢に出たのはカラスであった。

 ひと振り、ふた振り、三振り。

 アレサンドロは目を見開いて、かわすことに専念する。

 なんの、アレサンドロはここ数ヶ月、正しく血のにじむような努力をしてきたが、わけても過酷であったのが、ジョーブレイカーとの組み打ちだ。

 なるほど、カラスの中の何者かは、確かになかなか剣をつかったが、

 俺だって、やることはやってきたんだぜ……。

 いまはその自負がアレサンドロを後押しした。

 幾度かの息詰まるやりとりののち、電光の刺突を手のひらでいなして、

 ここだ!

 襟ぐりを捕らえて背負い投げた。

「ぐ……」

 すかさず、アレサンドロは押さえにかかった。

 そしてやはり、躊躇も感じずにはいられなかった。

 カラスの上げたうめき声に対してではない。うつぶせに組み敷かれた女の美貌に土がまみれついた、その痛ましさに対してでもない。

 濡羽色の髪をかき分けて現れた、うなじ。盆の窪。

 その、はっとするまばゆさの中に貼りついた、なんということはない赤い玉が、たとえば返しのついた釣り針のように、簡単には引きはがせないものとしてアレサンドロの目には映ってしまった。

 手をあやまれば延髄を傷つけ、正真正銘、カラスだけのものである命を奪ってしまうかもしれない。だが、抜かないという選択肢ははじめからない……。

 おい、やるのか?

 赤い玉は挑発的だった。

 ああ……!

 言葉なくカラスは暴れた。

 それを、アレサンドロは押さえつけた。

 ふと衝動的に心が働いて、白いうなじに、唇を押し当てた。

「……カラス」

 この先はどうなるかわからない。伝えておきたいことがあった。

「十五年……いやもう、十六年だ」

 いまにして思えば、おそらくこれが一番の後悔。

「でもよ……いまでも……」

 そうだ、いまでも。

「いまでも、あんただけを愛してる。あんただけを、いまでも……!」

 アレサンドロの指は正確に動いた。

 赤い玉をつまみ、ジャッカルに教わったとおりに、それを、す、と、引き抜いた。

 アアァァー。

 カラスが鳴いた。

 アレサンドロの手の中で、抜かれたばかりの針が発光した。



『……アレサンドロ?』

 その爆発音を、ハサンはN・Sオオカミとのつばぜり合いの中で聞いた。

 跳び離れてその方を見れば、濃灰色の煙が細く立ちのぼっている。

『アレサンドロ……』

『ハ、ハ!』

 オオカミは両手を打ち叩いて高笑いした。

『どうした、シャー・ハサン。つまらん芝居はやめたまえ。君ほどの紋章官がこれを想像できなかったはずはない』

『想像……か。確かに』

『それでありながら君は、彼を行かせた。男気を通させるために』

『そのとおりだ』

『フ、フ、彼は死んだかな』

『……』

『ハ、ハ、ハ……む?』

 オオカミとコウモリは、同時に空を振り仰いだ。

『なんだ……?』

 いまは金の防護膜に覆われているコルベルカウダ。

 そのどこかで、誰かが太鼓を打ち鳴らしている……?

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