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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【終】 縁 ーユウの未来編ー
253/268

頑固な王様

 あきらめてはいない、と、ハサンは言った。

 言いかえれば、

「ユウは来る」

 と、言ったのだ。

『ユウは来る』

 アレサンドロは口に出してみた。

 空の港に、N・Sカラスとともに残してきたユウが、来る。

『ああ、あいつは……そういうやつだ!』

 獅子王は、肉球に収納された長剣を瞬時に実体化させるやそれを握りこみ、自ら選んだ対戦相手、旋風のメグレズの重い斬り下ろしを、がっきと額の前で受け止めた。

『……ッ』

 相手の得物も同じく長剣。

 互いの刃を削り合う、長いつばぜり合いが続く。

 メグレズの乗り手はカラスだが、

 カラスの、戦いかたじゃねえ……?

 一抹の不安がアレサンドロの頭をよぎったところで、ふたりの巨人は跳び離れた。

 ……いや、そうじゃねえな。

 アレサンドロは首を振った。

 認めたくはないが、カラスの戦いかたでなくて当然なのだ。

 その人形のような雰囲気から、心は書きかえられたのではなく白く塗りつぶされてしまったのだと、ある意味都合よく思ってきたが、やはりカラスの中には何者かが居座っているのだ。

 くそ……!

 カラスの身体を乗っ取っているその何者かは、恐ろしく無口で恐ろしく従順。

 まさか男じゃねえだろうな、と、アレサンドロは考える。

 だが。

 いま重要なのは、その何者かをカラスに注入している『あの針』をどう抜くか。

 コクピットハッチの向こうがわにある針に、いったいどのようにして接触するか。

 ハサンならばそう言うに違いない。

 これが優先順位だ、と。

 ウウ……と、メグレズのビッグファンが、うなるような声を上げた。

 シャープやスリムなどという言葉の対極にいるようなこの将軍機は、突進間際の雄牛にも似ている。

 プロペラが緩慢に回転をはじめ、

『!』

 獅子王はとっさに、剣を大地に突き刺した。

 つまり、そうしなければ吹き飛ばされてしまうほどの暴風であった。

『く、そ……!』

 これが将軍機、『旋風』の力。

 つま先で地面を掘り返し、どうにか足場は確保したが、さてここからはどうしたものか。プロペラが動きはじめた時点でなにかできたのではないかと、いまさらながら、くやまれる。

 振り返ると、いままで背後にいたはずのL・J群がいない。軒並み、巻きこまれてしまったようだ。

 ……どうする。

 ハサンやオオカミとは戦場が離れている。さすがにあちらまでは影響はないだろう。

 ……どうする。

 一か八か、柄から手を離してみるか。

 腹ばいになれば、あるいは上手く……。


『いま行くぞ、ヤナ!』

 

『!』

 まただ。

 またしても過去の白昼夢。

 だが先ほどよりもさらに短い一刹那の夢が、アレサンドロの目蓋を駆け抜けていった。

『な、なんだ?』

 というのも、突然獅子王の右腕が、意思を離れてぶるぶると震え出したのだ。

 それはついに柄を離してしまったので、アレサンドロは左腕のみで剣にしがみついた。

『獅子王!』

 乗り手の叱咤など意にも介さず、右腕は、ぐぐと持ち上がる。

 手のひらをメグレズへと向けて、

『う……!』

 びかりと肉球を光らせた。

『こ……こいつは?』

 目の前に現れたのは獅子王の大剣であった。

 ドゥーべの轟断刀に勝るとも劣らない豪刀が、なかばまでを深々と地面に埋めこんで自立していた。

 その先には、細剣。これもまた地面に立っている。

 そして片手剣。馬上槍。長斧。十字槍……。

 すべて一直線に立ち並び、メグレズの近くまで続いていた。

『おいおい、まさか、これをつかんで進んでいけなんて言うんじゃねえだろうな』

 右腕の感覚が嘘のように戻った。

『そりゃあ獅子王なら、ポンポンポンだろうぜ』

 だが、アレサンドロは獅子王ではない。そこはくやしいかな、オオカミの言うとおりだ。

『チ……なんとか、言いやがれ!』

 アレサンドロは身体をひねって長剣の前へ出ると、それを足場に大剣へと飛びついた。

 残した長剣が、ふいと消えたのは、再び肉球に戻ったためらしかった。

『ええ、くそ』

 アレサンドロは悪態をついた。

『こんなので、近づけるわけがねえじゃねえか』

 こちらがやっとの思いで一歩進んでも、メグレズはいとも簡単にしりぞいてしまう。

『むしろこう、手に一本ずつ持ってよ……突き刺しながら行くってのは、どうだ?』

 しかし、獅子王はそれを許さなかった。

 すべての足場をたどってきたところでまたも腕を乗っ取り、二度も三度も、同じ作業をくり返させるのであった。

『おい、獅子王よ。おまえ、わかってんのか』

 いつしかアレサンドロは、自然と獅子王に話しかけるようになっていた。

『あのメグレズ、なんでこっちに仕掛けてこねえと思う。時間かせぎをしてやがるんだ』

 ……時間かせぎ?

 などという気のきいた反応はもちろんない。

『要するに、オオカミを待ってやがるんだ。ハサンの力じゃあ、きっとオオカミは倒せねえ』

 理由はアレサンドロと同じ。ハサンもやはり、コウモリではないのだ。

 超音波を捉え得る耳はともかくとして、普段鋭敏な目や鼻はむしろ、N・Sに取りこまれることで退化してしまうことをアレサンドロは知っている。

『だから、時間をかけるわけにはいかねえんだよ。あいつが足止めできてる間に、カラスを、どうにかしなきゃいけねえんだ……!』

 アレサンドロは武器の列にまじって立った獅子王の大盾のかげへ転がりこんで、

『ああ……!』

 疲れはてた身体に一時の休息を入れた。

 どこを取っても鋭角的な部分のない盾なのだが、しっかりと地面に植わり、ぐらつきもしないのが頼もしかった。

『ちくしょう……それに、ひきかえよ』

 ユウよ、早く来てくれ……なんて、ああ、なさけねえ。

 アレサンドロはコルベルカウダを探そうとする弱い心を抑えつけ、大盾の裏に額を押しつけた。

『……』

 要するに、風を止めるか、風のないところから攻めるかすればいいのだ。

『……いや』

 どちらも、あまり現実的ではない。

『こいつで、風をよけながら進んだらどうだ』

 いや。大盾は固定されているからこそ風を防いでいられるのだ。

 両手に持ってみたところで押し返されるのが落ちだろう。

『なら……』

 アレサンドロは無意識のうちに、大盾の埋まっているあたりの地面をほじくり返していた。

 指先に当たるその土の感触は、畝になっていても固く締まっていた。

『……待てよ?』

 アレサンドロは思い返してみた。

 この武具たちはどのように現れたのだったか。

 空から降ってきたのだったか。それとも……。

『これか!』

 獅子王の尾が、びりびりとしびれた。

『おまえが伝えたかったのは、これか、獅子王!』


 そのとき。

 メグレズコクピットの中の女は怪訝な顔をした。

 大盾の背後に隠れた敵N・Sが、ごそごそとなにかをはじめたのだ。

 盾の上部から見えつ隠れつするあれは……。

「矢」

 そう、獅子王は弓を引いていたのである。

 それもメグレズではなく、蒼空を狙って。

『頼むぜ……獅子王!』

 ためにためた力を、ぴん、と、放てば、矢は風を引いて打ち上がっていく。

 当然、頭上に降ってくるものと考えたメグレズは動いた。

 動いたことで、向かってくる風がわずかに乱れた。

『行くぞ!』

 この場合のリスクは、もちろん承知の上である。

 真正面から飛びかかっていくなど正気の沙汰ではない。

 だが、獅子王は教えてくれたのだ。

 武具は上空に出現させて自重で突き立てたのではなく、はじめから地面の中に出現させたのだと。

 鈍色の物体に収められたものは、距離の制限はあれど障害物の有無に関係なく、任意の場所に出現させることができるのだ、と。

 ぶっつけ本番、上等じゃねえか!

 アレサンドロは旋風のメグレズが、もう体勢を整えてしまっていることに気づいていた。

 目には見えないが分厚い風の壁に、そのとき、獅子王は激突した。

『カラァァスッ!』

 かつて、ユウにアドバイスしたとおりだ。

 N・Sから降りたいときは、降りた自分をイメージする。

 アレサンドロはイメージした。

 イメージして飛んだ。

 旋風のメグレズ。そのコクピット。そこに座るカラス。

 光となって、いま、その胸もとへ。

 空間を飛び越えて!

「……!」

 アレサンドロとカラス。

 メグレズのせまいコクピットの中で、ふたりは再会した。

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