鳥瞰戦図
『おぅい、とっつぁん。どんな具合だ』
飛行戦艦オルカーンの前甲板に、白と橙のL・Jが降り立った。
将軍機、神速のベネトナシュだ。
『どんなもなにも、見たとおりに決まっとります』
紋章官、ヨーゼフ・グレゴリオはあきれたように答えたが、
『見たとおり、か。なるほどな』
と、スピードスター・ホークこと、デューイ・ホーキンスがどこかのんびりとしているのと同様に、グレゴリオの声にもまた、あせりのようなものは含まれていない。
『まったく、あの化け物装甲の前じゃあ飛行戦艦もかたなしですわい』
『何発撃った』
『とりあえず三です。こげ跡もつきゃあしません』
『やれやれ、クラウディウスが欲しがるわけだ』
『大将、そいつは……!』
グレゴリオは勢いよく指を立てて、あたりをきょろきょろとうかがった。
それもそのはず、ラッツィンガーから直接、今回の戦の裏側と真の目的を聞かされ、
「付き合わせて悪いが、なにをなすべきか、わかってくれるな」
と、肩を叩かれたのは、七軍の中でも空の戦場のいっさいをまかされた、このホーキンス主従だけなのである。オットー・ケンベルのように輪郭までは察している者もいるが、特に一般の騎士たちの前で、クラウディウスが黒幕だ、皇帝はあやつられているのだ、などと口にするのはまずい。
『すまんすまん。で、どうだ、もう少し寄ってみるか?』
『弾の無駄使いはせん主義です』
『ハ、ハ、よく言うぜ、とっつぁん』
ホークは景気よく笑い転げた。
『しかし、よろしいので』
グレゴリオは通信回線を、メインモニターから手もとのモニターへと切りかえた。
『なにが』
『あの城です。こちらの手に渡るならまだしも、このまま奴隷たちの手に残るようなことになると……』
『やっかいだな』
『陛下はどのような判断をされると?』
『さあ、な。どうなるにせよ、いまは待ちの一択だ』
『はあ』
『……あくまでこれは、俺の意見だがな、とっつぁん』
『は』
『戦はやっぱり、もう終わらせてやらんといかんのだ』
『はあ』
『俺はいまやっかいだとそう言ったが、それはあそこにいる連中が国家の敵だった場合の、まあ、いわゆる一般論てやつだ。元老院の好きそうな理屈だな』
『確かに』
『レッドアンバーがそうでないことは、もうみんな知ってるだろう?』
『しかし』
『とっつぁん』
『む……』
情のこもったホークの声は、グレゴリオのいかめしい眉を八の字に下げさせた。
『とっつぁん、だからここは陛下を待つんだ。陛下の決められたことなら、俺もラッツィンガー将軍も文句は言わんさ』
『帝都のほうは、どうなっとるんでしょうな……』
『なあに、上手くいくさ』
『だと、よろしいですが』
『ハ、ハ、どうした。今日はまた、いつになく神妙じゃないか』
『そりゃあ、帝国の命運がかかった戦です』
『ほう、命運のかからん戦があるならお目にかかりたいもんだ。さて……』
ホークは操縦桿を握りなおし、
『もう一周してくるか!』
と、ベネトナシュを発進させた。
『そうだ、とっつぁん。あの青いN・Sを見たか?』
『青はまだ。そういえば、黒も見とらんですな』
『なら帝都か。あいつには、借りがあったんだがなあ』
『お……!』
『出たか?』
『いや、坊主どもです。ギュンターとカール・クローゼ』
ホークは機首をめぐらせて戦場を見下ろした。
踏み荒らされた平原の中に道ができている。
行動不能となった数多のL・Jが、上空からは道路の玉石のように見えるのだ。
その道の先頭には、L・Jの大群にかこまれた二体のN・Sと真紅のL・Jがおり、そこへ向かっていま、将軍機、火炎のミザールと電雷のフェグダが、それぞれの紋章官機を従えてはせ向かっていた。
『さあて、どうなるかな』
『四対三ですか』
『いや、こいつは……!』
ぱっと、真紅のサンセットⅡが転進した。
『おいおい、ララ坊のやつ、あの四人をひとりでやる気か?』
『なんとまあ!』
『ううむ、漢を見せたな。さすが百人斬りのシュトラウス!』
ホークが感嘆の声を上げると同時に、足を止めてサンセットⅡを見送っていた二体のN・Sも、再びクラウディウスの陣へ向けて走り出した。
『大将、どうします』
『どうするもなにも、見守るしかできんさ。だが……』
『だが?』
『目を離さんようにしておいてくれ。戦場じゃあ、なにが起きるかわからん。あのララ坊も、ギュンターも、カール・クローゼも』
『次の時代に必要な若者たちですな』
『やっぱり、よくわかってるぜ、とっつぁん!』
ホークが自軍激励という名の観戦飛行に発ち、コルベルカウダへの攻撃が一段と火力を増したころ。
N・S獅子王とコウモリは多くのL・Jを引き連れて、クラウディウスの陣へと入らんとしていた。
引き連れて、というと、なにやら秘密の連携を組んでいるようにも聞こえるが、この、獅子王たちを遠巻きにしてぞろぞろとついてくるL・Jたちは皆、あの雄叫びをおそれているのである。それで近づくに近づけず、ただN・Sの移動に合わせて前進している状態なのだ。
ここまで獅子王とコウモリが行動不能にしてきたL・Jは、数十機にものぼるだろうか。
アレサンドロとハサンは、
『大丈夫だって、まっかせて!』
と、頼もしく飛び出していったララを見送った以外は、ほぼ立ち止まらずに駆け続けていた。
『アレサンドロ、連中の肩を見ろ。軍章が変わったぞ』
『紫か』
ここまでは黄色か、桃色のペイントだった。
『やつは近い』
『一気に抜けるぜ、ハサン!』
『いいとも、派手にやれ』
N・S獅子王は一際高く雄叫び、光炉をやられて機能不全におちいった敵機たちの上を、まるで飛び石でも踏んでいくかのように走っていった。
『ハ、ハ』
と、N・Sコウモリもそれに続いた。
ちなみに、この『雄叫び』。
たとえばサンセットⅡのような特別機や改良の進んだ新型機、またN・Sには効力を発揮できないらしいことがわかっている。
らしい、というのは、そもそもこの能力自体、アレサンドロは今日の今日まで知らなかったのだ。
超光砲のメラクに自らの居場所を示すため叫んでみた結果、多くのL・Jが光炉停止を起こした。
そこではじめて、この力を認識したのである。
獅子王になじんだように見えて、アレサンドロは、まだまだ手探り状態なのだ。
『アレサンドロ、いたぞ!』
『おう!』
アレサンドロにも見えた。
セロ・クラウディウスの将軍機、ラベンダー色の『旋風のメグレズ』。
そして、その足もとに、
『オオカミ、カラス!』