子の心親知らず
……くそう。
まさか、こんなことになるとは。
テリーは歯噛みしてくやしがった。
いつかあの帝国一の鷹の目を倒してみせる。そんな若い野心をたぎらせて軍を飛び出したこの青年は、はじめこそ尻ごみをすることもあったが、いまは挑戦状を叩きつけられたことを素直に喜んでいたのである。
……挑戦状?
テリーの背後に立つケンベルは眉をひそめるかもしれないが、あれが挑戦状でなくてなんだろう。
サンセットⅡにぶら下がっていたシューティング・スターを、ばん、と、襲ったあの一撃。跡は右のアイカメラに、くっきりと残っている。
メインモニターの中心に入った放射状のひびを見て、
やっぱり、まだ終わってない!
テリーは思ったものだ。心からの恐怖と、敬意をこめて。
俺はやっと、一対一の勝負をするに足る相手として認めてもらえたのだ!
そう思ったのも無理のない話であった。
「それが……くっそぉ」
テリーは銃口を突きつけられているのも忘れ、頭をばりばりとかきむしった。
「俺は、勝負がしたかったんだよ」
くり返された勝負という言葉に、師匠ケンベルは、不機嫌な声をさらに不機嫌にした。
「遊んでいるつもりはない」
「あ、遊び?」
「貴様は罪を犯した」
「そこを否定する気はないけどさ」
「……」
「てはは、まいっちまうよなぁ、ホントに」
……なるほど。
ライバル視していたのは自分だけだったのか。
帝都脱出の際にライフルを返してよこしたのも、ここで一般社会になど戻らせはしないぞという、ただの警告だったのか。
「将軍にははじめから、俺を処分する気しかなかったってわけね」
落ちこんでいい場面ではあったが、テリーは乱れた髪を手ぐしでなおし、
「オーケーオーケー」
下草の中に大あぐらをかいてみせた。
さあ撃て!
とは、言いかけて、言えなかった。怖気づいたというよりも、この、一時はともにすごした師の前で、言ってはいけないような気がしたのだった。
「なにか、言い残すことは」
「そりゃあ、いっぱいあるさ!」
「む……」
ケンベルは気圧されたように押し黙った。
「まずはあれだよ。ラッキーストライクを返して欲しい。あれは俺のだ。もともとは将軍のものだって言われても、没収だけは断固拒否だね、絶対に」
「……」
「あとは、シューティング・スター。それに、あっちで戦ってる旦那、大将、ララちゃん。あっちにいる彼氏さん、おモチさん、セレンさん、メイちゃん。ジョーさん、クーさん。みんなに言いたいことがいっぱいあるよ。何ヶ月かだったけど、すごく楽しかった。ホントに……ありがとう」
「……」
「あと……あとは」
テリーはうなだれて、
「あとは、将軍に言いたい」
「……」
「顔、見ちゃダメ?」
「ふざけるな」
「ハハ、だろうなぁ、たぶんそうだと思った。でもそれって、顔を見たら撃ちにくくなるからだって、うぬぼれてもいいのかな……あいたぁ!」
小突かれた頭をかかえてテリーがうなっていると、ばらんばらんと、またあたり構わず金属の雨が降った。
ケンベルが長いため息とともに、空を見上げた気配がした。
「ねぇ、将軍。あと一時間だけ、待ってもらえないかなぁ」
「馬鹿め。いまさらなにを言う」
「あと一時間で、きっとこの戦は終わるよ。勝つのはもちろん俺たちだ。いや、鉄機兵団が負けるってんじゃなくて、どっちも勝つ。負けるのは、セロ・クラウディウスだけだ」
「……」
「そしたら国はもとどおり。俺たちや、あの空にいる人たちの処分は、陛下の判断待ちってことになる」
「チ……、だとしてもそれがどうだと言うのだ。見苦しい」
あと一分早ければ。あと一分遅ければ。
そんな死は、戦場にいくつも転がっている。
「命乞いの仕方など教えた覚えはない」
「でも俺は……!」
「言うな」
「言うよ!」
テリーは自分の腿をどんと叩き、
「だって俺、やっぱりまた戻りたいよ、将軍のとこへ!」
「!」
「戻って、もっともっと、追っかけていきたいよ!」
「この、大馬鹿者!」
誰もが身をすくめてしまうような、ものすさまじい音がした。
全身を揺すって、荒々しい呼吸をくり返しながら、オットー・ケンベルは大粒の涙をぼろぼろと落とす。
その足もとに突っ伏したテリーの身体は、ぴくりとも動かなくなっていた。
「馬鹿め……」
半分草に埋もれたテリーの横顔に、鮮やかな血の線がひとすじ流れた。だがこれは、実のところ撃たれたわけではない。
後頭部をライフルの銃床でやられたのだ。
「テリー」
うめいたケンベルは老顔を覆って、
「もし……」
と、涙のしずくをぬぐい落とした。
もし、勝つのがクラウディウスであったとしたら、どうする。どうなる。
アレサンドロ・バッジョ、もしくは、シャー・ハサン・アル・ファルドが、クラウディウスより先に命を落とした場合。
空の魔人城が制圧された場合。
そのいずれにおいても、レッドアンバーの敗北は確定する。
「やつはしたたか者。あなどれば、必ず手痛い目を見る」
ケンベルは耳を澄ませたが、勇壮な獅子の雄叫びはすでに絶えていた。
かわりに風が吹きはじめていた。