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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【一】 はじまり -アレサンドロの過去編-
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モチの発明

 ヤマカガシの穴ぐらは、入り口はせまいが天井は高く、なかなか快適な住居だった。

 壁は泥で塗り固められ、居間には荒削りの木板で組まれたこじんまりとした家具が、意外にもきれいに並べられている。

 奥へ行けば、左は台所、右は寝室。

 さらに床の敷板には跳ね上げ戸がついており、段ばしごを下りると食物の貯蔵庫と、ビーカーや試験管の並ぶ実験室へ行ける。

 その実験室の仮眠用ベッドで、昨夜、ユウは眠った。

 土壁をくりぬいただけの簡素なものだが、アレサンドロが滞在する折に使っている場所をゆずってくれたのだ。

「せまかったろ」

「いや、居心地よかった」

「そうか?」

 物好きだ、と笑うアレサンドロはいま、台所で腕を振るっている。

 玉ねぎが甘く炒められる匂いに、ユウの腹の虫が鳴った。

 ……ところで。 

 ふたりの左中指には、昨日まではなかった鈍色の指輪が輝いている。

 N・Sを封じこめたあの卵をさらに加工し、人目につかない形に作り変えたのだ。

 呼び出すときは乗り降りと同様、ただ念じてやればいいのだという。

 魔人の技術は、まるで魔法だ。

 我ながら子どもじみた発想に思え、ユウは苦笑した。

 左手にはこれで、小指と中指に指輪がはまることになったわけだが、これについてもユウはもともと、こうしたアクセサリーの類が嫌いではない。

 宝石や金銀の価値、というより、彫金や細工が好きなのだ。

 自分で買うほどではないが、街ですれ違う女性や貴族のそれを、しげしげながめてしまうことも、ままある。

 ゆえに、まったく抵抗はなかった。

「おいユウ、皿出してくれ。そこ入ってるからよ」

「ああ」

 朝の涼しさを含んだ風が、開け放たれたままの戸口から入っては抜けていく。

 そこに、

「おはようございます」

 モチがすべりこんできた。

「きゃあ」

 川魚の蒸焼きに粗塩を振っていたヤマカガシは、思わず、その壷を取り落とした。

「よお、朝帰りか。お安くないな」

 普段モチは、日の出前には戻る。しかも今朝は、

「どうしたんだ? その……」

 両目に、木の皮を円く切り取ったものを貼りつけている。

 それで前が見えるのかというと、しっかり細かな穴が開けてある。

 ちょうど、サングラスのような格好だ。

「これは、ま、副産物とでも言いましょうか」

 モチは爪を器用に使い、その皮をはがした。

 そしてさらに、かかえるほどのカゴを、ずいと前へ差し出すと、

「皆さんでどうぞ」

 ひとつ、大きなあくびをしたのだった。

 そのカゴはつるを編んだ手製のもので、中をのぞくと褐色の野ウサギが二羽入っていた。

「これは、すごいな」

「大猟のおすそ分け、ってわけか。昨日はよっぽど儲けたらしいな」

「はい、試作品にしては、予想以上の成果です」

「試作品?」

「ええ」

 細かく刻んだ野菜やベーコンを山ほど混ぜこんだオムレツが、まずテーブルの中央に乗った。

 これに、川魚と米を葉で包んで蒸し上げたもの、というのが本日の朝食のメニューである。

 単純作業が続く家事は面倒くさがるアレサンドロだが、料理はむしろ好きで美味い。

「さあて、メシにしようぜ」

 四人が食卓にそろった。

「で? 試作品てのは?」

「これです」

 モチが取り出したのは、クルミである。

 なんの変哲もないように見えるが、長さ十センチほどの太い紐が枝のかわりにたれている。

「これは?」

「昨夜思いつきました、新しい狩りの手法です」

「へぇ……こいつで、どうやって」

「ま、見てもらいましょうか」

 モチは再び木の皮を目に貼り、扉から外へ出た。

「ペルデンドス博士は、それなりの覚悟を。では……」

 くちばしと爪に火打石をはさみ、クルミの紐に火をつける。

 じりじりとそれが短くなる隙に、モチは飛び立った。

 数秒後……。

 パンッ。

「うっ!」

「おっ!」

 破裂音とともに、一瞬の、強烈な光が走った。

 光石灯どころではない。反射的に顔をそむけたが、それでもユウの目には、きつく残像が焼きついている。

 耳の端に聞こえたのは、小鳥の群れが逃げていく羽音だ。

「あ、つ、つ、なんだありゃ……」

 アレサンドロは目蓋の上から目を揉み、

「あぁあ、まだ見えねえ」

 と、うなった。

 するとここで、なんとあの、最も心配されたヤマカガシが、

「すごい、すごい」

 手を叩き、歓声を上げたのである。

 ヤマカガシは、プレゼントをちらつかされた子どものように表へ走り出ると、破片をかき集め、うきうき、いそいそと検分をはじめた。

 這いつくばってにおいをかぎ、ながめ、なめる。

「おや、これは博士の専門でしたか」

 いつの間にか舞い戻ったモチにも驚くことなく、むしろ自ら抱きつくと、

「すごい、すごい」

 きゃっきゃと笑った。

「尾羽が折れます」

 と、モチは言った。

 そのころになって、ようやく視力が戻ったユウとアレサンドロも、

「やれやれ」

 と、ヤマカガシのあとを外に出たが、どうにも陽の光が目に痛い。

 アレサンドロはまだ眉間を押さえている。

「確かにすげえが、なんだこりゃ。どうやってこんなもん作った」

「さ、それは……ま」

 モチは珍しく言葉をにごした。

「もったいぶるなよ」

 言われても、どことなく言いにくそうな様子でモチは首をまわしていたが、興味津々に次の言葉を待っているヤマカガシの姿に観念したのか、ついに、

「火薬と……一フォンスを」

 つぶやくように答えた。

「一フォンス!」

 ヤマカガシが叫ぶ。

「一フォンス?」

 ユウとアレサンドロは顔を見合わせた。

 一フォンスは帝国通貨の最小金額で、銀色の小さな貨幣なのだが、

「それを削り、粉末にしたものに火をつけますと、このように」

 激しい火花が散るのだという。

「知らなかったな」

「いや、知ってたにしても、金を削ろうって気にはならねえよ」

「ハハ、確かに」

 鳥ならではの思いつきである。

「なんにせよたいしたもんだぜ、こいつは。なにかと役立ちそうだ」

「おそれいります」

 モチは、ほっとしたように身体を上下させた。

 ……と、ここで。

 ユウはふと、気になった。

「……この金、どこから?」

「あ」

 アレサンドロが戻りかけた足を止めた。

「ユウ、一度こぼれたミルクは、もとには戻りません」

 モチは、いやに落ち着いている。

「発明にはなにかしら犠牲が生じるものです。私も何度、この目をつぶしかけたことか」

 なぜかヤマカガシが、うれしそうに何度もうなずいた。

 アレサンドロは、モチをかかえ上げ、

「別にそういうことを聞いてるんじゃねえ。……おい、目をそらすな」

「誤解です」

「だったら、正直に言いな」

「……」

「……」

「……アレサンドロの財布から拝借しました」

「や、やっぱりか! てめえ!」

 モチの無断借用は十五フォンスほど。

 たいした金額ではないが、安酒の一杯くらいは飲めただろう。

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