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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【終】 縁 ーユウの未来編ー
244/268

号砲鳴りて

 そんな、馬鹿な!

 報告を受けて、ラッツィンガーは耳を疑った。

 なんとなれば、まだ開幕直後である。

 響く角笛。ときの声。しびれる手足に熱い胸。

 騎士にとっては最も気が入っている場面であり、同時に、L・Jにとっては最も状態のいい場面である。

 それなのに。

 雄叫びひとつで多くの勇士たちが震え上がり、旧型モデルを中心とした百機を超える数のL・Jがいっせいに行動不能におちいったとは、いったいどういうことなのだ。

 L・Jに関しては、光炉の暴走が原因だと言う。

 しかし、こんなことを言う者ものちには現れた。

 まるで、あこがれの人に会った年寄りが、心臓発作を起こしてしまったようだった、と。

「馬鹿な……」

 謎はこれだけではない。どのような攻撃があったにせよ、くだんの黄金色のN・Sは、まだどれほども螺旋階段を下りていないのだ。

 数千メートルの空の上で、いまもなにかを待つように大地をながめまわしている。

「この、距離で……」

「相手は魔人機。なんの不思議がありましょうか」

「コッセル」

「おそらく、あの城の中に眠っていたものでしょう。優秀なN・Sであるようです」

 コッセルは単眼鏡を目からはずし、緊張感もなく、にこにことした。

「コッセル、あれの乗り手はアレサンドロ・バッジョだな。彼はなぜ、あの場を動かん」

「それはすぐに連絡がまいりましょう」

 なに?

 聞き返すより先に、ヘッドセットをはずして通信士が叫んだ。

「超光砲のメラク、動きます!」



『やっこさん、やっと準備をはじめたみてえだな』

『悪いね、旦那。お膳立てしてもらっちゃって』

『なあに、構わねえさ』

 答えた獅子王の、鎧の上にまであふれ出した長い体毛が、ざあ、ざあ、と、波を打っている。

 この、外へと身を乗り出すN・Sの王の他に、螺旋階段にいるのは三機。

 それぞれがそれぞれ、取りすまして格好をつけているように見えるが、それもそのはず、これらの機体の乗り手は皆、そう見られるのが大好きだ。

『でもいまから組み立てはじめるなんて、なんか要領悪くない?』

『おお、ラーラー、それは違うな』

 N・Sコウモリは悠然と腕を組み、言葉の続きは、いい男ぶって親指を胸に当てたL・J、シューティング・スターが引き取った。

『ケンベル将軍は、超光砲を組み立ててる間にそっちも準備しろって言ってんのよ。俺にね』

『フゥン』

『あの銃口が、こっちに向いた瞬間が勝負だ』

『ヘェ』

 今日は男らしいじゃない。ララがほめそやすと、テリーは、でしょ、と、コクピットの中でも格好をつけた。

 そして、

『さすがにこの場に立ったら、面倒な気持ちは全部消えたね』

 と、憑きものの落ちたような顔になって笑った。

 そう、いまさら、彼氏さんの心配でもないのである。

 旦那でも大将でもコルベルカウダでもなく、

『悪いけど、こっからは自分のために引き金を引かせてもらうよ』

『ああ、もちろんそうすりゃいい』

 テリーはシューティング・スターに貴族めいた一礼をさせ、そのまま、ひざ立ちの姿勢になるように操作した。

 次に、

『よっと……へへへ』

 背中からかつぎまわさせたのは、いままでのものとは見た目からしてまったく違う、大口径、長々銃身の黒いライフル銃だ。

 今日の、この瞬間のために製作された、シューティング・スター専用の超光砲。

 かつては戦車マンムートの心臓であった高輝度光石を使用したものであるが、そのマンムートはメラクによって破壊されたのだから因縁深い。

『ロック。スナイパーモード、スタンバイ』

 テリーはコクピットの中で、こちらも肩づけに構えた愛銃、ラッキーストライクの銃床をなでた。

 従順な猟犬のように、その木の肌は号令を待っていた。

『リンク』

 スコープ越しに見るメラクはやはり巨大で、組み立て終わった超光砲の砲筒に、じりじりと射角をつけているところだった。

『ちょっと旦那。これはあれだなぁ』

『あれ?』

『あっちも威力を上げてるみたいだ』

 地面を這う極太のケーブルが、大型装甲車とメラクとをつないでいる。射程か殺傷力かはわからないが、とにかく超光砲を強化しているのは間違いない。

『一応、逃げといたほうがいいんじゃないかなあ』

『なに言ってやがる、ここまで来て』

 アレサンドロは鼻で笑い飛ばした。

『第一、俺は的だ。標的がいなくなっちまうわけにはいかねえじゃねえか』

『ううん、そりゃあ……まぁね』

 ……やれやれ。

 息をはいて、テリーはあらためてラッキーストライクを握りなおした。

 なにを考えてるんだか、と、他ならぬ自分自身に対して思った。

 馬鹿め。自分のためにと言ったばかりじゃないか。うしろのことを気にしている場合か。

 スナイパーの目は、標的を見るためだけについているのだ……。

『……将軍』

 頭をぽかりとやられた記憶がよみがえる。

 はき出した息が熱くなっているのがわかる。

 スコープの中に、身体ごと吸いこまれていく。

 オットー・ケンベルと目が合った、ような、気がした。

『ひさしぶり、将軍』

 足の調子はどうだい。

 超光砲なんて百年早いって、きっと、思ってるだろうね。

 千五百万。これでも、ちゃあんと払ったんだよ。

 まごうことなく、こいつはいままでの集大成さ。わっはっは。

 ……。

 メラクの砲口が揺れている。

 まだだ……もう少し。

 筒の壁に当てたのでは意味がない。

 狙いはかつてと同じ。砲筒の中心を、正確に撃ち抜かなければ意味がない。

 あの揺れが止まるまで。

 もう、少し。



『……おい、テリー』

『う……だ、旦那?』

『よくやったぜ』

 テリーはひっくり返ったコクピットの中で、頭を振って考えた。いったいなにが起こったのだったか。

 確か、メラクの砲口を狙って引き金を引いた。すると、白い光が……。

『俺、撃たれた?』

『ああ、だが見てみろよ』

 薄暗いコクピットに光がさして、そこではじめてテリーは、自分が獅子王にかばわれていたのだ、ということを知った。正確に言うと、獅子王の持つ、十五メートルサイズの大盾のかげに、である。

 次の瞬間、その大盾は忽然と消えてしまったが、タネを知っているテリーは驚かない。実はN・S獅子王の手のひらには肉球がついていて、それは指輪と同じ、あの鈍色の物体でできているのだ。

 獅子王の寝所に陳列されていた武具防具の数々は、アレサンドロの意思ひとつで現れ、また消える。

『なにしてる。来いよ』

 シューティング・スターは、おそるおそる、螺旋階段のふちからのぞきこみ、

『あ』

 煙を上げているメラクを認めた。

『まあ、こっちも撃たれたがよ、あっちの超光砲は間違いなく力が落ちてた。おまえのほうが速かったって証拠だぜ』

『はぁ』

『なにさ、その反応。もっと喜べばいいのに』

 サンセットⅡが、シューティング・スターの背を叩いた。

『いやぁ、なんて言うかね』

 これで、終わり……?

『テリー、テリー坊や。そこで気を抜くのは早い。戦はまだはじまったばかりだ。当初の予定どおり、我々はオオカミを討ちにいく』

『あ、ああ、そうだよね、大将』

『この階段は崩す。と……いうわけで』

『飛べ!』

『うわ、うわぁ、そんな!』

 テリーはもがいたが、ぽおん、シューティング・スターは抜けるような青空へと放り出されていた。

『ハ、ハ!』

 突き飛ばした獅子王、高笑いしたコウモリも続く。

 そして、最後に飛び出したサンセットⅡがスラスターを吹かし、

『ほぅら、あわてないの、テリー』

 皆の手足をがっちりとつかんだ。

『うう、ひどい』

『生きてるでしょ、文句言わないの。あ!』

 螺旋階段が、再び上層から砕けはじめた。

 遠くに見える飛行戦艦オルカーン、グローリエ、ともに動く様子はない。

 地上へ目を向ければ各軍の飛行型L・Jが、鍋底の細かい泡のように、空へとわき上がってくるのが見えた。

『頑張ろうね。みんな、頑張ろうね!』

『ああ、やってやる。もう、すぐそこまで来てるんだ!』

『そう熱くなるな、アレサンドロ。足もとをすくわれるぞ』

 あ……。

『テリー?』

『い、いや、なんでもないよ』

 テリーの胸はざわついた。

 メラクの視線を感じていた。

 ……まだだ。

 これは、まだ終わっちゃいないぞ、テリー・ロックウッド。

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