ハサンを探して(1)
その運命の会戦へと話を進める前に、ユウを主題にして幾人かが意見をかわすことがあったので、ここにそれを記しておこう。
時は、御前会議の数日後。
「おい、紋章官様が戻ったそうだぞ」
という誰かの話し声を聞いて、モチが、ぱっと飛び立ったところから話ははじまる。
それは、なかば反射的な行動ではあったが、理由に心当たりがないかと言われればそうでもない。
自分なりに考えて出したある答えを、ハサンに聞いてもらいたかったのだ。
カプセルエレベーターに転がりこんで、
「港へ」
と、習いたての古代魔人語で言ったときには、伝える言葉も固まっていた。
エレベーターは客がフクロウであってもいっさい構わず、するする、と、動きはじめた。
……ま、ひとまずは無事でよかった。
モチは、上へ上へと流れていく景色をぼんやりと見上げながら思った。
得がたい話し相手としての心配はもちろんあるが、やはりなんと言っても、ハサンはこのコルベルカウダにとって欠くべからざるピースなのである。アレサンドロやクジャクが力不足というのではなく、このふたりとは支える場所が違うのだ。
戻ってきたことで、いまはどうしてもふわふわしがちなコルベルカウダの民の心も、よりしっかりとおさまることだろう。
「ホ……ウ」
モチはひとつあくびをした。
一年ほど前、檻の中にいたころの自分が、ふと思い返された。
ホ、ホ。
まさかこのフクロウが、昼型生活に慣れてしまおうとは。
……チン。
「おや、珍しいね」
「ホ」
途中乗車があった。セレン・ノーノである。
セレンは水色の小さな台車を押していたが、なにも載せてはいなかった。
「港?」
「え、まあ」
「珍しい」
モチはヨチヨチと場所を開け、セレンと台車を迎え入れた。
ドアが閉まり、再びエレベーターは下降をはじめた。
「……それで?」
「え、ハサンを探しに」
「ああ、早く聞けばよかったね」
「ホ?」
「いまはいないよ、港には」
「ホウ、では、どこへ」
「さあね」
セレンが言うには、ハサンは確かにデンティッソのL・J、ピアソンに乗って戻ってきたらしい。三十分ほど前のことだ。
「リーダーが港で出迎えて、ふたりだけで、こそこそ話をしてた。そこからどうしたかまではわからない」
「アレサンドロに聞けばわかりますか」
「さあ、まあ、私よりかね」
ここでエレベーターは長いトンネルの中に入り、庫内の照明が少し明るくなった。
「ああ……そういえば」
モチは翼をかざして言った。
「研究所に戻るとか聞きましたが」
「うん。戦争が全部終わったらね」
「意外でした。ここはあなた好みの場所のように見えますから」
「好みだろうとなんだろうと、いきなり一千年後の世界を見せられるのは面白くない」
「なるほど」
「手探りで作るからいいんだよ」
「機械も……国も」
「フフ、ロマンチスト」
セレンは肩を揺らして、くすくすと笑った。
……チン。
「ホ、これは、にぎやかな」
「うん。ピアソンからの荷降ろし。アレサンドロがいるか見てこよう」
「おそれいります」
「そこで待っているといいよ。蹴飛ばされないように、ね」
だが結局、アレサンドロもいないことがわかり、モチはまたエレベーターに戻って、
「居住区」
と、言った。
なにか確信があったわけではないが、研究区には普段、誰もいない。マンタが走りまわっているか、セレンやメイがコントロールルームに出入りしているかだ。
まず目撃談を得るには居住区、そう考えたのであった。
エレベーターはまた、いろいろ考えるだけの時間をかけて、ぐんぐんと上昇していった。
「あ、お、おモチさん……!」
ライフルを握ったテリーと鉢合わせしたのは、エレベーターのドアが開いた直後だった。
この三号エレベーターの乗り場は、居住区の地面をグランドラインとするならば地下にあるのだが、テリーはその外へと続く長い長い廊下の先を、エレベーターを背にしてながめていたようである。
フットライトのみの薄暗い空間は、なにをするにしても人間には不便ではないかな、と、モチは思った。
「……ええっとぉ、おモチさん?」
「どいてもらえますか」
「おおっと、ごめんごめん」
テリーは足もとに転がしてあったライフルケースを壁に立てかけた。
「しかし、珍しいじゃない。おモチさんが下に行くのは」
「ま、普段は用事もありませんから」
「そりゃそうだ。彼氏さんも、あんなだしね。N・Sは埃をかぶってる」
「……ム」
「俺としちゃあ、さびしいかぎりだよ。彼氏さんとは、友達よりも戦友でいたかった」
「……」
「なんで仇討ちになんか行っちゃうかなぁ。ホントに」
テリーが憎々しげにライフルを持ち上げたので、モチは、はっとなってあとずさった。
狙われたのはもちろん、このフクロウではない。実は廊下の突き当たりに手製の的が貼ってある。
スコープをにらむテリーの下目蓋が、ぴく、ぴくと痙攣し、
「……チ」
銃は下ろされた。
モチは、詰まっていた息をはき出した。
「ねぇ、どうよ、おモチさん」
「ホ?」
「ねぇ、どうなのよ」
テリーは、どっかりと座りこんで言う。
「彼氏さんだよ、彼氏さん」
「……ま。ユウは、傷ついただけです」
「それだよ。みんなでそう思ってるからおかしいんだ。あれはもっと、深刻なやつだよ」
「と、言うと?」
「おモチさんだってわかってるはずだ」
「……」
「あれはもう俺たちの知ってる彼氏さんじゃない」
あれ、という乾ききった言葉が、モチの胸にずしりときた。
「そうさ、話してみれば前と変わらない。でもそれが逆におかしいと俺は思う」
仇討ちを失敗すれば多少なりとも気に病むのが普通だろう。あのユウならば聖堂にかよい、祈りのひとつでも捧げそうなものだ。
しかし、しない。寄りつきもしない。けろりとしたものだ。
「N・Sはどうだよ」
「口にもしません」
「そう、昔の彼氏さんなら、また乗ろうと必死になってた。戦だって近い。乗れなきゃアレサンドロに悪い。みんなに悪い。そう言って努力してたはずだ。でも、いまあの人がかよってるのは、N・Sじゃなく、ララちゃんのところだ」
「……確かに」
「がっかりだよ、俺は。……がっかりだ!」
「テリー……」
自分に人間の腕があれば……きっと、その肩を抱いている。
「泣かないで」
「ハハ、まさか」
テリーは親指で鼻を弾き、モチの頭をなでまわした。
「テリー」
「ん?」
「ユウは大丈夫。ハサンも戻りました」
「大将……大将かぁ」
「なにか?」
「いや、さっき会ったのよ、大将に」
「ホ、どこで?」
「外で。運動してたら通りかかってさ」
「ホウ」
「戦が終わったらどうするって、聞かれたよ。全部自分の思いどおりになったとしてってさ」
先ほど、セレンとも同じ話をした。
「あなたは、なんと?」
「別に。自分の思いどおりの結果ってやつ自体、まだよくわからないぐらいでね。それなのに終わったあとの話をされたのが、ただ気に入らなかった」
「ハサンは?」
「まぁ、すまんって。大将も大将でお疲れってことだよ。彼氏さんの面倒まで見きれるもんじゃない」
「……ム」
「俺たちはさ、おモチさん。鉄機兵団が来るまでに、いくつかのことを割り切らなきゃならないのかもね」
「……」
「旦那も、大将も、みんなさ。ああホント、嫌になるよ」