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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【終】 縁 ーユウの未来編ー
240/268

ハサンを探して(1)

 その運命の会戦へと話を進める前に、ユウを主題にして幾人かが意見をかわすことがあったので、ここにそれを記しておこう。

 時は、御前会議の数日後。

「おい、紋章官様が戻ったそうだぞ」

 という誰かの話し声を聞いて、モチが、ぱっと飛び立ったところから話ははじまる。

 それは、なかば反射的な行動ではあったが、理由に心当たりがないかと言われればそうでもない。

 自分なりに考えて出したある答えを、ハサンに聞いてもらいたかったのだ。

 カプセルエレベーターに転がりこんで、

「港へ」

 と、習いたての古代魔人語で言ったときには、伝える言葉も固まっていた。

 エレベーターは客がフクロウであってもいっさい構わず、するする、と、動きはじめた。

 ……ま、ひとまずは無事でよかった。

 モチは、上へ上へと流れていく景色をぼんやりと見上げながら思った。

 得がたい話し相手としての心配はもちろんあるが、やはりなんと言っても、ハサンはこのコルベルカウダにとって欠くべからざるピースなのである。アレサンドロやクジャクが力不足というのではなく、このふたりとは支える場所が違うのだ。

 戻ってきたことで、いまはどうしてもふわふわしがちなコルベルカウダの民の心も、よりしっかりとおさまることだろう。

「ホ……ウ」

 モチはひとつあくびをした。

 一年ほど前、檻の中にいたころの自分が、ふと思い返された。

 ホ、ホ。

 まさかこのフクロウが、昼型生活に慣れてしまおうとは。

 ……チン。

「おや、珍しいね」

「ホ」

 途中乗車があった。セレン・ノーノである。

 セレンは水色の小さな台車を押していたが、なにも載せてはいなかった。

「港?」

「え、まあ」

「珍しい」

 モチはヨチヨチと場所を開け、セレンと台車を迎え入れた。

 ドアが閉まり、再びエレベーターは下降をはじめた。

「……それで?」

「え、ハサンを探しに」

「ああ、早く聞けばよかったね」

「ホ?」

「いまはいないよ、港には」

「ホウ、では、どこへ」

「さあね」

 セレンが言うには、ハサンは確かにデンティッソのL・J、ピアソンに乗って戻ってきたらしい。三十分ほど前のことだ。

「リーダーが港で出迎えて、ふたりだけで、こそこそ話をしてた。そこからどうしたかまではわからない」

「アレサンドロに聞けばわかりますか」

「さあ、まあ、私よりかね」

 ここでエレベーターは長いトンネルの中に入り、庫内の照明が少し明るくなった。

「ああ……そういえば」

 モチは翼をかざして言った。

「研究所に戻るとか聞きましたが」

「うん。戦争が全部終わったらね」

「意外でした。ここはあなた好みの場所のように見えますから」

「好みだろうとなんだろうと、いきなり一千年後の世界を見せられるのは面白くない」

「なるほど」

「手探りで作るからいいんだよ」

「機械も……国も」

「フフ、ロマンチスト」

 セレンは肩を揺らして、くすくすと笑った。

 ……チン。

「ホ、これは、にぎやかな」

「うん。ピアソンからの荷降ろし。アレサンドロがいるか見てこよう」

「おそれいります」

「そこで待っているといいよ。蹴飛ばされないように、ね」

 だが結局、アレサンドロもいないことがわかり、モチはまたエレベーターに戻って、

「居住区」

 と、言った。

 なにか確信があったわけではないが、研究区には普段、誰もいない。マンタが走りまわっているか、セレンやメイがコントロールルームに出入りしているかだ。

 まず目撃談を得るには居住区、そう考えたのであった。

 エレベーターはまた、いろいろ考えるだけの時間をかけて、ぐんぐんと上昇していった。



「あ、お、おモチさん……!」

 ライフルを握ったテリーと鉢合わせしたのは、エレベーターのドアが開いた直後だった。

 この三号エレベーターの乗り場は、居住区の地面をグランドラインとするならば地下にあるのだが、テリーはその外へと続く長い長い廊下の先を、エレベーターを背にしてながめていたようである。

 フットライトのみの薄暗い空間は、なにをするにしても人間には不便ではないかな、と、モチは思った。

「……ええっとぉ、おモチさん?」

「どいてもらえますか」

「おおっと、ごめんごめん」

 テリーは足もとに転がしてあったライフルケースを壁に立てかけた。

「しかし、珍しいじゃない。おモチさんが下に行くのは」

「ま、普段は用事もありませんから」

「そりゃそうだ。彼氏さんも、あんなだしね。N・Sは埃をかぶってる」

「……ム」

「俺としちゃあ、さびしいかぎりだよ。彼氏さんとは、友達よりも戦友でいたかった」

「……」

「なんで仇討ちになんか行っちゃうかなぁ。ホントに」

 テリーが憎々しげにライフルを持ち上げたので、モチは、はっとなってあとずさった。

 狙われたのはもちろん、このフクロウではない。実は廊下の突き当たりに手製の的が貼ってある。

 スコープをにらむテリーの下目蓋が、ぴく、ぴくと痙攣し、

「……チ」

 銃は下ろされた。

 モチは、詰まっていた息をはき出した。

「ねぇ、どうよ、おモチさん」

「ホ?」

「ねぇ、どうなのよ」

 テリーは、どっかりと座りこんで言う。

「彼氏さんだよ、彼氏さん」

「……ま。ユウは、傷ついただけです」

「それだよ。みんなでそう思ってるからおかしいんだ。あれはもっと、深刻なやつだよ」

「と、言うと?」

「おモチさんだってわかってるはずだ」

「……」

「あれはもう俺たちの知ってる彼氏さんじゃない」

 あれ、という乾ききった言葉が、モチの胸にずしりときた。

「そうさ、話してみれば前と変わらない。でもそれが逆におかしいと俺は思う」

 仇討ちを失敗すれば多少なりとも気に病むのが普通だろう。あのユウならば聖堂にかよい、祈りのひとつでも捧げそうなものだ。

 しかし、しない。寄りつきもしない。けろりとしたものだ。

「N・Sはどうだよ」

「口にもしません」

「そう、昔の彼氏さんなら、また乗ろうと必死になってた。戦だって近い。乗れなきゃアレサンドロに悪い。みんなに悪い。そう言って努力してたはずだ。でも、いまあの人がかよってるのは、N・Sじゃなく、ララちゃんのところだ」

「……確かに」

「がっかりだよ、俺は。……がっかりだ!」

「テリー……」

 自分に人間の腕があれば……きっと、その肩を抱いている。

「泣かないで」

「ハハ、まさか」

 テリーは親指で鼻を弾き、モチの頭をなでまわした。

「テリー」

「ん?」

「ユウは大丈夫。ハサンも戻りました」

「大将……大将かぁ」

「なにか?」

「いや、さっき会ったのよ、大将に」

「ホ、どこで?」

「外で。運動してたら通りかかってさ」

「ホウ」

「戦が終わったらどうするって、聞かれたよ。全部自分の思いどおりになったとしてってさ」

 先ほど、セレンとも同じ話をした。

「あなたは、なんと?」

「別に。自分の思いどおりの結果ってやつ自体、まだよくわからないぐらいでね。それなのに終わったあとの話をされたのが、ただ気に入らなかった」

「ハサンは?」

「まぁ、すまんって。大将も大将でお疲れってことだよ。彼氏さんの面倒まで見きれるもんじゃない」

「……ム」

「俺たちはさ、おモチさん。鉄機兵団が来るまでに、いくつかのことを割り切らなきゃならないのかもね」

「……」

「旦那も、大将も、みんなさ。ああホント、嫌になるよ」

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