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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【終】 縁 ーユウの未来編ー
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合同会議(2)

「なに……」

 少年のものとも思われぬ眼光が、筆頭将軍主従を不審げに見やった。

 無理もない。

 いまやレッドアンバー擁護の再先鋒であるラッツィンガーが、殲滅策に乗ってきたのだ。

 議場もまた、さざめき立つ。

「なにをたくらんでいる」

「まさかに」

「まさかに?」

 皇帝は、いよいよ眉を吊り上げた。

 むう……う。

 と、ラッツィンガーは、歯噛みせずにはいられない。

 やはり、あのようなお顔を見せられる陛下ではなかった。

 おのれ、オオカミ、クラウディウスめ。中に別人の魂を入れるなど、ふざけたことを。

 やはり魔人を将軍にと先帝陛下が申されたとき、強くおいさめ申し上げるべきであった……!

「ラッツィンガー」

「……は」

「わけを聞こう。なぜ全軍を出さねばならん」

「敵は、魔人城にございます」

「帝都の守りはどうする」

 おお、それよ、と、先ほど発言した元老院議員が自分を棚に上げ、まわりとひそひそやりはじめた。

 近衛師団だけでは心もとない。まさか、地方騎士団を頼みにするなどというのではあるまいな。

 地方騎士団のL・Jは型落ちではないか。

「さあ、どうする、ラッツィンガー!」

「各神殿より、神兵団を拝借いたします」

 おお……!

 それが狙いか、という顔を皇帝はした。

 確かに神兵団のL・Jならば、地方騎士団のものよりかは性能がいい。

 地方の治安や国防体制に穴を開けることもなく、法の外にいるのをいいことに勝手気ままに振る舞いがちな神殿の、忠誠心をはかることもできる。

 だが、しかし。

 神兵団を呼んだとなれば、最もやっかいなあの大祭主が直接乗りこんできたとしても文句は言えない。

 皇帝の視線が、ふとそれた。

 四席のクラウディウスに向けられたのだろうと、ラッツィンガーは思った。

 さあ、貴様はどう出る、クラウディウス。

 早く手を挙げねば、デルカストロ公がこちらにつくぞ……!

「デルカストロ!」

「は……!」

 皇帝に大音声で呼ばわれ、大公爵は目をむいて腰を浮かせた。

「もう意見は出ぬ。そうだな」

「は……?」

「もう、意見は出ぬ」

 気迫で押しこまれたデルカストロは、クローゼを見る。

 さすがのクローゼも首を振る。

 ラッツィンガーはまだ早いと目で訴えたが、デルカストロは無視をした。

「まさに、陛下のおっしゃるとおり。そのように思われまする」

「では具申書は不要。いまこの場にて裁定を下す」

「お待ちください!」

 ラッツィンガーは身を乗り出して机を打った。

 いかん。これではいかん。

 まだ、口を開くべき者が開いていない!

「陛下、いましばらく議論の時を……!」

「その必要はない」

「ぐ……く」

「我、ユルブレヒトの名において命ずる!」

 一同、いっせいに立ち上がった。

「魔人城の出現は、我がグライセンの力を内外に示す好機と心得よ。よって神殿の力など借りてはならぬ」

 皇帝の視線が、コッセルを射た。

「魔人城攻略の指揮は、ラッツィンガー、そちにまかせる」

「は……?」

「帝都の守りはリドラーのみでよい。そちは残り六軍を率い、きっと、魔人城を手に入れよ!」



 ううむ……わからん。

 わからなくなってしまったぞ。

 黒幕は確かにクラウディウスか?

 その実、陛下のお身体の中の者ではないのか?

 あれは、どう見ても只者ではない。

 あれは……。

「閣下」

 目の前の執務机の上に、いつの間にやらティーカップが置かれている。

 合同会議が終わり、執務室へと戻ったラッツィンガーとコッセルを待っていたのは、午後の喫茶の時間であった。

「コッセル」

「さて、考えてみてもはじまらぬこと。もう御下知は下されたのです。さ、どうぞ、温かいうちに」

「しかし、本当によかったのか。シャー・ハサンは全軍をよこせと言ったのだろう。だが、おまえは……」

「神兵団の名をわざと持ち出し、軍をいくらか残すよう仕向けた。よろしいのです」

 コッセルはクッキーを供しながら笑う。

「昨夜も申し上げたとおり、グライセンの敵はレッドアンバーのみではございません。帝都を空になどできましょうか」

「しかし、な」

 約束を反故にするというのは気持ちのいいものではない。

 皇帝の救助に支障が出ても困る。

「閣下。閣下がシャー・ハサンの願いをかなえられたとして」

「うむ」

「それで上手くいけばよろしいですが、仮に、陛下をお助けすることができなかったとしたら」

「む……」

「帝都に敵を引き入れた責任は、作戦発案者である閣下、おひとりのものとなりましょう。それ見たことかと元老院は騒ぎ、クラウディウスめは閣下追い落としのために動き出すはず。それだけは避けねばなりません」

「だが、それではマリア・レオーネに」

「閣下の地位が保たれておれば、いかようにもかばわれることはできましょう」

「……」

「なに、この程度のことで右往左往するシャー・ハサンでもありますまい。大きな問題はございません」

「いまは、どちらの渦にも呑まれんように、か」

「いかにも」

 ラッツィンガーは深く、息をはいた。

 いくつかの靴音が、廊下をばたばたと駆け抜けていった。

 ……そうだ。

 あの若者。ヒュー・カウフマン。

 彼も、はかりごとには向かん顔をしていたな。

 いまはそ知らぬ顔をして、剣でも振っているのか、な。

「ふ、ふ」

「閣下?」

「うむ。陛下は、お助けできるな、コッセル」

「はい。そしてすべてが、よいようにおさまりましょう」

 期待どおりの返答に心を強くしたラッツィンガーは、よしと立ち上がって、グレートソードをかつぎ上げた。

「少し、これを振ってくる」

「それがようございます。皆も落ち着きましょうから」

「あとは、頼む」

「かしこまりました……」

 そうして力強く遠ざかっていく主人の足音を聞きながら、コッセルもまた考えずにはいられない。

 今日見たあの皇帝は、いったい『何者』だったのか。

 実は、思い当たる人物が三人ほどいる。

 しかし、見知らぬ者である可能性も、まだ残っている。

 ……やれやれ。

 コッセルは手早く命令書を作成し、執務室を出た。

 まさにいまはじまらんとしている大茶番の戦の先に、すべての解は待っているはずであった。

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