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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【終】 縁 ーユウの未来編ー
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紋章官(2)

 たとえばわかりやすいところで言うと、魔人の奴隷。

 亡国の残党。

 カール・クローゼを御輿にかつぎ、ひと山当てようという輩。

 シュワブ。

 ざっと挙げただけでもこれだけある。

 覇道を極めたユルブレヒト三世には、敵が多かった。

「暴帝に天誅を!」

「国家に平和を!」

 常に誰かが、人目にふれないどこかで叫んでいた。

 抑える力をわずかにゆるめただけで、即座に、たやすく落ちかかってくる、といえばギロチンだが、国家自体がこの首台に置かれ続けているような、そんな緊張感と息苦しさが、当時の帝都にはただよっていた。

「違うかな」

 コッセルは、どうとも取れる曖昧な微笑を口の端に浮かべた。

「ではそんなとき、皇帝がなにがしかの一派によってクーデター的に殺害されたとしたら、どうか」

「国内の混乱と、分裂は必至です」

「そこで、あなたが目をつけたのが、私だった」

 じり、と、ハサンは半歩寄る。

「あの日、私が捕らえられたことは、あなたにとっても予想外だったはずだ。だが、この男ならば上手く自然死させられると考えたのだろう。警備の手をそれとわからぬ程度にゆるめ、私を誘導した。先んじて皇帝を葬ってしまうことで、国家の危機を、回避した」

「……なるほど」

「違うかな」

「さて」

 コッセルの微笑は、動かなかった。

「そう、なんと申しますか。自らの罪を告白されるのは構いませんが、いまさらそれに、なんの意味が?」

「……意味」

「いまのお話は、聞かなかったことにいたしましょう」

 ……まったく、なんという人だ。

 ハサンは静かに胸を開き、肺に詰めこめるだけの空気を取り入れた。長い盗人生活の中でも、潜入先で一服やりたいと思ったのははじめてであった。

 まあ、確かに、そうだ。

 意味などない。

 皇帝は病死。いまではそれが歴史的な事実だ。自分がやった、おまえがやらせた、などという話は滑稽なだけだろう。

 しかし、

「ただ確かめたかった、と、言えば、おかしいかな」

 あの日の自分の行動に、望まぬ、まざりものがあったのかどうかを……。

「フフン」

「これは、どちらへ?」

「出直そう。今夜はどうもいけないようだ。次はあなたの言うとおり、ラッツィンガー将軍閣下にお目にかかろうかな」

 ハサンは軽く会釈して、薄闇の廊下をさっさと歩き出した。

 例の神聖画に目がとまり、思わず右目が細まったのは、やはり、少しばかりくやしい気持ちがあるのだ。と、これも負け惜しみ的に自己分析をした。

 やれやれ、相手が悪かったな。

 次はジークベルト・ラッツィンガーだが、これはこれで、気が、重い……。

「それにはおよびません」

「……ン?」

「あなたの話に乗りましょう、ローズベリ殿」

「!」

「元、北方アルデン聖王国、一角獣騎士団副長、オズワルド・イズラ・ローズベリ殿」

 ハサンは、くるり、振り向いた。

 やはり……!

「その名で呼ばれるのは、実に三十年ぶりだぞ、ご老体」

「白状いたします。確かに私は、あなたの正体をつかんでおりました」

「認めるのか」

「いいえ、それとこれとはまた別のこと。皇帝暗殺の手引きなど、まさかまさか」

「フン、よく言う」

「ですがこれは、まことのことなのです。皇帝暗殺の夜に警備の手をゆるめさせた、などという足跡を、あなたならば残されますか?」

「フム」

「傍観こそすれ」

「傍観こそすれ、な。なるほど」

「もちろん、三世陛下はご病死でいらっしゃいますが」

「それそれ」

 もうそれで結構。

「滅多なことは口にすまい」

 ハサンは自分の仇討ちの、とりあえずの美しさが保たれていただけで満足であった。

「ところで……」

「は」

「私の話に乗る、と言われたな」

「はい」

「なぜ」

「と、言われるほどのことでもありますまい。将軍に会われると言われた時点で、もう勝負はついているのです。こう申してはなんですが……」

 と、コッセルは苦笑いして、

「閣下に、あなたを退けるほどの話術があるとはとても思われません。まず十中八九、レッドアンバーに協力されることになるでしょう」

 そして、

「私は閣下が引き受けられたことならば、一も二もないのです」

「……ふむ」

「ですから先に申し上げたでしょう、閣下に会われませんかと。はじめからそうされればいいものを……」



「ハア、ハア、ハア」

「なかなかの笑い話だろう」

「ンー、面白い」

 ひょろりとバングは立ち上がり、上等なウイスキーを引っ張り出してきた。

「話してみて思ったが、あの人はあれだな、ラッツィンガーのために皇帝を見殺しにしたのだ」

「ハァン」

「戦、戦、戦だっただろう、三世という男は」

 半島統一が成ったかと思えば、残党の掃討、反乱分子の粛清、魔人の奴隷。

 さらに野心は果てしなく、シュワブ、エド・ジャハン、そして世界。

「挙げ句の果てには魔人化計画だ。不老の肉体を得てまで戦がしたいかと、ラッツィンガーは、そら恐ろしくなったのに違いない」

「スウィーティ」

「ン」

 ハサンは半分ほどに短くなった葉巻を置き、グラスを受け取った。

「読めたぞ、スウィーティ。皇帝殺しをまずたくらんだのは、ラッツィンガー……か」

「どうかな。あの忠義の塊のような男に、それができたか、どうか。むしろあの男は愚痴ひとつ言わず、ただ大義大道、君主と国家、勝利と疲弊の狭間で苦しんだのではないかな。それをエルンスト・コッセルが察した。そんなところではないかと思う」

「フゥン……」

「君、君たらざれば、臣、臣たらず。先人は、なかなか深い言葉を遺したな」

 皇帝を想う忠義の騎士。

 その騎士を想う忠義の紋章官。

 その紋章官に裏切られた皇帝……。

「結果的にラッツィンガーが救われてよかった、か。おい、スウィーティ、俺の前で、ひいきをするなよ」

「……ン?」

「知っているぞ。おまえの親父の首を取ったのは、地方騎士時代のラッツィンガーだとな」

「……フン」

「その功績を買われ、やつは帝国騎士団に入った」

「……」

「ラッツィンガーは、誰だかにこう言ったそうじゃないか」

 多くの言葉をかわしたわけではないが、わかる。

 ローズベリ将軍こそ真の騎士。最後の騎士だった。

 私を似たような言葉でほめ讃える者もいるが、私は将軍の踏み固められた道を、ただ、たどっているにすぎんのだ。

「バーングー」

「ハア、ハア、ハア」

「そこまでだ。ラッツィンガーの首が飛ぶぞ」

「だったら、俺の前で、ひいきはやめろ」

「なにがひいきだ。私はただ」

「ラッツィンガーの中に、親父を見ている」

「馬鹿」

「馬鹿じゃあない。正直に言えよ、図星だろう。ンー?」

「もういいもういい。とにかく、それを外で言わんでくれ。あれの立場が悪くなるのは困る」

「ハァン」

「いい子だな、バング」

 あごの下をちょちょいとなでられ、バングは満足げに、

「アア……」

 酒くさい吐息を振りまいた。

「なあ、スウィーティ……これから、どうする」

「そうだな、まずこの毛染めを落とす」

「まだ早い」

「まだ? そうか、ならば仕方ない。染まるまで、もうしばらくやっかいになろうか」

「ああ、そうしろ、それがいい」

「フフン、こちらの見込みどおりいくか、見届けて帰らねばならんしな。もしも上手くいかん場合は……バング、もう少し力を貸してくれ」

「ああ……いいとも……」

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