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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【五】 鳴動 -アレサンドロの未来・後編-
206/268

案ずるより産むが易し(1)

 思念の色彩化。

 それが死に瀕することで覚醒する、N・Sクジャクの能力である。

 自身の手のひら、指の先。そこからにじみ出し、たなびき、羽衣のように浮かび流れる黄金色の輝きは念動力を映したもの。

 他のN・S、L・Jの装甲から湯気のように立ちのぼって見える複雑多彩な色々は、それぞれの乗り手が胸に秘める、感情の色だ。

 だから、空の上からひと目ながめただけで、クジャクは轟断刀のかげに隠れた将軍たちの精神状態が、あまりいい具合でないことにすぐに気がついた。

 この上、轟断刀を動かせばどうなるか、であった。

『……風があるな』

『え……?』

 ユウの疑問符に答えず、クジャクがまず第一番におこなったのは、指先で念糸を繰り、自ら切り裂いた先の腹の傷に巻きつけることだった。生身で食らえば致命傷になっていただろうそれの、修復までの簡易的な接着剤としたのだ。これは上手くいった。

 そして次に取りかかったのが、将軍機の固着であった。

『風があるから、ですか?』

 モチが聞くと、

『それもある』

 と、クジャクは言った。

 地表近くは、おそらくすでに脱出困難な嵐だ。

 轟断刀を移動させたばかりに、L・Jたちが旋風に呑まれてしまった、というのでは意味がない。

 理由はもうひとつ。

『混乱し、投げやりになられても困る』

 敗北を悟った瞬間、騎士として命をとすことを選んだ将軍を知っていた。

『あの天使を、直接止めるということは?』

『……できんな。大きすぎる。俺自身がそう感じている間は無理だろう』

『フム。なるほど』

 ……と。これが、ユウたちにも将軍たちにも見えない、レーダーにさえ映らない念動力の糸が、L・J五機を操作不能にしただけでなく、地面からも離れられないようにした経緯であった。天使・電雷の仕業ではなかったのだ。

 暴風の中、ともに降下したN・Sカラスの身体にも糸をからめて、クジャクはそれが杞憂でなかったことを悟った。

 なにも知らない地上の将軍たちには、

『念の力だ』

 と、伝わらないのを承知で説明した。

『それよりも……ラッツィンガーだったか、俺はどこを狙えばいい』

『なに』

『これだ』

 クジャクが、あごをしゃくって示したのは、もちろん念動力を使って空に立たせてみせた天使の轟断刀である。

 天使の身体の、どこになにが詰まっているのか、一応の予測と対処は聞かされていたが、とりあえずは、うかがいを立てなければならない。いまさらだが、手柄はゆずれとのお達しだ。

 将軍連中は、顔を見合わせるように沈黙した。

『早く答えろ』

 クジャクの催促に応えたのは、ハウリングまじりのラッツィンガーの音声であった。

『ハラだ』

『……よし』

 クジャクは大きく腕をかかげ、重々しく命令を待つ大轟断刀の名を呼ぶや、俺に従え、やつの腹に刺されと、念をこめて、一気に振り下ろした。

 

『あ……!』

 直後、ずしん、と、大地が揺れ、全コクピットモニターのノイズがかき消えた。

 ララが、将軍が、硬直したままの操縦桿を放り出し、どうにか操作できたカメラをまわして見れば、数キロ離れた畑の先の先に、小山と、高々と立った墓標のようなものがある。天使・電雷を突き刺した轟断刀が、そのまま巨体を、採集標本の昆虫のようにしてしまったのだ。地面に貼りつけられた巨大な虫は、全身の棘をいからせたまま、こと切れている。

 だが、これで終わりではない。もう一匹の旋風という名の太ったそれは、まだ風を吸いこみ、ぴんぴんとしていた。

『あとは、やつだけだな』

 クジャクが言った。

『いま、念を解く。風に注意しろ。かなりの強さだ』

『ねぇ、クジャク……大丈夫?』

 ララが心配したのは、クジャクの声の中に、隠しても隠しきれない疲労が色濃く含まれていたからだ。

 大丈夫だ、と、クジャクは答えたが、

『あとはまかせる』

 とも言った。

 途端に周囲には大岩さえも転げまわるほどの強風が渦となって吹きはじめ、N・S、L・Jはみな、足を取られて這いつくばった。

『あ! クローゼ!』

 地面についた指が一本はずれただけで、機体が十メートルも後方に引きずられる。

 四本足が災いして地面からはがされかかったフェグダの腕を捕らえたのは、声を上げたユウではなく、重厚なドゥーベの、無骨な手であった。

『しょ、将軍……』

『うむ、おまえは残れ。私も残る。シュトラウス!』

『は、はい!』

『……頼む』

 このときララは、瞬時に、おのれに託された使命を理解した。

 行けと言われているのだ。

 自分のかわりに。戦える者を連れて。

『了ッ解!』

 言うが早いか、サンセットⅡは荷を両肩にかかえて飛び出していた。荷とはすなわち、火炎のミザールと氷結のアリオトである。

 風は天使・旋風に向かって吹いている。つまりいまは追い風。それも味方につけたサンセットⅡにとって、武器スピナーと二機のL・Jを運ぶ程度、どうということはない仕事だった。

 すぐに、N・Sカラスも追いついてきた。

『ララ!』

『いったん距離をおけ、なんてのは、なしね!』

『そんなことは言わない。ついていく』

『……へへ』

『シュトラウス機兵長。なぜ、我々まで連れてきた』

『え?』

『天使と正面切って戦う力など我々にはないぞ』

 このマリア・レオーネの問いかけに対して、ララは首をかしげずにはいられなかった。

 あんなに戦いたがっていたというのに。

『戦いたいのではない。私は役立たずと思われるのが嫌だった。だが……足手まといはもっと嫌だ!』

『ふぅん、あんたもそう?』

『あぁ?』

『あんたもそうなの?』

『俺は……わからねぇよ』

 ギュンターはいまいましげに眉をひそめ、モニターカメラから顔をそむけた。こちらは男として、腹の内側まで見せるのには抵抗があるらしい。

 だが少なくとも今回の戦いに対して、分の悪さ、無力を感じているのは確かであるようだった。

『ふぅん』

『貴公にはわからん。わかるはずがない!』

 とんだヒステリーだなぁ。

 ララは思った。

『まぁいいけど、やれることはやってよね』

『なに?』

『あたしたちにだって余裕あるわけじゃないし、足手まといは嫌なんで、しょっと!』

『ぐっ、こ、この……!』

 地面を引き裂く勢いで直進してきた真紅の機体が、どっと、その進行方向を変え、突如直角に近い角度で急上昇をはじめたので、モチはあわてて翼を立てた。

 天使の下部吸気口目前。あと一秒判断が遅れていたら。N・Sカラスは畑の表土と混ぜ合わされ、肥料の一部になっていたかもしれない。

『ごめん!』

『まったくです』

『いま手、離せないから、足ならつかんでいいよ!』

『では、言葉に甘えましょうか』

 引きこもう、引き入れようという風の執着は、それから地上五十メートル程度まで続き、あるラインからパタリとやんだ。

 円柱形の天使の真横、胴体が変化して作られた壁にかなり近い場所ならば、風の支配はおよばないらしかった。

 ぐんぐん、ぐんぐんと高度を上げていくサンセットⅡ。

『おい、どこ行きやがる』

 五百メートルを越えたあたりで発せられたギュンターの声には、感じ取った嫌な予感が、たっぷりと詰まっていた。

『上』

『おふざけじゃねぇよ。んなこたわかってんだ』

『だから、こいつを倒しに行くんでしょ。下がダメなら上から行くしかないじゃない』

 モニターの向こうで、なんとも言えない、ふたり分のため息がもれる。

 正気か?

『上なら頭も狙えるしさ、ほら、吸いこまれることだってないし』

『俺たちゃ飛べねぇんだぞ』

『だからいま運んでるじゃない』

 ギュンターが、なおもなにかを言おうとしたが、

『ララ、おしゃべりはここまでです』

『うん、わかってる。ユウもちゃんとつかまっててね!』

 一行の目の前に、黒々とした壁がせまってきていた。

 それは、天使の上部排気口から、地面と平行するように放出されている風の壁だった。

 黒土の塊や草の根、粉砕した荷車の破片、そうしたものが含まれているために色がついている。上昇をはじめたころから、ぱたぱたと装甲を打っていたのも、このまじり物の一部だったに違いない。

 排気の勢いは、あたかも研磨用工具のごとく、ふれればそがれるほど、誰もがひるむほどであったが、それっとばかりに噴き出したスラスターのきらめきは躊躇しなかった。

 しぶきを上げて砂塵に巻かれ、数秒。痛みを感じるユウとモチにとっての試練の時間は、どうにかふたりが音を上げる前に終わった。

『あ……ねぇ見て、ユウ』

 そこには青空がのぞいている。

 決して晴天というわけではないが、ソファの隙間に落ちこんだお気に入りの髪どめを、歳月を越えて見つけ出したときのようなうれしさがそこにはある。

 なにかいいことが起こりそうな予感だ。ララの口もとは自然とほころんだ。

 と……。

 次の瞬間。

 その青は土煙の中に消えた。天使・旋風が排気の噴射角度を変えたのだ。

 敵が足もとにあるときは横へ広く。敵が空にあるときは上へ高く。自律した兵器には隙がない。

 だが、それが逆に弱点をさらしているのだということに、天使自身は気づいているだろうか。

『頭だな』

 マリア・レオーネが言えば、

『うん』

 ララもうなずいた。

 そう、天使の風は頭部を守って形を変えているのである。空域を分断し、テリトリー化して、敵の接近を拒んでいるのだ。

 頭部にはカメラ以外に、自律回路が仕込んであるのか。

 そういえば先ほどの天使・轟断刀も、首を取られて制御を失っていたようではなかったか。

 幸いL・J、N・Sは天使の頭上直線上からはずれていたため、天使の頭を中心とした黒い風柱を外からながめることができた。

 これは単なるエア・カーテンではなく、中まで詰まった、まさに上昇気流の柱であるようだった。

『しかし、これはやはり、我々の出る幕ではないぞ、シュトラウス機兵長。貴公がやれ。貴公ならば……』

『ねぇ、将軍』

 ララの猫なで声が、マリア・レオーネを黙らせた。

『アリオトの氷をほら、こういう、凧みたいな感じにできないかなぁ』

『な、なに……?』

 なにを藪から棒に。

 こちらの困惑に対して、目の前の赤い天才少女は、にやり。

『あたし、できると思う』

 そう言うと、その細い腕はなめらかに操縦桿をひねり、分身であるL・Jの腕を、ぶうんと振らせた。

『バ……!』

『馬鹿……!』

 将軍たちの抗議は途中でかき消えた。ふたりとも風の中に叩きこまれてしまったのである。

 これには、ユウとモチも驚いた。

『馬鹿、なにやってる!』

『しっ! ……待って……うん、大丈夫、大丈夫。なんとかなったみたい』

『え……?』

『ほら行こう、ユウ。あたしたちだって、やることやらなくちゃ』

 ララの声は笑っていた。

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