対決三〇八式(2)
『あ!』
驚いたのはララである。
確かに、相手を甘く見ていたところはある。
しかし、いままで槍の軌道は読まれても、それを真正面から受けようなどとという者はいなかった。
しかも、そこからさらに踏みこんでくるのだ。
『ああ……!』
ララは勢いスラスターを噴かし機体をよじらせたが、加減を忘れた無理な方向転換は、三〇八式の体勢を完全に崩してしまった。
しまった、と思ったが、もう遅い。
その隙を見逃さず、
『む!』
体を返したユウが、袈裟懸けに太刀を振り下ろす。
背を向けた三〇八式の左羽が二枚、飛んだ。
『うっそ!』
コクピットのサイドモニターが、赤く明滅をくり返し、異常を訴えてくる。
だが、ララも負けてはいない。
『こ、の程度で!』
姿勢制御も兼ねるブレードの破損を逆手に取り、スラスターの噴射圧で回転。
振り向きざま、鋭く槍を突き上げる。
『く!』
つばを弾かれ、カラスの太刀も宙を飛んだが、やはりユウはそれに見向きもせず、体当たり同然に相手の懐へ。
ふたつの身体が、もつれるように倒れ、地が揺れた。
『……ッ!』
ララが目を開けると、のしかかったカラスの手のひらが、三〇八式の胸部コクピットハッチに、ぴたり、押しつけられていた。
『……なんで?』
言うララの声は、震えている。
『なんで、そこでやめるわけ?』
『もう、勝負はついた』
『アハ、ハ……なにそれ、どこが?』
『……?』
『まだ戦えるじゃない! あんたも! あたしも!』
槍の穂先を握った三〇八式の右手が、カラスのこめかみを狙う。
ユウは、それをすんでのところで振り払った。
『こんなので、終わったなんて言わせない! 言わせないんだからぁ!』
『……そうか』
密着していたカラスの機体が、暴れる三〇八式から離れた。
と、思うと、右腕を振りかぶり、
『ぁッ……!』
声にならない悲鳴が、ララの口からこぼれた。
直後、響き渡る、雷鳴のごとき金属音。
カラスの拳が、手首まで隠れるほど深く、三〇八式の顔面に突き刺さっている。
激しく振動したコクピットの中では、瞬時に、すべてのモニターがブラックアウトし、めくれこんだ装甲板の内側で、バシバシと火花が飛んだ。
『これで満足か』
三〇八式は、ピクリとも動かなかった。
デローシスの北、数十キロの地点を移動中であった、帝国七将軍のひとり、ギュンター・ヴァイゲルのもとにその知らせが届いたのは、数時間後のことである。
この男、ララの直属の上官にあたる。
「シュトラウスがやられたぁ? 死んだのか!」
と言うギュンターの目の前にはいま、朝食とも思えない、庶民がとても口にできないような品々が並んでいるが、これだけでも、この国が軍部にどれほどの重きを置いているかよくわかるというものだ。
そして、
「いえ、命に別状はないとのことです」
報告書を片手に銀縁眼鏡を押し上げたこの男は、紋章官、ヴィットリオ・サリエリ。
敵味方の軍旗に描かれた紋章から戦場の情勢を読み、作戦を組み立てる、いわば軍師である。
そのサリエリの報告に、
「ヘぇ……」
ギュンターはナイフを放り出し、革張りの椅子に沈みこんだ。
そうして、たまりかねたように、
「……ッ、ククッ、ク、ハ、ハ、ハッ! そいつは愉快だな!」
パンくずを口からまき散らした。
「土つけられたってのは気にいらねぇが、そうか、ざまぁねぇ!」
腹をかかえ、品なく笑う上官を、切れ長の瞳が静かに見つめている。
「おい、サリエリ」
「は」
「そいつら、いま、どこにいる」
「戦われるおつもりですか」
「当たり前ぇだ。俺が取った首、あの女に見せつけてやる。ク、ククッ、目に浮かぶぜ、アイツのくやしがる顔がよ!」
しかし、
「それは、賢明とは申せません」
あくまで冷静に、サリエリは言いきった。
「敵を知り、おのれを知れば百戦危うからず。いかんせん、情報が少なすぎます」
「あぁ? 阿呆が。情報集めはテメェの仕事だろうが。戦いになる前にやっとけ」
「いいえ、まずはご自身でララ・シュトラウスに会われるべき。会っていただきます」
態度はいんぎんだが言葉は有無を言わさぬ。それが、ヴィットリオ・サリエリ。
「……チッ、わかった」
多くの場合、ギュンターが折れる。
「負け犬のつら、見ておくのも悪かねぇ」
そのとき、伝令官が新たな報告をたずさえ、専用車両の戸をあわただしく叩いた。
情報を受け取ったサリエリもまた、瞠目する。
「なんと……」
「あぁ?」
「ララ・シュトラウスが、姿を消したそうです」
「なにっ?」
ギュンターが飛び上がった。
「車両を奪い、制止に入った三名が負傷。内一名が……」
「ざっけんな!」
激しく椅子を蹴り上げる。
「あ、の……クソがぁッ!」