対決三〇八式(1)
鳴り響くサイレンと、哨戒灯の光。
上空には、L・Jの出撃音が渦巻いている。
首尾よく城塞の外まで逃げおおせた三人は、西に広がる山林へと走りこんだ。
奥へ分け入り、小高い丘を越え、目印を頼りに地面に積み上がった枝葉を払うと、顔を見せたのはもちろん、N・Sである。
「どうせ見つかっちまう! 小細工なしで突っ切るぞ!」
「わかった!」
「おまえは適当にな」
「わかりました。武運を祈ります」
起動したN・Sが立ち上がった。
このあたりの樹高では、到底その巨体を隠すことはできない。
上空を旋回していた三〇三式L・Jが、間髪入れず急降下してきた。
突き出されたランスの先端を左足を引いてかわし、ユウは叩きつけるように刃を抜く。
腿を切り落とされたL・Jは、きりもみしながら木々をなぎ倒し、その場で小さな爆炎を上げた。
『行くぞ!』
陸戦用一〇八式を含め、さらに多くのL・Jがせまっている。
ユウとアレサンドロは、山間を縫うように走った。
ふと横を見ると、モチも、つかず離れずついてきている。
その、ごく自然な羽ばたきが、ユウにはとても、うらやましく映った。
こうしたときこそ飛べればと思うのだが、カラスの背にある翼は、どれほど力を入れようとピクリとも動かない。
いや、むしろ、どこに力を入れていいのかさえわからない。
聞けば、いままで鳥型N・Sに乗った人間で、飛ぶことのできた者はいなかったという。
人間は、『飛ぶようにできていない』のではなく、『飛ばないようにできている』のだ、と。
だが、ユウにはどうも、納得しきれない部分があった。
いつか、飛べそうな気がする。
そう、ユウは思っている。
デローシス近郊に出ると、視界はぐっと広がった。
ここに至るまでに、ふたりは合わせて十体のL・Jを行動不能にしている。
もとより戻るつもりのないふたりは、デローシスへは向かわず、西へ進路を取った。
すると、
『!』
ふたりの足が、止まった。
白みはじめたばかりの空の下、その行く手の乾燥した大地に、真紅のL・Jが仁王立ちしている。
帝国三〇八式L・J。
二対のリアブレード。盛り上がった、頭部のプルセンサー。
これで昆虫の腹部があれば、浮かび出されるシルエットはN・Sスズメバチそのままだっただろう。
実は、いままで数多く相手にしてきた三〇三式を含め、三〇〇系と呼ばれる帝国L・Jは、すべてあのハチをもとに開発された機体なのである。
下二桁はその開発順を示し、三式に関して〇八は、
『最新型か』
見た目ひとつ取っても、野暮ったい三〇三式に比べ洗練されている。
指揮官機なのは間違いない。
『遅ぉい』
三〇八式に乗る騎士は、せせら笑った。
『この声……』
ララ・シュトラウスである。
ララはパネルを操作して、倍率の上がった画像をメインモニターに映し出すと、
『ふぅん、それがN・Sなんだぁ』
興味津々に言った。
その間にも、剣をたずさえた一〇八式、槍をかかえる三〇三式の包囲網が、つけ入る隙なく展開されていく。
総数にして十二。完全にかこまれてしまった。
『チ……』
『ねぇ、どっちがさっきのやつ? ほら、あたしが足踏んづけてやったほう』
甘えかかるようなララの言葉には、若干の西部なまりがある。
『ねぇ、どっち?』
『……俺だ』
ユウが進み出た。
『……そ。じゃあ、あんたから……』
と、次の瞬間。
三〇八式は、カラスに肉薄している。
『さよなら!』
……この一撃をかわすことができたのは、まったくの幸運だった。
ユウが反射的に動かなければ、ララのあやつる三〇八式のランスは、正確に頭部を貫通していただろう。
『この……!』
土埃を巻き上げ、三〇八式は空中で静止する。
『生意気!』
と、再び動いたその軌道は、予測できれば直線的、避けるのはたやすい。が、やはり速い。
二撃目は再び空中に、三撃目は大地に突き刺さった。
『ユウ!』
アレサンドロは叫んだが、L・J部隊との戦闘に入り、とても助けに入れる状況ではなかった。
『そういえば……あの鳥、どこ?』
ランスを引き抜くララは、一方的な展開に上機嫌だった。
ユウたちは知るはずもないが、ララは先の御前試合において、前人未到の百体斬りをはたした天才L・J乗りなのである。
つまりその分、プライドも高い。
『あいつだけは、むしってやるの。絶対』
コクピットの中、ララはちらりと、操縦桿を握る自身の腕を見た。
白い肌は、無数にできたミミズ腫れで、痛々しく、ふくらんでいる。
『教えてくれたら、助けてあげるけど』
『さあ、知らないな』
ユウはひとつ息をはくと、太刀を正眼に構えなおした。
心が、驚くほど静かに澄み渡った。
『……フン』
両者はしばし、にらみ合い……。
三〇八式の機体が、予備動作もなしに、ふ、と、動いた。
来る。
同時に、カラスも踏み出す。
突きと突き。
ここまでの三撃同様、この少女は顔面しか狙わないだろうと、ユウは見当をつけていた。
それが、当たった。
噛み合ったランスの切っ先が、カラスの左頬を浅く、えぐるようにかすめていく。
だが、それにひるむことなく、ユウはもう一歩前へ、刃を突き出した。