そのときのふたり
そのときユウは、とある治領都市に来ていた。
十日と日を限って依頼したはずの太刀が、まだその形にさえなっていないとはじめて知ったときはさすがに愕然となったが、できる範囲で手伝ってみれば、どうしてどうして、これは予想以上に手間のかかる作業である。素材として提供したベネトナシュの翼を砕き、刀に使える鋼として精錬しなおすというそれだけで、すべての時間を飛ばしてしまった、というのもうなずける。
だが、マンタに乗って空を行くアレサンドロたちに、鉄機兵団の手は届かない。赤い三日月戦線は死んだ。
ここは気長に構えていこうと長期戦の覚悟を固め、本格的な鍛錬を前に買出しに出たところで、エディンとアレサンドロの宣戦布告を目にしたのである。
無論ユウは、広報車前の人垣の中、凍りついた。
言葉を失い、立ちつくした。
なぜ左腕がある。なぜ目が。
偽者か。それともまさか、自分の斬ったあの男こそ偽者だったのか。
気づけばユウは、我先に家族のもとへ駆け戻ろうとする人波に押され、外門の外へ突きやられていた。
人々の叫ぶ、逃げろ、そして、殺されるという言葉が、嵐の日の雨音のように耳へ入った。
「……モチ」
駐機場に立ち並ぶL・Jたちの間を、風が泣きながら通りすぎていく。
「モチ……!」
「シィ……そこは目立ちます。先ほどの場所で」
「あ、ああ」
ユウはもつれかかる足をどうにか前へ動かして、それでも両腕いっぱいの荷物をひとつも取り落とすことなく、百メートルほど本街道を行った先から右手のわき道へと駆け入った。これを道なりに行くと、木立を迂回して西側の市壁へ到達する。
そこをさらに壁にそって進むと、いまは空の地方騎士団駐機場があり、先まわりしたモチは、その腰丈ほどの柵の上で待っていた。
N・Sでやって来たふたりは夜の闇にまぎれてこの場所へ降り立ち、帰りもまた、夜を待って出立する予定なのであった。
「どうしました。なにか問題でも?」
「エディンが、生きてた……!」
「ホウ?」
翼をつくろいはじめたモチの顔が、ぐるりとこちらを向いた。目は固く閉ざされている。
「ま、そうしたこともあるでしょう。我々は別に、彼の命を奪ったわけでは……」
「そうじゃない。腕も、目も、もとのとおりだった」
「ホ?」
「見たんだ、いま壁の中で……」
ユウが語るにつれ、モチの首はますます傾いた。
「まさか」
「俺もそう思う。でも本当なんだ」
「しかし、彼の腕は間違いなく……」
「斬った」
「目も間違いなくつぶれたはずです。少なくともカラスたちは、そう言っていました」
「でも、どちらかが偽者だとも俺には思えない。俺の斬ったエディンは、普通じゃない恐ろしさがあった。モニターの中のエディンにもだ」
「兄弟、ということは?」
「それならアレサンドロが知ってたはずだ」
「フム……では、魔人が関わっているのかもしれません。彼もまた、入れ墨の持ち主なのですから」
「あ……」
「クジャクやミミズのような魔人ばかりではないでしょう。うらみをかかえて生きている者も少なからずいるはずです。その、天使の像ですか、その開発とて、人間の仕業とはなかなか思えません」
「ああ、かもしれない。いや、きっとそうだ」
「とにかく我々は、アレサンドロのもとへ戻りましょう」
「その前に、ハサンと連絡を取ってみる。俺たちが離れてることも、きっと計算のどこかに入ってるはずだ」
「ホ、なるほど。これはまったく、そのとおりです」
「行こう。もう鉄機兵団の目にふれても大丈夫だ。坑道に戻って、刀をどうするかも決めないと」
そこでふたりはカラスを駆って、ミミズの待つ坑道へと立ち戻った。
ミミズは珍しく外に出て、煤と汗にまみれた手ぬぐいを、洗濯のつもりか雪にこすりつけていた。
『ミミズ!』
「……はァ」
ミミズもまた光に弱いようで、振り向いたその目には、レンズ跳ね上げ式の溶接用ゴーグルが装着されている。その姿はいかにも滑稽であったが、モチの口からは、さもうらやましげなため息がもれた。
「モチはミミズに説明を頼む。俺は通信機を取ってくる」
「了解です」
ユウはすっかりかよい慣れた作業場までの道を、息も入れずに往復した。
マンタとの連絡は……しかし、なかなかつかなかった。
「……向こうは、エディンを警戒してるのかもしれない」
「フム、ま、そうかもしれません」
「そうさ、アレサンドロたちだって、あの放送を見てたんだ」
宣戦布告をしたからといって、いきなり向かっていくような真似をするはずがない。あの超光砲の威力を知っているならばなおさらだ。
ユウはどれほどいじりまわしてもノイズしかはき出さない通信機を、ひとつ小突いた。
だが、エディンの居場所どころか、マンタの居場所さえも知らない身としては、不安はつのるばかりであった。
「少し、考えてみたのですが」
と、そのときモチが、ひざまずいたユウの腿に爪を当てた。
「あのハサンが事を起こす前になんの連絡もよこさなかった、というのが、ひとつの答えであるような気がします。つまり、おまえたちは勝手にやれという」
「え……?」
「あなたに言うのもおこがましいことですが、ハサンは反射神経の男です。綿密に作り上げた計画を、そのとおりになぞっていくたちではない。私たちがどう動こうが、彼にとっては川魚が跳ねた程度のことでしょう」
だから自由にやるべきだと、モチは再度くり返した。
「いどむもよし、退くもよし。私たちの道は、あなたが決めてください。私はそれに従います」
ユウとモチは、しばし、目と目を見かわした。
ぱち、ぱちと、まばたきする目の、吸いこまれるような美しさ。
モチはいつもこの輝きで、人間同士の争いを見つめている。
きっとこの世界は、ひどくよごれたものとして映っているに違いない。
「ユウ?」
「アレサンドロのところへ戻ろう」
「え、そうしましょう。……ホ、ホ、エディンにいどむと言われたら、どうしようかと思いました」
「ええ?」
「ホ、ホホ、ホ、ホ。さ、そうと決まれば」
「ああ」
ユウはモチをかかえ上げ、雪で身体をぬぐいはじめているミミズのもとへと向かった。
鍛冶仕事で赤く焼けたその肌は、水滴を受けて、ジリジリと音を立てているかのようだった。
「ミミズ」
「……はァ」
「刀は、あとどのくらいでできる?」
ミミズは帽子の上から頭をかき、ややあって首をかしげた。
「俺たちはもう、行かなきゃいけないんだ。だから……」
「……うん。そのゥ……すまん」
「せめて折れたほうだけでもなおせないか」
「うんん……」
「ではどうでしょう。あの工房にある、武器のひとつを貸してもらうわけには」
「……はァ」
「もう依頼主は受け取りに来ないでしょう。十五年もたてば時効というやつです」
「……」
「お願いします。我々には時間がないのです。いますぐ、力が必要なのです」
わずかに逡巡したミミズの頭が、小さく、縦に振られた。
こののちふたりは、工房に眠っていた大小様々な、しかしどれもよく手入れされた武器の中から、片手であつかうことのできるバトルアックスを選び取ることとなる。
「さて、問題は刀をどうするかですが」
いまは置いていくにせよ、いずれどこかのタイミングで受け取りに来なければならないだろう。
モチがそう言うと、おずおずとミミズが顔を上げ、
「わしがァ……届けても、ええ」
と、言い出した。
「届ける? マンタまで?」
「……うん」
「もちろんそれができるのならば、言うことはありませんが……」
「運ぶあてがあるのか?」
「……うん」
「そうか、わかった。じゃあそうしよう」
ユウは即決した。
「でも、マンタの居場所は、俺たちにもよくわからないんだ。たぶん、どこかの戦場だと思う」
「……はァ」
「俺たちがあの天使と戦うためには、どうしても刀が必要なんだ。だから、きっと、頼む」
するとミミズは、なぜだが気恥ずかしげに身を縮め、
「……うん」
小さく、うなずいた。
ユウとモチは、そのあとすぐに坑道を去ったのであった。