国を想う、人を想う
鉄機兵団と地方騎士団による、赤い三日月戦線の残党狩りがはじまった。
手広く活動範囲を広げていたエディンたちである。入れ墨のない協力者も含めれば、その数は数百人、いや、千人単位にもおよぶだろうか。
捕らえられた中には、帝国によって滅ぼされた旧国家の残党や、日々の悶々とした不満を解消したいがためだけに石を投げた模倣犯的な若者たちまでが含まれ、国内は一時、戦後の混乱期へと立ち戻ったかのように荒れた。
マンタへ助けを求める元奴隷たちの数も、以前とは比べものにならないほど増加した。
この状況を、
「どんどん、あのころに似てきやがるな」
と、表現したのはアレサンドロである。アレサンドロは日ごとふくらんでいく胸中のおそれを、ハサンの前でのみこっそりと、そう言い表した。
なぜと言うことはない。先の戦は負けたのだ。
人が集まることは心強く、また、それらを保護することが自分の使命であるとも感じているが、それと同時に、重みも増していく。
そして……。
その命の重みに対する煩悶は、なにもアレサンドロひとりだけのものではなかった。
残党狩りの指揮をまかされた帝国将軍、カール・クローゼ・ハイゼンベルグ。
この男もまた同様に、胸を痛めていた。
「……アルバート」
「いけません、閣下」
「む……私はまだ、なにも言っていない」
「言われなくともわかります」
紋章官アルバート・バレンタインとクローゼは表向きこそ主従の間柄だが、それ以前に、血を分けた兄弟でもある。
延々、書類数ページに渡って記された監獄収容者名簿と、その内、半数程度の頭に打たれた、『処分済み』を表す朱のチェック印。
それを見て、弟クローゼがなにを思ったか。なにを口にしようとしたか。愛情深い兄にわからないわけがない。
しかし、と、バレンタインは首を振って答えた。
「それは、皇帝陛下への反抗とも取られかねません」
「まさか」
「いいえ。ただでさえ閣下は……そう、取られやすいお立場です」
「む……う」
「この帝都では、どこに目が光っているか知れたものではありません。特に、気をつけてください」
「……うむ」
神妙にうなずいたクローゼは、執務机を離れ、窓のそばへと歩み寄った。
二階のこの場所から見えるのは、一面の雪に覆われた、春まだ遠いL・J演習場だ。
一日も早く乗りこなせるようになろうと、しめり気を帯びた朝日の下、いまも十数名の新人騎士たちが懸命に励んでいる。
「彼らもすぐに、戦場へ行くのだな」
今日のクローゼには、それが、なんとはなしにさびしかった。
「それが騎士のつとめです」
「だが彼らとて、罪人を捕らえたくて入団したわけではないだろう?」
「クローゼ、閣下」
バレンタインは、ついつい表に出しかけた兄としての説教心を、咳払いして呑みこんだ。
「閣下。自分たちが守らなければならない『国』とは、なにも国土や国民だけを指すのではありません」
「わかっているとも、それと、国家の父たる皇帝陛下だろう?」
「そのとおりです。陛下の御世を乱す者があれば捕らえるのは当然。こんなはずではなかった、期待はずれであった、などというのは陛下が我々に対しておっしゃるおしかり言葉であって、騎士が口にするべきものではありません」
「今日のアルバートは、きついな」
「閣下、冗談ではありません」
「ハハ、アルバートが真面目なのは、よく知っている」
「閣下」
ハハ、と、今度はやや乾いた笑いをクローゼはもらした。その視線の先では、演習場の練習機が一機、不格好に尻もちをついている。
「……しかし、アルバート」
「は?」
「これではなおさら、陛下の敵を、作るだけではないかな」
バレンタインは、ぐ、と、言葉を詰まらせた。
なんとなれば、紋章官として教本どおりの文句を口にしながらも、胸に秘めた憂いは、まさに、この一事だったのである。
「名目はともかくとして、騎士となった市民が、同じ市民を疑い、捕らえるのだ。百歩ゆずって捕らえるのはいいにしても、この右から左への処分のされように、我が軍の下部からも一部、国家に対する不信の声が上がっていると聞く」
「……は」
「もしもこれが、飢饉の年の、別の出来事だったらどうだろう。上納品の軽減を訴え出た地主を、陛下はやはり、言い分も聞かずに処罰されてしまうのではないか。反乱分子と決めつけられ、村ひとつ、焼き払われてしまうのではないか、と」
「……」
「先の戦とは時代が違うのだ。民が国家の一翼を担うこととなった以上、私は、彼らの感情も考えてやらなければならないと思う」
「では閣下は、どのようにすればいいと?」
「話を聞くのだ。つまり罪人も含め、広く、意見の言えるような環境を整える」
「それはまさか……赤い三日月戦線に関しても、ですか?」
「そうだ。いまのようなやりかたではなく、ひとりひとり裁判を開く、まずはそこからだ。そして奴隷たちと話し合いの場を持ち、先の戦を本当の意味で決着させるのだ。そうすれば理解ある皇帝として陛下の御名は民の口にのぼるだろうし、いざ飢饉などが起こっても、皆、少々のことは我慢をしてくれる。……うん。どうだろう、アルバート」
「はぁ」
バレンタインは、この幼くも頼もしい言葉に頬をゆるませ、心中、ある部分においては共感を持ちながらも、やはり大きく首を横に振った。
「どうして!」
「これは根の深い問題です」
「だからこそ、早く動き出さなければならないのだ」
「では閣下、赤い三日月戦線の首領、エディン・ナイデルが死んだと噂されるいま、いったい誰と話し合いを持つのです」
「それは……」
「まず向後の憂いを断たなければ和睦などできません。頭を失ったことで統制のきかなくなった三日月戦線を押さえ、そののちに、カウフマン君を通じてでも空飛ぶエイとコンタクトを取ればいいでしょう」
「う、むう……」
ここで突然ユウの名が出てきたため、クローゼは決まりの悪い顔をして、うつむいた。
どうやら、どうにかしてユウを救いたい、公正な裁判を受けさせたいという心の内も、バレンタインにはお見通しだったらしい。
「そのお心は、立派かと思います」
「またそうやって下に見る」
「見てはいません」
「見ている」
「とにかく、そういった考えも体制批判につながります。たとえ、ラッツィンガー将軍の前でも口にしないように」
「また体制批判! 私はただ、この国がよりよくなればいいと考えているだけなのに」
「……閣下」
「な、なんだ、怖い顔をして」
「よく考えてください。世界の歴史は戦の歴史、などと言われますが、どの戦も突き詰めれば、国家をよくしようという想いからはじまっているのです」
「……!」
「自分はもちろん、起こすべき戦、受けて立たねばならない戦もあると考えています。ですが、あなたには……その火種になってもらいたくはない。グライセン帝国将軍として、波風を立てずに最後の引退の時を迎えて欲しい。それがまた、父さんと、母さんの……」
そこで響いたノックの音が、感情の高ぶりかけたバレンタインの声をさえぎった。
「伝令です」
クローゼとバレンタイン、互いの口から、よく似たため息がもれる。
「……兄さん。それでも私は、お飾りになどならない」
「クローゼ」
「そうでなければ、父さんにも母さんにも、どうして顔向けができるんだい」
「閣下。紋章官殿? いらっしゃいますか」
「すまない、入ってくれ!」
クローゼはバレンタインの反論をおそれるように、すぐさま伝令官の入室を許可した。
「なにか」
「中部ダンダーゲン領、ヴァイデンヘラー執政官より電信です」
それが赤い三日月戦線に対して出城のひとつを献上した執政官の名だと、当然ふたりは承知している。
今度はなんだ。
まさか、噂だけを残して、いまだ行方の知れないエディン・ナイデルを発見した、という報告ではあるまい。
しかし、ふたりの予想に反して、
「エディン・ナイデルについての情報です」
と、今風の香りを髪にまとわせた若い伝令官は、これほどの大ニュースを将軍にもたらすというのに、誇らしさも喜びも、重圧に緊張する様子も見せず、やや鼻につく態度でそう言った。
まったく。万事につけ一生懸命『騎士』であろうとする市民出身者に比べ、このように、家柄のしっかりとした者ほど心中を隠さない。
クローゼにおもねったところで、出世の妨げになることはあっても旨味などない。と、これだ。
当初こそ頻繁に目くじらを立てていたバレンタインだが、それも最近はなくなった。
「エディン・ナイデルが発見されたというのか」
と、これも、あくまで事務的に詳細を求めた。
伝令官は、執政官の息子風情が、という冷蔑の眼差しでバレンタインを一瞥し、
「いいえ」
バインダーの文面を、抑揚なく読みくだした。
「赤い三日月戦線の本拠地と思われる場所を発見。昨日よりどこからともなく馬車が集い、テントを十張程度設置した模様。人数は数十人規模と思われ、当地方騎士団のみで制圧可能。朗報待たれたし」
……なんだそれは。
クローゼとバレンタインは、思わず顔を見合わせてしまった。
本拠地と思われる場所。どこからともなく。十張程度。数十人規模と思われ。
どれもこれもが漠然としていて、状況がまったく伝わってこないではないか。
それで、自分たちのみで制圧できる、朗報を待て、などと言われても不安だけが残る。
「アルバート。彼の地方騎士団には、いったいどれだけの戦力があった?」
「無論、地方騎士団並の戦力です。ただそれを、上手く使いこなすことができるか、どうか」
「うむ……確か出城を奪われたのも、相手をあなどった結果だったな」
「かといって鉄機兵団の騎士を援軍に出したところで、ヴァイデンヘラーはムキになるだけでしょう。ここは……」
と、バレンタインは伝令官へ向きなおり、
「ダンダーゲン近郊に、いま、バルビエリ機兵長の中隊が展開中のはずだ。彼と連絡を取り、隠密裏に援護するよう命令を」
「しかし、肝心の三日月戦線本拠地がどこかわかりませんが」
「バルビエリ機兵長なら、その程度のことわけもなく探り出せる。くだらないことを心配していないで、君は自身の仕事をこなしたまえ」
居丈高な伝令官の頬が怒りにひくりと引きつるのを見て、クローゼは内心、ざまを見ろ、であった。
ところでその命令がバルビエリ機兵長へ届いたとき、当の機兵長は、すでにそれに即した行動を取っていた。つまり、ヴァイデンヘラー執政官の身辺へ、しかるべき鼻薬をかがせ、その軍の行き先と、目的とを探り出していた。
「そらみろ、やはり思ったとおりじゃないか」
役目的に見ても、任官される人間の性質的に見ても、多分に文官的である執政官が、自ら軍を率いて罪人探索などするはずがない。
所用あってたずねた折にそのような言い訳をされて追い返されたときから、この四十なかばの機兵長は、ヴァイデンヘラーが鉄機兵団に先駆けてなにか情報を入手し、抜け駆けしに行ったのではないかと感じていたのである。
バルビエリはクローゼが将軍となった際、ラッツィンガー軍から是非にとゆずり受けてきた男で、特別策士でもなかったが、このあたりの勘と機転はよくきいた。
「功名心だな、馬鹿馬鹿しい」
バルビエリは副官へバインダーを突き返し、よく丹精された、いかめしい口ひげに似合わない大口で、ひよこ豆のスープをすすりこんだ。
硬く焼きしめられたパンをその汁にひたし、口に放りこむや、さらにスープで流しこむ。
「馬の準備をしてくれ」
「すでに完了しております」
「よし」
野営地を引き払った騎兵出身のバルビエリは、手持ちの部下から選抜した、馬の上手い一個小隊を引き連れて出発した。
L・Jカーゴを含むヴァイデンヘラーの一行に追いついたのは、その日の陽も沈もうかという時分。バルビエリはそれを遠巻きにながめる生活を三日に渡って続け、来る四日目の明け方、その事変を目撃することとなったのであった。