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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【四】 奮闘 -アレサンドロの未来・中編-
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呪い

 ユウが相手をしなければならないL・Jは、計五体。すべて空戦に対応した三〇〇系L・Jである。

 N・Sにとっては物足りないほどの相手だが、こちらには太刀がない。サンセットⅡから借り受けた高周波ナイフだけが、急ごしらえの鞘に納まって、腰に結わえつけられている。

 カラスと同化したユウは、まずそのナイフを引き抜き、刃の振動を開始させた。

 手のひらに感じるかすかな揺れは、どうにも、N・Sの指になじまなかった。

『ユウ』

『ああ、わかってる』

 ユウはじりじりと居場所を移し、コンテナの、長い横っつらの前に立ちはだかった。

 離れたほうが安全ではあるだろうが、赤い三日月戦線のL・Jはこれを人質に取り、武器を捨てろとわめき立てるかもしれない。やけを起こして、死なばもろともと考えるかもしれない。ディアナを守ると決めた以上、なかなか移動はできないのである。

 と……。

 そうこうしている間に、血まみれのエディンを軍用馬車へ運んでいった一体を除き、四体のL・Jが、前方左右とユウたちを取りかこんだ。

 間合いをはずさず、かといって近づかず……。

 ここで先の一体が戻り、L・Jは五体となった。

 ユウはひと渡り見渡して、

『……む!』

 左端のL・J目がけて、ナイフを、投げ打った。

 相手がララならば話も違っただろうが、まさかの急襲に驚いたその乗り手は、いとも簡単に、切っ先を腹部光炉へ受ける。

 投げつけた刹那、すでに動き出していたカラスは、突き刺さったその柄に飛びつき、深く、腹部をかき切った。

 一足飛びにもとの位置まで戻ったその手には、高周波ナイフのみならず、倒れたL・Jの手にあったランスまでもが握られていた。

 ……よし。

 これで四対一。

 実に数秒の早業である。

『き、貴様ぁ!』

 ユウは、数にものを言わせて押し詰めようとするL・Jたちへ、さらに引っさげたランスを投擲するかのように構えて見せた。

 ぐるり、四機すべての方向へ体を向けると、L・Jたちの足が止まる。

 次は誰へ投げようというのか。

 その警戒心と心づもりが相手方に固まったところで、ランスをつかんだまま、ひと息に懐へとつけ入ったユウの一撃が、またしても不意をつかれたL・Jの腹へ決まった。

 横手から突き出されたランスをナイフで払い、三機目の横合いを、前転決めて飛び違いざま、一閃。

 右足を切断され、前のめりに倒れたそれにとどめを刺し、さっと立ち上がり構えを取る。

『く、くそ!』

 予想以上の強敵ぶりにたじろいだ残りの二機が、過剰にも見える動作であとずさった。

 ユウとしては、これで引いてくれるのが最もよかったのだが……はたして。L・Jたちはリーダー・エディンの負傷を言い訳に、この場から立ち去ることを決定したらしい。

 背の飛行翼(フラップブレード)をぶんぶんと動かし遠ざかっていく二機のL・Jと、こちらは足で駆けていく三人の三日月戦線メンバーを見送り、

『お見事』

 モチが、さも感心したように言った。

『危なかった』

『ホ、そうでしょうか』

 エディンの乗せられた馬車が駆け出していく。

『エディン・ナイデル、彼はこれからどうするでしょう』

『……わからない』

『追いかける気は』

 ユウは首を振った。

『もういい。あとは、あっちが決めることだ』

『フム……』

『これでよかったんだ。これで赤い三日月戦線は、解散するかもしれない』

 まだ若干、納得がいかない様子のモチを残し、ユウはN・Sを降りた。

 ……疲れていた。

 足が重い。

 ディアナを守った、馬車を守った、自分の命も守った。それでも心に現れるのは、誇らしさではなく、血をしたたらせたエディンの顔だ。

 魂をつかんでいた黒いヘドロのような手が離れたのはいいが、その手の感触がまだ残っているような、そんな胸のむかつきがある。

 ……いや。

 もしかすると、そのエディンの黒い手は、本当に、魂のどこかを傷つけていったのかもしれない。

 皮の表面をひとすじ、爪でかき落とされたリンゴのように、魂はその傷から腐り、壊死していくのだ。

 これは、エディンの呪いだ……。

「くそ」

 ユウは胸をつかみ、そんなことがあるものかと、心を叱咤した。

 これはただの、危機を乗り越えた脱力感だ。あの男の気味悪さと悲惨な最期に、多少当てられただけだ。

 だが、心は一向に奮い立たず、むしろ呪いが染みていくようにさえ思われた。

 悪人は報いを受けて当然、その考えもまた、黒く腐った魂が導き出す、ひどく傲慢で、エゴに満ちた結論のように感じられ、ユウの気は、ますます滅入っていった。

 気づけばユウは、固く閉ざされた、コンテナの扉の前に立っていた。

「そうか……」

 ディアナが心配している。顔を見せてやらねばならないのだ。

 ユウは、役に立たない心を放ってでも、足がこうして来るべき場所まで導いてきてくれたことに、わずかながら満足した。

 職業病でもあるが、エディンが打ちこむ七桁の暗証番号を、ひとつも違わず記憶していた脳にも感謝をした。

 扉に手をかけ、体重を乗せて引き開けると、ソーニャ随身官に包み隠されるようにして、すぐそばの床に、ディアナがうずくまっていた。

「大祭主様」

 聞こえていない。目と耳をふさいでいるようだ。

 ソーニャの視線が刺々しい。

「大祭主様」

 さわるなと威嚇してくるソーニャの指を払い、ユウは、その白髪をなでた。

「あ……!」

 パッと身を起こしたディアナの頬は、乾いた涙で引きつっている。

 とっさにソーニャへ抱きついたのは、逆光のためにエディンと見間違えたものか。

 ユウはなぜだろう、しばらく会わなかった娘に拒絶された父親のような心持ちになり、苦笑した。

 そしてこの苦笑が、ユウの心に、ようやく暖かい火を灯してくれた。

「終わりました」

 ユウは腰をかがめ、いまできる最大の笑顔を浮かべて見せた。

 おそらくとても、笑顔には見えないだろうと思いながら。

「カウフマン……」

「はい」

「カウフマン……!」

 ディアナの冷たい腕が、ユウの首へかじりついてきた。

 ふたりの胸がぴたりと重なり、ユウは、その柳腰を抱き上げる腕に、より一層の力をこめる。

「カウフマン……」

 ……ああ。この人にも、呪いがかかっている。

 ユウは、それを哀れんだ。

 


 ソーニャはかたくなに固辞したが、馬車はコンテナごと、カラスがバーテまで運ぶこととなった。

 鉄機兵団へ保護を求めれば、ユウが捕らえられるかもしれない。かといってカラスがこの場を離れれば、赤い三日月戦線の意趣返しがおこなわれる可能性もある。

 バーテまでは少々距離があるが、カラスの翼ならば数時間。

「いまから行けば、ちょうど日の入りになります」

 行ける場所まで空を行き、徒歩で街に入る。

 ディアナはそれを了承し、すぐに、一行は旅立った。

 ユウとモチはコンテナのバランスのみに気を配り、山間の、それもひどく低い位置を、ゆっくりと飛んだ。

 バーテ近郊に到着したのは、予定よりも遅い、日の入り後。

 コンテナと馬車を捨て、外門のないバーテにおいては、唯一の関所とも言える石のアーチの前に差しかかると、地方騎士の見張り番が出ていた。

「止まれ!」

 騎士は叫び、駆け寄ってきた。

「怪我人……神官か?」

 と、こう聞いたのは、靴の満足でないディアナが御者の背に負われていたからだろう。

 颯爽と立ちふさがったソーニャが、

「メーテル大神殿、ディアナ大祭主猊下です」

 と、鼻高々にして揚々と告げると、騎士は、ご冗談を、という顔をした。

 これは別に、騎士の質が劣っていたために出た反応ではない。大祭主が徒歩で旅をするなど例がなく、またどのような状況であろうと、その行く先々には必ず先ぶれが出る。

 しかし、いかにも世間知らずなソーニャ随身官はその対応に腹を立て、懐から出した自らの神官章を、騎士の前へ突きつけて見せた。

「私は、随身官です!」

 さあ、それからが大変であった。

 地方騎士団長、バーテ町長、商工ギルド長、バーテ・メーテル神殿の神官などが次々に現れ、

「猊下に、ひと目ご挨拶を」

「是非当方に一夜の宿を」

 と、頭を下げる。

 ディアナたちがとめ置かれた騎士団詰め所には押すな押すなの人だかりができ、騒ぎを聞きつけた野次馬たちが、またそのまわりに人垣を作る。

 それ見たことかと、子どもの女王遊びのように胸を張ったソーニャはもったいつけてそれを切りまわし、ディアナは侍女たちにされるがまま、ぐったりと長椅子にもたれて立ち上がる気力もない。

 ふるふると揺れたまつげが、けだるげに持ち上がったが、疲れか痛み止めの効用か、その瞳は茫漠として空をさまようばかりであった。

 その、喧騒の中。

 詰め所の裏手から現れ、暗い路地道を通ってアーチまで向かおうという人影がある。

 人影は立ち去りがたげに額を扉につけ、ひとこと、ふたこと。

 そして、明かりも持たずに歩き出した。

 見張り番のいないアーチ門をくぐり抜けたところで、

「ユウ」

 人影、ユウは足を止めた。

 ふわり、足もとへ着地したのは、案の定モチであった。

「もう行きますか」

「ああ」

「彼女は?」

「……大丈夫だ」

 ユウは自分でもわかる曖昧な笑顔でモチをかかえ上げ、振り向きもせず、また歩きはじめた。

 モチは、なにも言わなかった。

「……モチ」

「はい」

「カラスたちは?」

「カラス? ……彼らならば、もとの縄張りへ」

「そうか」

「……」

「モチ」

「はい」

「俺じゃ、呪いは消せないんだ」

 モチの首がぐるりとまわり、ユウを見上げた。

 さて、呪いとはなんだろうか。

「あの人はもう、神に祈れないかもしれない」

「それが呪いですか」

「ああ……いや、わからない」

「フム」

「でも呪いは、人間を変えていくんだ。臆病になって、うたぐり深くなる。いままで信じていたものが、途端に薄っぺらく見えてきて、それをもう、くつがえせなくなる」

 呪いとはおそらく、自分の背負いきれない現実が、力ずくで覆いかぶさってきたときに生まれるのだ。 

「きっと、呪いは……」

「恋です」

「え?」

「女性にとってのそれは恋です。なに、心配はいりません」

 モチは驚愕するユウの腕の中で、ホホ、と笑った。

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