カゴの鳥
話を聞いてみると、北部森林帯の生まれだというこの北フクロウは、もう四年近くも、この場所にいるのだという。
当時この施設では、L・Jの開発ともうひとつ、別の研究がおこなわれていた。
それが、人造魔人計画。
「文字どおり、人工的に魔人を誕生させる計画です」
フクロウの薄く閉じられた目が、針のように光った。
「最終的な目標は、ふたつ。知能レベルの向上。そして……」
「不老長寿」
アレサンドロの言葉を受け、フクロウは小さく、うなずいた。
「皇帝家、貴族、富裕層。いわゆる特権階級のための計画だったのでしょう。しかし結局は、魔人の謎を深めるばかり。唯一の成功例である私とて、せいぜい言語を獲得しただけにすぎません」
「計画は消えたのか」
「さ、どうでしょう。私を生かしているところを見ると、まだ未練はあるのかもしれません。軍部が反対しているという噂もあります」
「どっちにしても、いい迷惑だな」
「まったく」
このようにフクロウは、どのような質問に対しても、すべてよどみなく答えた。
で、ありながら、ユウたちの名や身上に関しては一切問おうとしない。
単に興味を持たないだけかもしれないが、その態度は実に信頼できる相手として、ふたりの目には映った。
飾らない、その純朴な気質もいっそ好ましく思われる。
そこでユウとアレサンドロは、いままでのいきさつを手短に語って聞かせ、
「なにか知らないか?」
と、たずねてみた。
返答は、すぐに帰ってきた。
「それならば道が違います。いま来た扉を出て、四つ角を右へ……」
道順がつらつらと並べ立てられる。
「随分とくわしいな。ずっと鳥カゴ暮らしじゃねえのか?」
「さ。長くひとつところにいれば、つまらないことに通じるものです」
アレサンドロは、へえ、と、あごをかいた。
「だが、悪ぃがこっちは、おまえさんのようにそう賢くはねえんだ。いまのを全部覚えていけってのは無理がある。ああ、とても行けたもんじゃねえ。道案内でもいねえことにはな。なあ、ユウ」
視線がかち合い、ユウはすぐに、その言葉の意味を理解した。
「ああ、ああ、そうだ。だから案内に立ってくれ。一緒に行こう」
すると、それまで眠るようだったフクロウが、カッと目を見開き、
「ホ。なるほどそれは……悪くない、提案です」
と、声を上げたかと思うと、
「外へ出るなど、考えたこともありませんでした。長くひとつところにいれば、つまらないことにとらわれもする、ということですか……」
と、みるみる小さくなってしまったのだった。
「よし、決まりだな。鍵は?」
「やってみる」
ユウは大ぶりな錠前に、鉤手のついた用意の針金を差しこんだ。
錠前はずしはユウの得意分野である。
ものの数秒で、錠は難なくはずれた。
「まさか、このような日が来ようとは」
すっかり気をよくしたフクロウは、ひょこひょこ身体を揺らしながら、歩いて檻を出た。
それは単に扉がせまく、飛ぶことができなかったためだったが、その愛らしい仕草には、思わずふたりとも笑ってしまった。
「外、ああ、外」
フクロウの声には、隠しきれない興奮の色が浮き出ている。
「あなたがたには、なんと礼を言ったらいいか……」
「なあに、気にすんな。帝国のやり口が気に入らねえだけだ」
「おそれいります」
「俺はアレサンドロ。こいつはユウ。おまえは?」
「残念ですが、名はありません。ここではただの、五一二号です」
「そうか……」
ユウはなにげなく、フクロウの頭に手を乗せた。
「あ……」
「どうした?」
「……柔らかい」
「おまえなあ、なに言って……」
アレサンドロも乗せる。
「あ……」
「な?」
「……こいつは、ヤバイな」
特に首まわりや腹は、指を離すのが惜しまれるほどだ。
フクロウはされるがまま、むしろうっとりと、なでられるのを楽しんでいるようである。
「白くて、丸くて、柔らかい……」
フクロウの名は、『モチ』に決まった。