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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【四】 奮闘 -アレサンドロの未来・中編-
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戦艦、来たる

 ユウたちが『そのこと』に気づいたのは、興奮のため荒れ気味であったマンタの飛行が安定し、その背にしがみついていた全員が、やれやれと身を起こしたときだった。

『ひゅう、こいつは爽快だな』

 と、アレサンドロが言ったとおり、天を泳ぐ巨大なエイの背からまず望まれたのは、白く化粧した眼下の山々に、青く輝く聖ドルフ。

 乳白色のもやが、空と陸との境界線を曖昧にぼやかし、実のところここは海の中なのだと言われても信じただろう。そのような偉観である。

『やはり空はいい。ううむ、いい!』

 マンタがヒレを上下させ、何度もそう言うたびに、黒く、広々とした背の皮膚が、波を打って輝いた。

 その表面は、押せば水がにじみ出るのではないかと思われるほどうるおって見えたが、さわれば不思議と乾いていた。

『おいユウ! おまえ、剣どうした?』

『え……?』

 ユウは、さて、どうしてそんなことを聞かれるのだろうと思った。

 太刀ならば持っている。この手にしっかりと。

 ああ、そうか。

 おそらくオオカミに乗ったアレサンドロからは、空の鞘しか見えなかったに違いない。

 ユウは右手に握った柄を、ここにあるぞと、高くかかげて見せた。

 すると……どうだろう。

『あっ!』

 ユウは仰天した。誇張ではなく心臓が止まった。

 なんと驚くべきことに、カラスの太刀が、つばから指二本分を残して消えうせていたのである。折れていたのだ。

『そ、そんな!』

 ユウはあとにも先にも、これほど動転したことはない。

『ど、どこに?』

 と、本来、もっと先に思うべきことがあるだろうに、どこで折れたのかもわからない刀の先を、マンタの広い背の上に見出そうとした。

 そして、見える範囲になさそうだと気づくと、

『拾ってくる!』

 と、聖ドルフへ戻ろうとさえした。

 もちろんこれは、アレサンドロたちによって止められた。

『おいおい落ち着け。まずは落ち着こうぜ』

 アレサンドロはそう言ったが、こちらの動揺もかなりのもので、それ以上の言葉が出てこない。

 結局は、ハサンの指示を仰ぐこととなった。

『さて……』

『どうすればいい、ハサン!』

『フン、こうなっては、まずどうしようもない。あきらめろ』

『そんな!』

『なにがそんなか』

 ハサンは冷酷なほど冷静であった。

『もし仮に、私がその剣先を見つけてやったとして、どうする』

『それ、は……』

『鋼とは、そうたやすく接合できるものではない。よしんばできたとしても、それはなまくらだ。つまり、先があったところで役には立たんというわけだ』

『そんなことわかってる。俺が言いたいのは……!』

『これから自分はどう戦えばいいのか。いやはやまったく、愚かな問いだな』

 アレサンドロのあやつるオオカミの手が、コウモリの胸もとをぐいと押しやった。

『おいハサン、そう言ってやるな。そうやってネチネチいたぶるのは、あんたの悪い癖だぜ』

『フフン、そうではない』

『なに?』

『おまえのその精神はまさに我々の統率者にふさわしいが、私はこの馬鹿に対して、無駄なことはなにひとつ言っていない。自業自得だとも、素手で戦えともな。ただ、剣先を探すのは無駄だと言っただけだ』

『そういうのを屁理屈って言うんだぜ。俺たちが欲しいのは、先の見通しだ』

『ああ、おまえはいい言葉を見つけた。そう、先の見通しだ。だが、それを考え合わせても答えはひとつしかないではないか』

 必要なのは、折れてしまった剣先ではなく、新しい武器。

『それを鍛え得る、刀鍛冶だ』

 ユウとアレサンドロは顔を見合わせた。

 確かにそのとおりだ。

 そしてそれに該当する人物を、ここにいる全員が知っている。

『だがよ、どうする。いまは寄り道してる時間はねえ』

『無論そうだろう。何度も言っている、これは優先順位だ。だからこそ、どうするだのと無駄な頭を使う必要もないと言ったのだ』

『ッ……』

『いまは口をつぐみ、次の会戦に向けて力をためておけ。二隻の飛行戦艦は、まず十中八九間違いなくマンムートへ向かっている。武器が欲しければ、そら、彼女の懐刀でも借りておけばいい』

 サンセットⅡのシールドは半壊状態にあったが、幸いその高周波ナイフは、何事もなかったかのように鞘に納まっていた。

 


 一方。

 ハサンにすべてを見透かされているとはいえ、オルカーンとグローリエは誰に邪魔されるでもなく、マンムート二号車への航路、正確に言えば、二号車がいるであろうと調査部隊が推測した場所へ向かって、着々と進軍中であった。

 ただしその速度は、戦闘巡航、とホークの言ったそれよりもやや劣り、オルカーンの性能からすれば、通常の巡航速度とたいして変わらない。これは足で劣るグローリエに歩調を合わせているためである。

「とっつぁん、到着はいつになる」

「は」

 自機の格納と整備の指示を終えてブリッジへ現れたホークは、開口一番それを聞いた。

 キャプテンシートのグレゴリオは、当然の礼儀としてその場所をゆずろうと立ち上がったが、この将軍はそれよりも状況を知りたがり、メインモニターの前に仁王立ちした。

 すると必然グレゴリオもその横に立つこととなり、結果、キャプテンシートは空になった。

「こちらの計算では、到着まで、およそ十五分」

「そうか」

「敵艦は東へ逃げましたので、北方の目標地点には、やや遅れてくるものと考えとります」

 このグレゴリオの目算は、間違ってはいない。

 まず第一に、マンタは足が遅いということがある。グレゴリオにそのくわしい数値がわかっていたわけではないが、ブースターなどといった推進装置を持たないらしいあの生物的兵器が、この帝国戦艦群に速度の点でおよぶものか、という自負のようなものがあった。

 そして事実、それは正しかった。

 さらに第二に、報告どおり、マンタが東へ逃げたということがある。

 マンタは飛行戦艦を惑わせるため、わずかな時間ではあったが直進コースをはずれた。それがやはり、少々足を遅らせる結果となった。

 予定より早い十二分ののちに、オルカーンの外部カメラが、超光砲に焼かれたマンムートの遺骸を雪景の中に捉えたとき、グレゴリオの予測どおり、マンタはまだはるか南方の空にあった。

「十分だ。十分で押さえるぞ、とっつぁん」

 ホークは再び、格納庫へ戻った。



 さて先にもふれたが、マンムート二号車は、マンムートがなければ動けない。

 二号車は、そのマンムートから一キロ南方の山中にまだ停車し続けており、逃亡の準備を進めているとはいえ、ブルーノたち非戦闘員も、ひとりたりと車を離れてはいなかった。

 そこへ、飛行戦艦オルカーンと、腹いっぱいにL・Jを詰めこんだ超巨大母艦グローリエが現れたのだから、二号車はにわかに色めき立った。

 レーダーという目を奪われていたこともあり、留守をまかされたクジャクのもとに、テリーとジョーブレイカー、シュナイデ、メイが集まったのは、グローリエが数多のL・Jを放出したあとだった。

「まったくジョーさん、なにしてたのさ」

「待て、テリー。この男ばかりを責めるな」

 クジャクは、せめてものそなえとして用意してあった簡易の見張り所から、上空をながめつつ言った。

 これは雪と水とを利用した氷のトーチカで、二号車とはトンネルによってつながれている。

 バラバラと産み落とされ、それまで晴れ渡っていた空をイナゴのごとく覆ったL・Jの大群に、クジャクは身の震える思いがした。

「やむを得ん」

 と、ひとこともらし、覚悟のため息をひとつ、はいた。

「メイ。アレサンドロたちは無線が通じんと言ったな」

「は、はい……あの、でも……!」

「わかっている。作業中かもしれん」

「そ、そう、ですよね」

「テリー、おまえは一度、戦艦を落としている。もう一度できるか」

「……いや。冗談抜きで言うけど、無理だよ。あっちだってきっと警戒してるし、いまシューティング・スターを出せば気づかれる。俺たちの仕事は、居場所を知られたら終わりなの」

「そうか。ならばシュナイデとともに、ここを守れ」

「え……ちょ、ちょっと待った、クーさん。まさか……ひとりで?」

「いや、ジョーブレイカーの手も借りる」

「どうやって! ていうか、あの数相手に無茶だよ!」

「ではどうする。やつらがここをかぎつけるのも時間の問題だ」

「う……」

 テリーは、硬くとがった石でも呑みこんだかのように、言葉を詰まらせた。

 そしてこれが無謀な作戦であるとわかっていても、これ以上思いとどまらせる言葉をのぼせることができなかった。

「……行くぞ。いまならば先手を取れる」

 と、まずクジャクが、トーチカの外へ這い出る。

 次いで、

「承知した」

 と、白装束のジョーブレイカー。そしてシュナイデ。

 頭をかいたテリーは、肩に下げたライフルをかつぎなおし、ふう、とひとつ、息をはいた。

「あ、そうだ。メイちゃんは、みんなに心配いらないよって伝えて」

「あ、あの! でも……!」

「うんうん、まぁ、なにがあっても、中で変なことさせないようにして。みんなで旦那を待とうって、ね?」

「……わかりました」

「よし、じゃ、行ってきます」

 テリーは、いかにも軍人らしいいさぎよさで、先ほどまでの自分を忘れた。

「仕方ない。俺も手伝うよ」

 と、誰に言うでもなくつぶやき、頭の中で残弾を計算しつつ、雪に隠したシューティング・スターのコクピットへもぐりこんだ。

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