超光砲
「縮退理論を知ってるかい」
セレンがそう言ったのは、作戦会議の席でだった。
誰もが知らないと答えると、
「そうかい。じゃあ知らなくていい」
と、指示棒で頭をかき、
「つまり超光砲ってのは、荷電粒子による縮退砲。ビーム……まあ、実体のない弾丸を飛ばす兵器だよ」
太陽の光の何千倍も強いものが、目にもとまらぬ速さで飛んでくる、そう考えればいいと、ひと口に説明した。
そのときはさっぱりとわからなかったが、いま、この光景を前にすれば、ユウにでもわかる。
これは、危険なものだ。
『テリー……テリー!』
『あ……か、彼氏さん?』
『バッカ、失敗しちゃってさ』
『ララちゃんも……みんな死んじゃったの?』
『なにそれ、そんなわけないでしょ』
『へぇ?』
『下、下』
『下……?』
テリーはぼんやりとした頭で、コクピットの中をキョロキョロと見まわした。
しかし、目の前のメインモニターは黒く染まり、そこには、刻々と変化する風向風速などのデータが、ずらりと表示されている。
『あ……そっか』
スナイパーモードのままだ。
テリーがモードを解除すると、そこは空だった。
サンセットⅡ越しに見えるモニターの下端には、メラクの超光砲によって焼かれた大地が、深くえぐれた小山まで、一本のわだちのごとく続いていた。
『助けて、もらっちゃった?』
『そういうこと』
『……危ない。そうだ、ここは危ないよ! 早く逃げて!』
『え?』
『ララ!』
モチのひと声を号令に、シューティング・スターをかかえたカラスとサンセットⅡは、パッとその場から飛びのいた。
間近で見る大雷とはこういったものだろうか。一瞬後に訪れた強烈な閃光に、ユウの目がくらむ。
うねり狂う電気の蛇を引き連れて、轟音を引いた超光砲の白い柱が、天高く駆けのぼっていった。
『あれのチャージラグは、きっかり六十秒!』
『わかってるって!』
『じゃあ忘れないで!』
『……フンだ。タイマー入れとけばいいんでしょ』
ぶつくさ言ったララはコンパネを叩き、メインモニターの隅に、六十秒のデジタルカウンターを表示させた。
これが残り十秒になったら、ユウにだけは教えてあげよう、などと思いながら。
そのときである。
眼下の雪原に、高い火柱が上がった。
ひそかに仕掛けておいた地雷原へ、鉄機兵団のL・Jが足を踏み入れたのだ。
『彼氏さん、とにかく、ひとかたまりになるのはまずいよ。俺を、どっか適当なところで下ろして』
『どうする気だ?』
『尻ぬぐいは自分でするよ。みんなが逃げるくらいの時間はかせぐ』
『馬鹿言うな』
カラスとサンセットⅡは、照準の目をくらませようと、規則性なく飛びまわった。
『まだ計画は終わってない』
ユウは、いまだ雪に身を沈めたままのオオカミとコウモリに視線を落とし、言った。
『テリーは無事、みてえだな』
『フフン、運の強い男だ。またそういう輩は、次もいい場面で役割がまわってくる』
『あいつを責めてやるなよ』
『なに、役者が違ったと、それだけのことだ。責めるほどのことでもない』
『そろそろ、あっちも動き出すか』
『まあ落ち着け。鍵を握っているのは我々ではない。……彼だ』
アレサンドロとハサンの見つめる戦場は、すでに赤い三日月戦線をまじえた三つ巴から、鉄機兵団対レッドアンバーの構図へと移り変わっていた。
撃ち出される弾丸は、すべてユウたちのいる空へ向かい、雪原に散ったその他陸戦・空戦用L・J部隊は、マンムート本体の出現を警戒しているようだ。
その、一個大隊にもおよぼうかという大軍の足もとを、そこここに開いた着弾クレーターを避けつつ、なにかが走っている。
ジョーブレイカーだ。
白装束の忍者は、平時に見れば、おかしくて吹き出してしまいそうなほどの大荷物を背負い、無心に足を動かしていた。
「む……」
突如、目を鋭くとがらせたジョーブレイカーが、五メートルも横に飛びのき、雪に身をふせた。
高速回転する弾丸が、うなりを上げて雪面に落ちる。
かき上げられた雪をかぶり、その姿は一時見えなくなったが、それが自分を狙ったものでないことを確認するや、ジョーブレイカーは再び這い出して、疾走をはじめた。
いま、この小さな運び屋は、他でもないメラクの特注カーゴへと向かっている。
鉄機兵団の意識は空へ向いているとはいえ、足場の悪さと、時折襲い来る弾丸、その他にも予想できない危険がいくつも転がっている任務である。
ときには、同じ方角へ向かうL・Jの足に便乗し、ときには、さらなる危険をおかして雪の中を這い進み。
カーゴの周囲を固めるL・Jが、右から左、そしてまた右を向く間に、するり、大重量を支えるキャタピラの裏へ飛びこむと、
……ふう。
その口からは、あきれたような吐息がもれた。
ジョーブレイカーは、それでも一瞬たりと動きを止めず、背の布包みをその場へ広げた。
……それは、ひとつが人間の頭ほどもある、雑な作りの爆発物である。
しかし、見てくれはともかく威力は折り紙つきで、スイッチひとつで遠隔爆破できるという優れものだ。
ジョーブレイカーは、それをひとつひとつ、慎重に所定の場所へ貼りつけていき、最後にすべてのスイッチを弾いて、受信機をオンにした。
そして、来たときと同様、またたく間に姿を消した。
ド、ド、ド、ド……。
炎を噴き上げたカーゴが左キャタピラを跳ね飛ばし、メラクもろとも倒れるのを、アレサンドロとハサンは見た。
空にいるユウたちも見た。
『よし、行くぜハサン!』
『手負いの獣はやっかいだ。気を抜くなよ』
『ユウ、チャンスチャンス!』
『ああ、俺たちも行こう。テリー、下ろすぞ』
『え、ちょ、ここで?』
『モチ』
『了解です』
『う、わ、わ、わ!』
大気を打った翼が風を払い、N・Sカラスは地上へと滑空した。
身をひるがえして雪原をこするように飛び、腕で支えたシューティング・スターを、主戦場から少し離れた場所に、ポンと解放する。
『うわぁい』
テリーは転がりながらなさけない声を出したが、シューティング・スターはほれぼれするような動作で体勢を立てなおし、すぐさま引き金を引いた。
敵L・J三体が、その餌食となった。
『さっすがぁ!』
『俺がララちゃんなら、テリー・ロックウッドにホレるけどね』
『あ、そ。待ってよぉ、ユーウー』
『もっと優しくしてよぅ、ララちゃあん!』
テリーの声を背に受け流して、カラスとサンセットⅡは、そのままメラクへと進路を取った。
カーゴ上面をすべり落ちたがために横倒しとなったメラクは、こちらがにらんだとおり、自力では起き上がれない様子だ。超光砲を上下左右に動かし、動作確認をしている。
この時点で発射不能となってくれていればいいが、
『どうだろう』
『さ、どうでしょう』
サンセットⅡのデジタルカウンターは、とっくの昔にゼロとなっていた。
『ララ、別行動をしよう。北側から行くんだ』
『でも、時間が……!』
『いいから行け! 俺はメラクから目を離さない。大丈夫だ』
『うん……わかった』
サンセットⅡが飛んでいく。
『我々は南から』
『ああ』
『行きましょう。あなたが身を差し出すというのなら、ともに』
ユウは、モチに深い感謝を覚えずにはいられなかった。
実を言えば、ハサンに殴られたことを、このモチにだけは話していたのだ。
「挽回の機会は、必ず訪れます」
モチは優しく言ってくれた。
いまがそのときだ。
『アレサンドロとハサンはあそこにいる。テリーはうしろだ』
『はい。では少し、派手にいきましょうか』
モチはまったく、ワシにでもなったようだった。
その羽ばたきは力強く、速さたるや、N・Sに乗りながらユウが息を詰めてしまったほどだ。
もちろんスナイパー部隊の飛ばす弾などかすりもせず、モチはその上空で、からかうように曲芸飛行までして見せる。
その屈辱に耐えきれなくなったらしい空戦用L・Jの一体がせまってきたが、それは不幸にも味方ライフルの弾道上に入ってしまい、不本意な最期を遂げた。
と……。
『動きます』
メラクの超光砲が、遠く視線の先で持ち上がった。
ユウは必要ないとわかっていながらも、もう一度、眼下のアレサンドロとハサン、テリーの位置を確認し、
『大丈夫だ』
と、呼吸を整える。
超光砲はカラスに照準を定め、その砲筒の先端から、渦巻く光の束を噴き上げた。
まったく、衰えた様子のない光だった。
『もう少し近づきます』
『大丈夫か?』
『これも作戦のうちです』
そこでカラスは、いったん高度を高く取り、天を舞うトビがそうするように、螺旋を描いて最高の攻撃ポイントを探した。
『十秒前!』
気をきかせたララの声が耳に入り、それからきっかり十秒のちに、超光砲が天を突いた。
『……!』
ここでまさか、このような大きな障害が発生するとは、ユウも、モチもララも、思ってはいなかった。
はからずも、時を同じくして距離を詰めたカラスとサンセットⅡ。二体は超光砲以外の装備に関しても、その射程に踏みこんでしまったのである。
百十ミリバルカン砲、単装ミサイルランチャー。
両手のライフル銃は二十発のケースレス式マガジンを採用した以外は他のL・Jと共通だが、なんといっても射手のレベルが違う。
メラクはそれらの武器を手足のようにあやつり、バルカン砲を猟犬、ミサイルランチャーを罠、そしてライフルを狩人として、巧みにユウたちを追い立てた。
無論、すべてを呑みこむ超光砲の存在も、忘れてはならなかった。
『一度離れましょう』
『あ、賛成。あたしもそれがいいんじゃないかと思ってた』
『まったく……落とし穴にでも放りこんでやればよかったのです』
モチは珍しく悪態をついた。
どこかで、狩人に追われた経験でもあるのかもしれない。
ユウは思った。
『ほら、行こ!』
さあ、それから超光砲にして三発分も撃ちこまれたころだろうか、
『……ね、そろそろじゃない?』
『ああ、でも油断するな』
『来ます』
この時点ではもう、ユウたちは前ほど、超光砲に対して恐怖らしい恐怖を感じなくなっていた。
なにしろ来るタイミングはわかっているのだし、巨大すぎる砲口は、狙っている場所を隠し立てすることなく伝えてくれる。
メラクの数メートル厚はあるだろう装甲や、正確すぎる射撃技術は確かに面倒だったが、それについてもあせることはなかった。
なぜならば、ユウたちにとって切り札とも言うべき一手が、山の中に隠されていたからである。
それは、いま撃ち出された超光砲の光が、にごった空の彼方で霧のように拡散するより早く、それ以上の轟音を鳴り響かせて戦場に現れた。
マンムートであった。
「セレン様、上手くいきましたね!」
「まだ早いよ」
「そ、そうですね……」
実は、このメラクをもしのぐ巨大戦車は、シューティング・スターの狙撃が失敗したと見るや二号車を切り離し、硬く凍った土の中を押し進んで、背後の山中に隠れひそんでいたのである。
ジョーブレイカーの工作も、ユウたちの挑発・攻撃もすべて、マンムートが時を計り、メラクを踏みつぶすための行動に移る前段階だったのだ。
いま、まさに超光砲は放たれ、次の発射までに六十秒。
コクピットをメラクの顔と言うならば、その頭頂部側から、マンムートはせまった。
幾体かのL・Jが、突進を止めようと決死の突貫を仕掛けてきたが、マンムートの巨体は、それらをものともしなかった。
「セレン様、超光砲、動きます」
「そうだね、こっちを狙ってる。チャージは?」
「はい、えっと……」
メイは、ひとつの目安であるメラクの機体温度を確認しようと、熱感知センサーへ向きなおった。
現在マンムートには、セレンとメイのふたりのみ。ブリッジ詰めの若者たちも皆、作戦参加を志願したが、クジャクとシュナイデ共々、二号車へ残してきている。
モニターに映し出された色を、カラーコードと照らし合わせたメイは、
「あ……!」
息を呑んだ。
「なに」
「チ、チャージ、完了しています!」
「え?」
とっさに目をやったデジタルカウンターの表示は、まだ十五秒も残っている。
しかし、科学者特有の超結果主義が、セレンへ告げた。
これは真実だと。
「メイ!」
「え、きゃ、きゃあああッ!」