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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【四】 奮闘 -アレサンドロの未来・中編-
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超光砲

「縮退理論を知ってるかい」

 セレンがそう言ったのは、作戦会議の席でだった。

 誰もが知らないと答えると、

「そうかい。じゃあ知らなくていい」

 と、指示棒で頭をかき、

「つまり超光砲ってのは、荷電粒子による縮退砲。ビーム……まあ、実体のない弾丸を飛ばす兵器だよ」

 太陽の光の何千倍も強いものが、目にもとまらぬ速さで飛んでくる、そう考えればいいと、ひと口に説明した。

 そのときはさっぱりとわからなかったが、いま、この光景を前にすれば、ユウにでもわかる。

 これは、危険なものだ。

『テリー……テリー!』

『あ……か、彼氏さん?』

『バッカ、失敗しちゃってさ』

『ララちゃんも……みんな死んじゃったの?』

『なにそれ、そんなわけないでしょ』

『へぇ?』

『下、下』

『下……?』

 テリーはぼんやりとした頭で、コクピットの中をキョロキョロと見まわした。

 しかし、目の前のメインモニターは黒く染まり、そこには、刻々と変化する風向風速などのデータが、ずらりと表示されている。

『あ……そっか』

 スナイパーモードのままだ。

 テリーがモードを解除すると、そこは空だった。

 サンセットⅡ越しに見えるモニターの下端には、メラクの超光砲によって焼かれた大地が、深くえぐれた小山まで、一本のわだちのごとく続いていた。

『助けて、もらっちゃった?』

『そういうこと』

『……危ない。そうだ、ここは危ないよ! 早く逃げて!』

『え?』

『ララ!』

 モチのひと声を号令に、シューティング・スターをかかえたカラスとサンセットⅡは、パッとその場から飛びのいた。

 間近で見る大雷とはこういったものだろうか。一瞬後に訪れた強烈な閃光に、ユウの目がくらむ。

 うねり狂う電気の蛇を引き連れて、轟音を引いた超光砲の白い柱が、天高く駆けのぼっていった。

『あれのチャージラグは、きっかり六十秒!』

『わかってるって!』

『じゃあ忘れないで!』

『……フンだ。タイマー入れとけばいいんでしょ』

 ぶつくさ言ったララはコンパネを叩き、メインモニターの隅に、六十秒のデジタルカウンターを表示させた。

 これが残り十秒になったら、ユウにだけは教えてあげよう、などと思いながら。

 そのときである。

 眼下の雪原に、高い火柱が上がった。

 ひそかに仕掛けておいた地雷原へ、鉄機兵団のL・Jが足を踏み入れたのだ。

『彼氏さん、とにかく、ひとかたまりになるのはまずいよ。俺を、どっか適当なところで下ろして』

『どうする気だ?』

『尻ぬぐいは自分でするよ。みんなが逃げるくらいの時間はかせぐ』

『馬鹿言うな』

 カラスとサンセットⅡは、照準の目をくらませようと、規則性なく飛びまわった。

『まだ計画は終わってない』

 ユウは、いまだ雪に身を沈めたままのオオカミとコウモリに視線を落とし、言った。



『テリーは無事、みてえだな』

『フフン、運の強い男だ。またそういう輩は、次もいい場面で役割がまわってくる』

『あいつを責めてやるなよ』

『なに、役者が違ったと、それだけのことだ。責めるほどのことでもない』

『そろそろ、あっちも動き出すか』

『まあ落ち着け。鍵を握っているのは我々ではない。……彼だ』

 アレサンドロとハサンの見つめる戦場は、すでに赤い三日月戦線をまじえた三つ巴から、鉄機兵団対レッドアンバーの構図へと移り変わっていた。

 撃ち出される弾丸は、すべてユウたちのいる空へ向かい、雪原に散ったその他陸戦・空戦用L・J部隊は、マンムート本体の出現を警戒しているようだ。

 その、一個大隊にもおよぼうかという大軍の足もとを、そこここに開いた着弾クレーターを避けつつ、なにかが走っている。

 ジョーブレイカーだ。

 白装束の忍者は、平時に見れば、おかしくて吹き出してしまいそうなほどの大荷物を背負い、無心に足を動かしていた。

「む……」

 突如、目を鋭くとがらせたジョーブレイカーが、五メートルも横に飛びのき、雪に身をふせた。

 高速回転する弾丸が、うなりを上げて雪面に落ちる。

 かき上げられた雪をかぶり、その姿は一時見えなくなったが、それが自分を狙ったものでないことを確認するや、ジョーブレイカーは再び這い出して、疾走をはじめた。

 いま、この小さな運び屋は、他でもないメラクの特注カーゴへと向かっている。

 鉄機兵団の意識は空へ向いているとはいえ、足場の悪さと、時折襲い来る弾丸、その他にも予想できない危険がいくつも転がっている任務である。

 ときには、同じ方角へ向かうL・Jの足に便乗し、ときには、さらなる危険をおかして雪の中を這い進み。

 カーゴの周囲を固めるL・Jが、右から左、そしてまた右を向く間に、するり、大重量を支えるキャタピラの裏へ飛びこむと、

 ……ふう。

 その口からは、あきれたような吐息がもれた。

 ジョーブレイカーは、それでも一瞬たりと動きを止めず、背の布包みをその場へ広げた。

 ……それは、ひとつが人間の頭ほどもある、雑な作りの爆発物である。

 しかし、見てくれはともかく威力は折り紙つきで、スイッチひとつで遠隔爆破できるという優れものだ。

 ジョーブレイカーは、それをひとつひとつ、慎重に所定の場所へ貼りつけていき、最後にすべてのスイッチを弾いて、受信機をオンにした。

 そして、来たときと同様、またたく間に姿を消した。



 ド、ド、ド、ド……。

 炎を噴き上げたカーゴが左キャタピラを跳ね飛ばし、メラクもろとも倒れるのを、アレサンドロとハサンは見た。

 空にいるユウたちも見た。

『よし、行くぜハサン!』

『手負いの獣はやっかいだ。気を抜くなよ』

『ユウ、チャンスチャンス!』

『ああ、俺たちも行こう。テリー、下ろすぞ』

『え、ちょ、ここで?』

『モチ』

『了解です』

『う、わ、わ、わ!』

 大気を打った翼が風を払い、N・Sカラスは地上へと滑空した。

 身をひるがえして雪原をこするように飛び、腕で支えたシューティング・スターを、主戦場から少し離れた場所に、ポンと解放する。

『うわぁい』

 テリーは転がりながらなさけない声を出したが、シューティング・スターはほれぼれするような動作で体勢を立てなおし、すぐさま引き金を引いた。

 敵L・J三体が、その餌食となった。

『さっすがぁ!』

『俺がララちゃんなら、テリー・ロックウッドにホレるけどね』

『あ、そ。待ってよぉ、ユーウー』

『もっと優しくしてよぅ、ララちゃあん!』

 テリーの声を背に受け流して、カラスとサンセットⅡは、そのままメラクへと進路を取った。

 カーゴ上面をすべり落ちたがために横倒しとなったメラクは、こちらがにらんだとおり、自力では起き上がれない様子だ。超光砲を上下左右に動かし、動作確認をしている。

 この時点で発射不能となってくれていればいいが、

『どうだろう』

『さ、どうでしょう』

 サンセットⅡのデジタルカウンターは、とっくの昔にゼロとなっていた。

『ララ、別行動をしよう。北側から行くんだ』

『でも、時間が……!』

『いいから行け! 俺はメラクから目を離さない。大丈夫だ』

『うん……わかった』

 サンセットⅡが飛んでいく。

『我々は南から』

『ああ』

『行きましょう。あなたが身を差し出すというのなら、ともに』

 ユウは、モチに深い感謝を覚えずにはいられなかった。

 実を言えば、ハサンに殴られたことを、このモチにだけは話していたのだ。

「挽回の機会は、必ず訪れます」

 モチは優しく言ってくれた。

 いまがそのときだ。

『アレサンドロとハサンはあそこにいる。テリーはうしろだ』

『はい。では少し、派手にいきましょうか』


 モチはまったく、ワシにでもなったようだった。

 その羽ばたきは力強く、速さたるや、N・Sに乗りながらユウが息を詰めてしまったほどだ。

 もちろんスナイパー部隊の飛ばす弾などかすりもせず、モチはその上空で、からかうように曲芸飛行までして見せる。

 その屈辱に耐えきれなくなったらしい空戦用L・Jの一体がせまってきたが、それは不幸にも味方ライフルの弾道上に入ってしまい、不本意な最期を遂げた。

 と……。

『動きます』

 メラクの超光砲が、遠く視線の先で持ち上がった。

 ユウは必要ないとわかっていながらも、もう一度、眼下のアレサンドロとハサン、テリーの位置を確認し、

『大丈夫だ』

 と、呼吸を整える。

 超光砲はカラスに照準を定め、その砲筒の先端から、渦巻く光の束を噴き上げた。

 まったく、衰えた様子のない光だった。

『もう少し近づきます』

『大丈夫か?』

『これも作戦のうちです』

 そこでカラスは、いったん高度を高く取り、天を舞うトビがそうするように、螺旋を描いて最高の攻撃ポイントを探した。

『十秒前!』

 気をきかせたララの声が耳に入り、それからきっかり十秒のちに、超光砲が天を突いた。

『……!』

 ここでまさか、このような大きな障害が発生するとは、ユウも、モチもララも、思ってはいなかった。

 はからずも、時を同じくして距離を詰めたカラスとサンセットⅡ。二体は超光砲以外の装備に関しても、その射程に踏みこんでしまったのである。

 百十ミリバルカン砲、単装ミサイルランチャー。

 両手のライフル銃は二十発のケースレス式マガジンを採用した以外は他のL・Jと共通だが、なんといっても射手のレベルが違う。

 メラクはそれらの武器を手足のようにあやつり、バルカン砲を猟犬、ミサイルランチャーを罠、そしてライフルを狩人として、巧みにユウたちを追い立てた。

 無論、すべてを呑みこむ超光砲の存在も、忘れてはならなかった。

『一度離れましょう』

『あ、賛成。あたしもそれがいいんじゃないかと思ってた』

『まったく……落とし穴にでも放りこんでやればよかったのです』

 モチは珍しく悪態をついた。

 どこかで、狩人に追われた経験でもあるのかもしれない。

 ユウは思った。

『ほら、行こ!』

 さあ、それから超光砲にして三発分も撃ちこまれたころだろうか、

『……ね、そろそろじゃない?』

『ああ、でも油断するな』

『来ます』

 この時点ではもう、ユウたちは前ほど、超光砲に対して恐怖らしい恐怖を感じなくなっていた。

 なにしろ来るタイミングはわかっているのだし、巨大すぎる砲口は、狙っている場所を隠し立てすることなく伝えてくれる。

 メラクの数メートル厚はあるだろう装甲や、正確すぎる射撃技術は確かに面倒だったが、それについてもあせることはなかった。

 なぜならば、ユウたちにとって切り札とも言うべき一手が、山の中に隠されていたからである。

 それは、いま撃ち出された超光砲の光が、にごった空の彼方で霧のように拡散するより早く、それ以上の轟音を鳴り響かせて戦場に現れた。

 マンムートであった。

「セレン様、上手くいきましたね!」

「まだ早いよ」

「そ、そうですね……」

 実は、このメラクをもしのぐ巨大戦車は、シューティング・スターの狙撃が失敗したと見るや二号車を切り離し、硬く凍った土の中を押し進んで、背後の山中に隠れひそんでいたのである。

 ジョーブレイカーの工作も、ユウたちの挑発・攻撃もすべて、マンムートが時を計り、メラクを踏みつぶすための行動に移る前段階だったのだ。

 いま、まさに超光砲は放たれ、次の発射までに六十秒。

 コクピットをメラクの顔と言うならば、その頭頂部側から、マンムートはせまった。

 幾体かのL・Jが、突進を止めようと決死の突貫を仕掛けてきたが、マンムートの巨体は、それらをものともしなかった。

「セレン様、超光砲、動きます」

「そうだね、こっちを狙ってる。チャージは?」

「はい、えっと……」

 メイは、ひとつの目安であるメラクの機体温度を確認しようと、熱感知センサーへ向きなおった。

 現在マンムートには、セレンとメイのふたりのみ。ブリッジ詰めの若者たちも皆、作戦参加を志願したが、クジャクとシュナイデ共々、二号車へ残してきている。

 モニターに映し出された色を、カラーコードと照らし合わせたメイは、

「あ……!」

 息を呑んだ。

「なに」

「チ、チャージ、完了しています!」

「え?」

 とっさに目をやったデジタルカウンターの表示は、まだ十五秒も残っている。

 しかし、科学者特有の超結果主義が、セレンへ告げた。

 これは真実だと。

「メイ!」

「え、きゃ、きゃあああッ!」

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