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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【四】 奮闘 -アレサンドロの未来・中編-
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相棒のつとめ

「毛布を!」

「飲み物だ。誰か、飲み物を沸かしてこい!」

「おいおい、なんで騎士なんか助けなきゃならないんだ?」

「そんなこと、どうだっていいじゃありませんか。さ、どいてどいて!」

「外も手伝ってくれ!」

 夜ごと停車しては、朝方進行を再開するマンムート。しかし今朝は、その出発の時刻となってもあわただしい空気に包まれていた。

 まず、カラスの巣によって故障をきたした、レーダーの修理をしなければならない。

 そして、二号車のレクリエーションスペースに受け入れた、総勢六十二名にもおよぶ騎士たちに対しても、下がりきった体温を上げる治療が急がれていた。

「ハサン、アレサンドロはどうした。やつがいなければどうにもならん」

 と、応急処置の指揮を取るクジャクが訴えてきたのは、つい先ほどのことだ。

 ハサンが床を打つ、こつ、こつ、という、妙にのんびりとした響きが通路を曲がり……、

「……チ」

 その口から、かすかな舌打ちがもれた。

 薬品庫の扉の前に、ユウがひざをかかえて座りこんでいたのである。

「あ……ハ、ハサン」

 ユウは立ち上がると、尻についた泥を払った。

「なにをしている」

「あの、アレサンドロが、ここに……」

「それはわかっている。私は、おまえがここで床を暖めていることに、なにか意味があるのかと聞いている」

「それは……」

「フン、カラスのがよっぽど役に立つ」

「あ、ま、待ってくれ!」

 叫んだユウはドアとハサンとの間に、ぐいと身体を割りこませた。

「アレサンドロのこと、いまは、そっとしておいてやってくれ」

「ンン?」

「いまは、ひとりになりたいんだ。だから……」

「そう言ったのか」

「え……?」

「やつがそう言ったのか」

「ああ。落ち着いたら、きっと仕事に戻る、そう言ってた」

「そうか」

 ハサンはそれでも、ドアの引き手へと手を伸ばした。

 カチリ。

 それこそふれただけで、魔法のように鍵が開く。

「おまえはそこで待て」

「ハサン!」

 ハサンは薬品庫へすべりこみ、うしろ手に鍵をかけなおした。

「おお、アーレサンドロー」

 窓のない部屋だというのに明かりも灯さず。唯一の光源は、ドアの細窓から差しこむ光だけ。

 いかにも子どもじみた隠れ場所である。

 奥の暗がりには鉄製の椅子と、在庫管理用の書類が乗ったすえつけの机があったが、もちろん、その上の光石スタンドも覆いをかけられている。

 せめてそれだけでも、と並の人間ならば考えただろうが、ハサンの目は、そんなものがなくとも十分に見える。ささやかな、細い光のすじが照らす五列の薬品棚。その中でも、最も奥まった場所にあるそれのかげに、呼吸音も聞き取っていた。

 わざと足音を立てて近づくと、

「……また、なぐさめに来たってのか」

 ささやくような、アレサンドロの声がした。

「なぐさめて欲しいか、坊や?」

「ああ。あんたにその気があるならな」

「フフン」

 闇の中でアレサンドロは、ひざ頭の間に頭を埋めるようにして、うずくまっている。

「どうなぐさめて欲しい」

 ひざまずいたハサンが頭をなでると、その身体は、もうひとまわりも小さくなった。

「ハサン……」

「ああ?」

「あいつら、なんなんだ」

「エディン・ナイデル?」

「あいつら……本当に人間か?」

「おそらくな。ただ随分と、質が違うらしい」

「ああ……ちくしょう……」

「アレサンドロ、おまえが傷つくことはない」

「いや、怖ぇ。俺は、あいつらと戦うのが、怖ぇ……」

 ハサンの眉間に、深いしわが寄った。

「嫌だ、冗談じゃねえ。俺はもう、あいつらとは関わりたくねえ。……あんたならできるか? ふん縛った人間を、頭から叩きつぶすような真似が」

「……さて」

「俺にはできねえ。あんたがやると言っても、俺は認めねえ」

「ンン、当然だな」

「俺はホーガンで、ガキをおとりに使った。そんな自分も許せねえ!」

「……」

「それが、あの、野郎……」

 語尾を震わせたアレサンドロは、両腕で自身をかきいだくようにして、大きく身震いした。

「……ちくしょう」

 それまで頭をなで続けていたハサンの手が、ふと、アレサンドロの冷えきった指を握った。

「すまん」

「……ハ」

 アレサンドロは、まさかこの男が謝るとは思ってもいなかったために、また冗談だろうと笑い飛ばした。

 しかし、

「すまん、受身にまわりすぎた」

 と語るハサンの目は、アレサンドロが一瞬言葉を失うほどの、真に満ちている。

「別に……あいつがどうかしてるのは、あんたのせいじゃねえ」

「いや、私は知らなかったのだ。騎士ではない者の戦いかたを」

「それを言うなら、俺たちだってそうじゃねえか」

「では言いかえよう。過去も、未来もかえりみない者たちの戦いかただ」

 アレサンドロは沈黙した。

「つまり、誇りだ」

 ハサンは握る手に、力をこめた。

「わかるな? 我々は違う。やつらとは、根本的に違う」

「……ああ」

「おまえが、自分を恥じることはない。おまえの恐怖は、人として正しい反応だ」

「……ああ」

「よし、今日はもう休め。そして明日からまた働け」

「いや……さっきの、騎士たちはどうなった」

「なに、なんとでもなる」

「ならねえさ。俺も、行くぜ」

「……」

「鉄機兵団の騎士じゃあ、まさか連れていくわけにもいかねえ。助かったやつらの身の振りかただけ、考えてやってくれ」

「……わかった。頼もしいな、リーダー君」

「できる紋章官殿の、おかげだぜ」

 アレサンドロは影の中でかすかに笑い、そして、立ち上がった。

 


 そうして、両手に薬箱をかかえて駆けていくアレサンドロを見送り、ユウは、ほっと胸をなでおろした。

 これでもう安心だ。

 やはり、ハサンは頼りになる。

「あの、ハサン……」

「ユウ、話がある。こい」

「あ、ハ、ハサン!」

 返事も聞かずに、さっさと行ってしまったハサンのあとを、ユウは急いで追いかけた。

 ひらめくマントが入っていったのは、ブリーフィングルームだった。

「鍵を閉めろ」

 これは、いよいよ大事な話に違いない。そう思ったユウは、しっかりと鍵をまわした。

 そして、わずかに躍る心を抑え、振り返ったところで……。

「あぅッ!」

 なんと、強烈な張り手を食らい、机に突っ伏してしまったのである。

 しびれた頬がみるみる熱くなり、渦を巻く視界全体に、チカチカと星が散る。

 肉体はおろか、精神的にも衝撃はなはだしく、ユウは一瞬、これを夢だと錯覚した。

 覆いかぶさってきたハサンによって、腕をねじり上げられ、顔面を冷たい机に押しつけられてようやく、痛みが、ユウを覚醒させた。

「理解できているか、ユウ。自分がなぜ、このようなあつかいを受けるのか」

「あ、い、痛、い! ハサン……!」

「おお、そうだろうとも。痛みを与えているのだからな!」

 ハサンの左手がさらに腕を絞り、全体重のかかった右ひじが、ユウの耳の裏へ突き刺さる。

 ユウは悲鳴を上げた。

「まったく、おまえほど腹立たしい男もないものだ。テリーを出してくれと聞いたときには、おお、私の弟子もそこまで考えるられるようになったかと、少なからずも感心した。それがなんだ!」

「あ、つ!」

「いいか、ユウ。いまさら、なぜ、などとは聞くまい。このまぬけ頭にも、わかりやすく言ってやる」

「ぅ……う」

「おまえの仕事は、アレサンドロが浴びるべき血を、かわりに浴びることだ」

 ユウは激痛に悶えながらも、耳に入った血という言葉に、息を呑んだ。

「目の前に茨が生い茂っているならば、おまえがその身を横たえ、道となれ」

「ッ……!」

「取られた人質が救えんのならば、おまえが人質を斬り殺せ」

「そん、な……!」

「それができんようなら、二度と相棒などと口にするな!」

 ユウには理解できなかった。

 いや、実際、ハサンの言葉はもっともかもしれない。

 だがどうして、ハサンがここまで腹を立てるのか……。

 トントン。

「彼氏さん、いるぅ?」

 テリーの声だ。

「彼氏さぁん。いないなら、いないって言ってよ」

「ああ、ここにいるとも。なんの用だ」

「セレンさんのとこ、手が足りないんだって。角を分解するのに、ララちゃんのサンセットだけじゃ持ち上げられないって」

「……いま行かせる」

「あいよ」

 まるで巌のように押しかぶさっていた重みが、ここで、ふとゆるんだ。

 ほう、と張り詰めていた息が抜け、ユウは、まったく、足に力が入らないことに気づく。

 あまりの恐怖で、すくみ上がっているのだ。

 十数年をともにすごしたと言っても、ハサンの激憤を受けたのは、いや、見ることさえもはじめてのユウであった。

「早く行け」

「あ、ああ」

 ユウは机を支えにどうにか立ち上がり、よろよろ、ドアへすがりついた。

「う……」

 肩甲骨の間に、ステッキの先が、トン、と当たる。

 純白のもやを放つ凍てついた刃に、心臓を貫かれたかのようだ。

「私の言葉、忘れるな」

「……た」

「ユーウー?」

「わ……かった」

「行け」

 ユウは、ドアの外にいたテリーにも意識が向かず、ただただ、足もとのおぼつかない白雲の中をこいでいく心持ちで、ハッチへ向かっていった。



「大将、派手にやったねぇ」

 そう言って、ひょいと顔をのぞかせたテリーが、おそれ知らずにカラカラと笑った。

「びっくりしちゃったよ。ここに入ったと思ったら、いきなりギッタンバッタンやりはじめるんだもん」

「フフン、長々の傍観、ご苦労だったな」

「でも、ちょっと、らしくないなぁ。あれは八つ当たりって言うんだよ。や、つ、あ、た、り」

「そのとおりだ。作戦の責任はすべて紋章官にある。そう言いたいのだろう、『先輩』?」

 テリーは若干機嫌を損ねたらしく、眉を八の字に下げて唇をとがらせた。

 それを鼻で笑ったハサンの指は、パイプへ草を詰めはじめている。

 すでに機嫌はなおったのだろうか。そのような顔だ。

「大将さ、本当に彼氏さんが、言うとおりにすると思ってる?」

「さてな」

「ねぇ、だったら、なにもあんなこと言わなくたっていいじゃない。本気にして人質斬っちゃったら、彼氏さんが立ちなおれないよ」

「……テリー」

「あい?」

「仕事へ戻れ」

 すごすごと引き上げていくテリーの気配が通路から完全に消えたところで、ハサンはひとつ、大きなため息をはいた。

「馬鹿め」

 ハサンは煙草の不味さに、顔をしかめた。

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