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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【一】 はじまり -アレサンドロの過去編-
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再会と難題

 表通りを歩むユウの姿を見ても、誰ひとり気にとめる者はいなかった。

 なぜならば、デローシスは交通の要地である。

 帝都へ向かう者。鉱山帯、樹林帯へ向かう者。

 商人。旅人。大道芸人。出稼ぎ労働者。騎士。傭兵くずれのならず者。

 東西の街道を行く者ならば、誰もがデローシスを訪れる。

 見慣れぬ者がひとり増えたところで、さして問題にもならないのだ。

 無論、挙動不審では話にならない。

 ユウはつとめて、平然と歩いた。

 さて、ユウはいったい、どこへN・Sを隠してきたのか。

 なんと、街をぐるりと取りかこむ防壁の、門隣にもうけられた駐機場である。

 ユウはそこに、『改造L・J』のふりをして泊めてきたのだ。

 値段は張るが、汎用L・Jを自分好みにカスタマイズして乗り歩く傭兵や若者は、最近特に増えているという。

 実際ユウが利用した駐機場にも、これでもかと派手にペイントされたものや、騎士の鎧を模した甲冑をまとったもの。とにかくカラスがかすんでしまうほどの面々がそろっていた。

 そしてさらに好都合なことに、そうした改造L・Jの乗り手は、手塩にかけた愛機を、むやみにさわられることを毛嫌いするきらいがあるのである。

 管理の男もそれは心得たもので、いくらか大目に金をつかませ、近づくなとユウが言ったときには、

「わかってますよ」

 などと愛想よく言ってよこしたのだった。

 もちろん、危険な賭けではある。

 見るものが見れば、たちどころにそれと知れてしまうだろう。

 だが、東部乾燥帯に近く、荒涼としたデローシス周辺地域には、こうしたものを隠せるような場所が非常に少ない。

 下手な工作をするよりは、という苦肉の策である。

 それが、開門直後のことだった。

 市街中心部までは、そこから乗合馬車で小一時間。

 ユウは昼前に、デローシス中央図書館に到着した。


 貴族の屋敷跡を改装したという建物は、門構えからしてとにかく豪奢であった。

 しかし、あいにくと、建物の見てくれにも、いつか心まかせに堪能したいと思っていた帝国一の蔵書にも、いまは目を配るだけの余裕はない。

 ユウは案内板を見ながら、広大な敷地内を足早に移動した。

 外周回廊を右に折れ、左に折れ、なにげなく目をやった庭園の腰掛けに、

「アレサンドロ……!」

 そのうしろ姿を見つけたときは、さすがに、一気に気が抜けた。

 アレサンドロは晴天に視線を泳がせ、落ち着きなく背もたれに拍子を打っている。

 ユウはいたずら心に足音を忍ばせ、背後に近づき、

「歴史書のコーナーじゃなかったか?」

 と、言った。

 指がぴたりと止まり、アレサンドロが転がるように振り向いた。

「ユウ……おい、ユウ!」

「アレサンドロ!」

 ふたりは固く抱き合った。

「よかった」

「ああ、よかった」

「三日待ったぜ」

「早いな」

「おかげで、歴史書は読みつくしちまった」

「ふ」

「ハ、ハ」

 そして、再び互いの無事を、強く喜び合ったのだった。


 セミが騒々しく鳴きたてる中、噴水の片隅ではスズメたちがたわむれ、水しぶきを上げている。

 腰掛けには熱いほど、熱がこもっていた。

「神のご加護、ってやつか」

 カジャディール大祭主からゆずり受けた太刀を前に、アレサンドロは笑った。

「寄進甲斐があったじゃねえか」

「馬鹿言うな」

「ハ、冗談さ。どうやら、金を積んで手に入るような代物でもなさそうだしな」

 アレサンドロは鞘を十センチほどずらし、中の刀身をしげしげながめた。

「エド・ジャハンの連中が使ってる剣だな。なるほど、こいつなら鉄兜だって切れそうだ」

 L・Jも切れるかも、などと冗談を言う。

「それにしても、俺もどうかしてたな」

「なにが」

「よりによって、こんな街を選んじまうとはよ。もっと人目につかねえ場所はいくらでもあるだろ」

「それは、俺も思った」

「なら言えよ」

「そんな暇はなかっただろ」

「そりゃあ、な」

「まあ、お互い無事でよかったってことで、よしとしよう」

 ユウが、にやりと笑ってみせると、アレサンドロは目を丸くし、

「……ハ、ハハ、そうか。ああ、よしとしよう。よしとしようぜ」

 ユウの頭を、くしゃくしゃになでた。

 雲ひとつない青空へ、スズメたちが飛び立っていった。



「で、だ。実は……ちょいと気になる噂を耳にはさんでな」

「噂……?」

「ここから南に出城があるだろ。俺たちの砦を攻めるときに鉄機兵団が造ったもんで、いままでずっと放りっぱなしだと思ってたんだが……、どうも二、三年前から、L・Jの研究開発みてえなことをやってるらしい」

「初耳だな」

「ああ、俺もだ。正直勝手にやってくれってとこだが、いままで三体、N・Sが運びこまれてるって話でよ。それが、な」

 確かに聞き捨てならない話だった。

「どうするんだ?」

「さあ、どうしたもんかな。おまえ、どう思う」

 ユウはしばし沈黙し、

「……リスクが、大きすぎる」

 結論を出した。

 三体というのが気にかかった。

 二体までなら運び出せるかもしれない。

 いや、話は帝国の施設である。それだけでもかなりの計画と運が必要となるだろう。

 それを三体。

 しかもそのあと、計五体のN・Sを守り通せるかを考えると、首をひねらざるを得ない。

「だよな」

 アレサンドロは観念したように、背もたれにのけぞった。

「だいたい、まともに動く状態かもわからねえんだ。どう転ぼうが、結局は命を捨てるか、N・Sを捨てるかの二択になる。下手すりゃ……」

 命とN・S、両方を失う。

「やっぱ、あきらめるしかねえ、か」

 ユウには言葉もなかった。

「いや、それでいい。とりあえずはカラスとオオカミだ。いまは仕方ねえさ」

 そう、いまは仕方がない。

 ならばせめて、

「やつらに利用されないようにするぐらいは、できないのか?」

「!」

 アレサンドロは、ユウを見た。

「そうか……そうだな。それぐらいなら、なんとかなるかもしれねえ」

 何度もうなずく。

「でかしたぜ、ユウ! そうだ、よし、それでいこう! やつらの鼻を明かしてやろうぜ!」

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