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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【四】 奮闘 -アレサンドロの未来・中編-
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赤い三日月戦線

 知ってのとおり、赤い三日月は魔人の旗印。単純なモチーフではあるが、子どもが描くのを許す親はいない。

 では、いったい誰が凧を上げたのか。

 考えられるのは味方か。

 敵か。

 そのヒントは、すぐに相手側から与えられた。

 マンムートのブリッジに、通信が入ったのだ。

『こちらは、『赤い三日月戦線』。志を同じくする者として、一度話し合いの場を持ちたい』

 この、『赤い三日月戦線』なるものの名は、ハサンでさえ耳にしたことがないという。

 しかし、その名も含め、志を同じくすると言うからには、同じ入れ墨を持つ、かつての仲間である可能性が高い。無論、完全に信用するわけにはいかないが。

 アレサンドロは、ハサン、クジャクとともに熟考を重ね、

「会うぜ」

 という旨の返信をした。

 そしてその上で、鉄機兵団出身者であるララとテリー、さらにセレンをもブリッジに詰めさせ、訪れる相手の面通しをさせることにした。

「ね、セレンは鉄機兵団だと思う?」

「さあね。とりあえず、ファイアーウォールは多いほどいいってことだろ」

「そんな単純な手を使うわけない、なぁんて、たかをくくってると、思わぬ痛手を食うもんよ、ララちゃん」

「テリーに言われると、なんか微妙」

「あんねぇ、俺一応、元紋章官よ?」

「ほら、来たよ」

 セレンの声に引かれ、ララとテリーが監視カメラの映像をのぞきこむと、雪木立の向こうから幌付きの馬車が一台、ゆっくりと近づいてくる。

「あら。あれ、鉄機兵団の軍用馬車だよね、ララちゃん」

「ううん、どっかで盗んだのかもしれないし」

「まあ、あれと身分証があれば、かなり動きやすくなるのは間違いないけどさ。しっかし、いよいよわからないなぁ」

「判断するのはハサンとリーダーだよ。私たちは、知ってる顔かどうかだけ見ればいい」

「やっぱりカッコいいなぁ、セレンさん。俺、ホレちゃいそう」

「テリーには興味ない」

「ひどい!」

 身体の大きな北部馬に引かせた幌馬車は、一列に並んだハサン、アレサンドロ、クジャクの前で停止した。

 後部のたれが持ち上がり、姿を見せたのは、これも、三人の男たちだった。

「ふぅん……」

 互いの目が、値踏みするように走りまわる。

 三人のうち、ひとりは騎士のような面構えで軽鎧。残るふたりは一枚布の中心に頭の通る穴を開け、それをそのままかぶっただけという身軽な防寒着を身にまとっている。

 とはいえ、内側に鎧を着ているものか、武器を身につけているものかさえ読み取らせないその姿勢を、ジョーブレイカーとともにマンムートのかげへ身をひそめていたユウは、

「いけ好かない」

 と、感じた。

「……失礼しました」

 防寒着のひとり、中央の男が、一歩前に進み出た。

「エディン・ナイデルです」

 これがその、赤い三日月戦線のリーダーなのだろうか。

 色白で、目は青く、顔立ちは美しく。三十前に見える。

 そして、エディン・ナイデルはおもむろに防寒着をめくり上げ、防具らしいものはなにひとつ身につけていない上着の前を、ぐいと一気に、はだけて見せた。

 目を引いたのは、喉元から右のわき腹にかけて広がった、ケロイドらしき皮膚の盛り上がり。そのすぐ横、ちょうど心臓の位置に、三日月の入れ墨が入っている。

「かつてはオオカミの砦にいました。お会いできて光栄です、クジャク様」

 微笑むエディンはまったく逡巡なく、アレサンドロとハサンを無視してみせた。

「……俺よりも、誰がリーダーかをたずねるのが先ではないのか」

「十五年前もいまも、あなたがたの上に立つ者などいません」

「ならば帰れ。おまえたちの飼い主である魔人を連れて出直すがいい」

「これは、失礼いたしました」

 エディンはにやりと笑い、形ばかりの、心ない礼をした。

「こちらのリーダーは私です。……ですが、おわかりください。あなたがたは決して、人間などに使われてはいけない。それが、私の誠です」

「いらん世話だ」

「……そうですか。失礼いたしました」

 頭を上げたエディンの目は妙になまめかしく、今度は、ハサンを見やった。

「あなたがレッドアンバー? ……ああ失礼、こちらのかたでしたか」

「アレサンドロ・バッジョだ」

 アレサンドロは平然と、こちらも左腕の入れ墨を見せた。

「確かに」

「俺も、オオカミの砦にいた」

「へぇ……ああ、あの」

 このときエディンが見せた、わずかな目の光。

 これだけでユウは、この男が嫌いになれた。

 それは完全に、アレサンドロを序列の下とみなした目だ。

 その小憎らしい笑顔の裏で、どのような過去を思い出したのか知らないが、この男は、アレサンドロに見切りをつけたのだ。

「追い返せ、アレサンドロ。そんなやつは追い返してしまえばいい!」

 ユウは念をこめた視線をアレサンドロの背へ送ったが、ちらりと見えたその横顔には、余裕のある苦笑が浮かんでいた。

「俺も、おまえを覚えてるぜ、エディン」

「……へぇ」

「親衛隊の、エディン・ナイデル隊長」

 アレサンドロの記憶にあるエディン・ナイデルは、常に赤い三日月の腕章をつけ、オオカミのうしろをついてまわっていた、不気味な凄烈さを秘めた少年であった。

 ある噂では、オオカミの衣服にシミをつけた仲間を、骨が折れるまで、こっぴどく痛めつけたという。

 そしてまたある噂では、オオカミへ意見したネコ科の魔人の部屋に、ネコの死体を置き捨てたという。

 大人びた冷笑を人形のような顔に貼りつけ、オオカミのみを救世主、いや、神と信じきっていた十五年前の姿が、そのまま、目の前の青年に投影されていたのだった。

「まあ、昔のことはいいだろうぜ。話ってやつを聞こうか」

「……ここで?」

「当然だ。少なくとも俺らは、鉄機兵団に目をつけられてる。手の内を見せるのは、話を持ちかけてきたそっちから、ってのがすじじゃねえのか」

「確かに。では、単刀直入に言いましょう。このグライセン帝国を滅ぼすのに協力していただきたい」

「滅ぼす……?」

「ええ」

 エディン・ナイデルは、特になんでもないことのように微笑んだ。

「そちらには、鉄機兵団の将軍機にも対抗し得る力、言ってしまえばN・SとL・Jがあると聞きました。それは真実ですね」

「……ああ」

「でしたら、協力していただきたい。あなたがたが立ち上がれば、泥の中に身を沈め、砂にまみれたパンを食み続けてきた我々の、これ以上ない励みになる。入れ墨の戦士たちは皆、その時を待っているのです」

「そして最後は、エディン王が輝かしい歴史の幕開けを告げる、ってわけか」

「それはわかりません。そんなものはあとで決めればいいことです。そう、民主的に」

「ハ」

「わかりますか、民主主義?」

「ああ、おかげ様でな」

 アレサンドロは、わざと、深くは逆らわずに話しているようだった。

「とにかく、こうは言っても、目下のところ血を流すのがあなたがただけでは、うなずけないのも道理。そこで我々は、ここから二十キロほど東にある鉄機兵団の出城を、これから襲撃します」

「なに?」

「と言うよりも、襲撃の途中であなたがたの凧を見た、と言ったほうが正しいかもしれませんが」

 エディンの背後で、連れのふたりがひそやかに笑った。

「その出城に、N・Sが運びこまれたという情報があるのです。それといくらかのL・Jが奪えれば、あなたがたと作戦を共有することができる」

「……」

「折よく、いまは新年祭の真っ只中。騎士にも酒がふるまわれます。……おっと、ここから先は、また、次の機会に」

「……わかった。武運を祈ってるぜ」

「ええ。そのときには、そちらの手の内も見せてもらえることを期待します。そして、色よい返事を」

「ああ」

「では、いずれまた、こちらから……」

 エディンとふたりの男たちは、来た道をまた、馬車でくだっていった。



「ジョー、いまのやつらに張りつけ。シュナイデのことは心配いらねえ!」

「承知した」

 ジョーブレイカーが、疾風のごとく駆け出ていく。

 そうしてやっと、アレサンドロは大きなため息をはいた。

「ンッフフフ、上出来だったぞ、アレサンドロ」

 と、ハサンは笑ったが、

「冗談じゃねえ。ユウ、杖をくれ!」

「ああ、いま行く!」

「まったく……面倒なことになっちまったな」

 アレサンドロは、さも困りはてたように頭をかきむしった。

 どうするもこうするもない。マンムートの行き先は、もう決まっている。

 しかし、どうもそれだけではすまされないような気がするのだ。

「ハサン」

「ンン、あるいは、火種の始末が必要になるかもしれんな」

「あんたなら、次の手はどう打つ」

「さて。マンムート全体に、いまのやりとりを包み隠さず明かしてやることだ」

 これには、クジャクが反対した。

「混乱を広げるだけだ。やつらを支持する者が、必ず現れる」

「しかし、クジャク君。エディン・ナイデルはN・S奪還に成功しようとしまいと、必ず、全国へ檄文を発するだろう。マンムートに続け、我々に続け、立ち上がれとな」

 そうなれば、自然とブリッジ詰めの誰かの耳に入る。

 そうして噂と憶測が広まりきってから、

「実は……」

 などと説明しても、アレサンドロの真意は伝わらないだろう。

 混乱の上に失望と猜疑心とが加わり、収拾がつかなくなるおそれもある。

「反対されることはいい。ただ、いまは事実を伝え、おまえの意思が揺るがぬことを明らかにしておくべきだ」

「待て。なぜ、やつが檄文を出すと言える」

「やつは、自らが王となることを否定しなかった」

「なに……?」

「一度上げた旗は容易には降ろせん。出城を攻めれば、やつの退路は完全に閉ざされる。その上で王になる、最後まで生き残ると言うからには……そう、鉄機兵団のターゲットを散らす必要がある。それが我々であり、『入れ墨の戦士たち』だ」

「む……」

「事実、やつがどう動くかは数日もすればわかることだが、アレサンドロ」

「ああ、わかった。あんたの言うとおり、これから放送をかける」

「それは結構」

 ハサンは満足げに眉を上げ、にやりとした。

 マンムートへ向かうアレサンドロの松葉杖がふと止まり、天を仰いだその喉から、

「……俺たちの国が、また遠くなっちまったな」

 と、つぶやきがもれた。



 そうしてマンムートの人々はアレサンドロからすべてを聞かされたわけだが、その反応は、おおむね冷静だった。

 男たちの間では、不満とまではいかないまでも小さな落胆の声が上がったというが、家族を残し、ようやく得た我が家を飛び出してまで戦場に向かおうという気にさせるには、少々不安要素が多すぎたらしい。

 しかし、これが『とりあえず』の反応であることは、他ならぬアレサンドロ自身がよくわかっていた。

 エディン・ナイデルの出城襲撃が成功すれば、

「俺たちにもできる」

 という自信が広がるであろうし、たとえ自分たちが立たなくとも、檄文に背を押された入れ墨の仲間が近くで戦闘を起こせば、助けに行かざるを得なくなる。

「やつがこのまま死んでくれるのが最もいい」

 ハサンは、クジャクに連れこまれた機関室の一角で、パイプに火を差しながら言った。

「いっそ、ジョーブレイカー君に働いてもらおうか。木の葉を隠すには森の中。戦場の死体など、誰もあらためん」

「ハサン、口が過ぎるぞ」

「フフン。君は優しいな。それでよく、砦長などできたものだ」

「だからやつにもだまされる、そう言いたいのか」

「かもしれん。君もそう思うからこそ、私をこんなところへ連れ出したのだろう?」

 クジャクは沈黙した。

「まったく、秘密の共有は美形とに限る」

 ハサンは、くっくと喉を鳴らして笑った。

 ……そう。

 クジャクがハサンを呼び出した理由。

 それは、その後の打ち合わせにおいて、エディン・ナイデルの根幹に、あの魔人が深く入りこんでいると知ったからに他ならない。

 エディンがもし、いまだにその男を信奉し、かげで寵愛を受けているのだとしたら……。

「今回のことはすべて、奴隷の掃討に乗り出したやつの策かもしれない、と、君は言いたいわけだ」

「……そうだ」

「確かに、可能性としてはないでもない。……だが」

「だが?」

「さて……わからん」

「なに」

「可能性を上げればきりがない。いくつかのパターンに分けることはできるが……」

 それを検証するだけの情報がない。現実に起こった事変がない。

「推理と憶測は違うのだ、クジャク君」

 ハサンは、ふ、と煙をはいた。

「いま我々にできるのは、目を開き、耳を研ぎ澄まし、鼻をきかせること」

「……」

「ただ、先ほどの意見について私の考えを言うならば、いまの時点で、エディンとやつが組んでいる可能性は低いのではないかな」

 扉一枚をへだてて、子どもたちが通路を走りまわる音が聞こえた。

「エディンにとってやつは神であり、アレサンドロは虫けらだ。その虫けらが神の器であるN・Sを持っていることを、信者ならば許すだろうか。いや、許せまい。エディンはまだ、こちらの手にオオカミがあることを知らんのだ」

「しかし……」

「そう、やつがN・Sの存在を明かしていないとも考えられる。その場合、こちらの手の内をエディンが知れば、怒りを層倍させてアレサンドロを憎むだろう」

「エディン・ナイデルを、刺客として利用している、ということか」

「さらにもうひとつ、やつがすでにN・Sの存在を明かし、その上で知らぬふりをしていろと命じているとすればどうだ。その場合、やつはまだ、我々になんらかの利用価値を見出していることになる。つまり……」

「俺たちの命が、目的では、ない……」

「わかるだろう、クジャク君。いまはまだ情報が足りん。まったく足りんのだ。私の読みでは、今回の黒幕は間違いなくやつだ。しかし、それも真実か?」

「……俺は」

「ん?」

「俺は……あの男がそうであると、いまならば信じられる」

「ほう……」

「今日見たエディン・ナイデルの目は、俺を見るやつの目、そのままだった」

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