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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【四】 奮闘 -アレサンドロの未来・中編-
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除夜

 成り立ちは違えど、起源を同じくするジョーブレイカーとシュナイデ。

 ふたりが人ならざるものである、という事実に一番興味を示したのは、やはりセレンだった。

 なにより、身体構造は似かよっているというのに、攻撃と防御、ふたりの性質が両極端であることに食指を動かされたらしく、その後も研究室に呼びつけては様々な質問をぶつけたようだ。

「彼女は面白いね」

 コピーをしない、という条件つきで借り受けたシュナイデのデータを、研究室で、飽くこともなく読みあさっていたセレンが、久方ぶりに姿を見せたシャワー室でこう言った。

「彼女の筋肉はとてもいい。硬さもそうだけど弾力があるんだ。水平方向だけじゃなく、垂直方向にもね」

「ふぅん」

 水石けんを頭に振りかけたララは、気のない返事で泡を立てはじめた。

「あれなら、剣で切られても表面しか切れない。内臓もそう。骨もN・S並み」

「ボコ殴りにしてもダメってこと?」

「あのボディスーツも、衝撃を吸収するようにできてる」

「あれは? ほら、テリーの」

「ライフル? 殺すのは難しいだろうね。肉が弾けないから」

「うわ、気持ち悪い言いかたぁ」

「エド・ジャハン刀なら切れるよ」

「……ふぅん」

 ララは、ユウがほめられているようでうれしくなった。

「でも……」

「なに?」

「いや」

 セレンは、ララがジョーブレイカーについてはなにも聞かされていないようだと悟り、口を閉ざした。

「シュナイデに比べると、彼のほうが生きにくい身体をしているね」

 そう言いたかったのだ。

 シュナイデにはおよばないまでも、人並みはずれた堅固な肉体を与えられたジョーブレイカー。

 しかし、くどいようだが、特化されたのは攻撃能力だ。

 たとえば、呼び止めるために肩を叩く、というその行動だけでも、相手の肩を粉々に砕いてしまうほどの力がある。蚊をつぶすために壁にまで大穴を開けてしまうだろう。

 無論、その制御には多大な労力と時間がかかっただろうし、これからも感情的になることなど許されないはずだ。

 ジョーブレイカーがいまのように人目を避け、人とのまじわりを絶って暮らすようになったのも、それが原因であるに違いないのだ。

「あいた!」

「ララ?」

「石けん、目に入ったぁ」

「……ふうん」

「イタタタ、セレぇン」

「そういわれても困るよ。よく洗うんだね」

「うぅ、意地悪ぅ」

 ついたての向こうで、ぱちゃぱちゃと水を当てる音が聞こえ、セレンは苦笑した。

「ララはよかったよ。ホレた相手が、普通の人間で」

「なに? 聞こえなぁい」

「なんでもないよ」

 セレンは手にしたスポンジを台の上に放り投げ、肌を覆う泡を洗い流した。

 そうして体中の垢を落とし、さっぱりとしたところで、ふたりは着替えもそこそこに、またどちらからともなくおしゃべりをはじめた。

「ね、あのL・Jはどう?」

「珍しいね」

「それだけ?」

 長椅子に腰かけたララは、そなえつけのウォーターサーバーから汲み取ってきた水を、ひと口飲んだ。

「あれはスダレフのオリジナルだと思うけど、たいしたものだね。感心した」

「でも、全然使えないっていうかさ」

「すごいのは、あのシステムだよ。ララも見ただろ? あれは、脳とL・Jを直接つなげて動かしてる」

「そりゃ見たけど……」

「いつか脳手術の成功率が上がって、倫理の壁も全部なくなる日が来たら、L・Jの操縦は、あれがスタンダードになるかもしれない。なにしろ、面倒な操作を覚えなくてもいいんだからね」

「N・Sだってそうじゃない」

「いや、戦争に必要なのは、痛みを感じないN・Sさ」

「……ふぅん」

「ただ、その時代が来たとしても長くは続かない。賭けてもいいよ」

「なんで?」

 セレンは、コップを持ち上げかけた手を止め、にやりとした。

「人にできないことをするのが機械だからさ」

「ふぅん」

 ララはよくわからなかったので、とりあえず生返事をした。

「じゃあ、そういうことで」

「え! セレンも手伝いに行くんじゃないの?」

「冗談じゃないよ」

 アールシティを出発してからこのかた、マンムートも二号車も、新年祭の準備で忙しい。

 太陽をかたどった黄色い紙の飾りがいたるところにぶら下がり、誰もがうきうきと指折り数えている。

 セレンは、そんなものはくだらない、と言うほど大人気ないわけではないが、年が明けた瞬間の酒を飲むだけで十分、と考える程度の無関心なのであった。

「ただでさえ格納庫があの有様で困ってるってのに、付き合ってられないよ。鉄機兵団が来たらどうするんだい」

「新年祭には戦争しないって決まってるじゃない」

「そういうことはくわしいね」

「あ、バカにして」

「してないよ。とにかく、私はパス。彼女を誘えばいい」

「シュナイデ? うぅん、あたし、あの子苦手。なに考えてるかわかんないんだもん」

「そういうところで人を区別しないのが、ララの長所だよ」

 結局セレンは、なんだかんだと理由をつけて研究室に引きこもってしまい、無情にも鍵をかけられてしまったその扉の前で、ララはひとり、肩を落とした。

「あーあ」

 冷たいの、と思うそのうしろを、普段マンムートにはいないはずの子どもたちが、騒ぎ立てながら駆けていく。おそらく紐を通した祝い菓子を、居住区中の部屋へ吊るしに行くのだろう。

「ひとつ貸しだからね!」

 ララは、誰に見せるでもなく大げさに肩を怒らせ、その場をあとにした。

 さて……。

 そこからララが向かったのは、二号車の食堂であった。

 これは別に食事をしにきたわけではなく、これから女連中で新年のごちそうを作る、その集まりに参加しに来たのだ。

 大量一挙四百人分ともなると、一日二日でどうにかできるものではない。また、それでなくとも女には、日々たくさんの仕事があるというので、ララやセレンにも召集がかかったのである。

 そして、

「花嫁修業になるよ」

 という、セレンの捨て台詞を思い返してニヤニヤとしたララが、すでににぎわいはじめている厨房の扉を開けると、

「あ……!」

 そこには誰が呼んだのか、シュナイデの姿もあったのであった。

「なぁんだ、あんたもいたの」

 先輩風を吹かせて言うと、シュナイデは、いかにもおとなしやかにうなずいた。

 今日はさすがにラバースーツではなく、アールシティで仕入れてきた、まるでマッチ売りのような格好の上に、白いエプロンを巻いている。

 それが見るからに清楚な風で、ララはわずかに嫉妬した。

「ジョーに言われて来たわけ?」

「いいえ」

「じゃあなに」

「呼ばれました」

「ふぅん……」

 なにを聞いても、にこりともしないのだが、そこがいいと言う男も多いに違いない。

「なにさ、カマトトぶって」

 ララからすれば、そんなところだが。

「いいけど、あんた、料理なんかできんの?」

「はい」

「邪魔したら承知しないからね」

「はい」

 しかし結局、シュナイデはララの三倍も早くジャガイモを洗い、五倍も早く、皮をむくことができた。

「う、うう……い、言っとくけど、L・Jで勝ったのは、あたしだからね」

 ララがナイフを振りまわして言うと、シュナイデは黙々と動かし続ける手を止め、小首をかしげて、

「はい」

 と、答えた。



 それから、二日がたった。

 いわゆる大晦日の日である。

 この日ばかりは、いつも騒がしげなマンムートもしんと静まり返り、子どもたちの足声さえ聞こえない。人々の多くが普段より早めに仕事を納め、入れかわり立ちかわり仮聖堂を訪れては、今年一年の感謝をささげ、深く深く頭をたれていく。

 そこに、身なりを整え、無精ひげにかみそりを当てたアレサンドロと、珍しくマントを脱いだハサンとが現れ、礼儀作法を守った、げにも美しい立ち居振る舞いでぬかづいたときには、ユウのみならず周囲の誰もが、深い感動を覚えずにはいられなかった。

 その長い祈りの中で、ふたりはなにを想うのか。

 ようやく開いたアレサンドロの目が、ふとユウへ向き、その足先から頭のてっぺんまでをながめまわして、にこりと微笑んだ。

 ユウは、頬が熱くなった。

 実は、今日のユウは人生ではじめて、神官衣にそでを通しているのである。

 これはアールシティへ買い出しに出たとあるメイサの神徒がゆずり受けてきたもので、いまでも、その神殿で使われていた香の匂いが、かすかに残っている。

「似合ってる」

 アレサンドロの目は、ユウにそう語りかけ、再び祭壇へと向いた。

 くり返される長い祈りののち、アレサンドロは、またハサンと連れ立って、仮聖堂を去っていった。



 ……こーん、こーん、と。

 間断なく、鐘の音が鳴り響く。

 神文をとなえながら、静かに撞木を打つユウの手を、姿を、扉のかげから、ララがうっとりと見つめている。

 こーん、と、ひとつ、大きく鐘が鳴り。

 新しい年が、いま、明けた。

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