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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【三】 決起 -アレサンドロの未来・前編-
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イエスマン

『……あれ』

 シューティング・スターのテリーが、つぶやいた。

『止まっちゃったね。着いたのかな』

『ああ……みたいだな』

『みたいだなって、彼氏さんにも心あたりなし? ……あーあ、ホント行き当たりばったりでやんなっちゃうよ。雪山をこいでくなんてのはわかりきってたことじゃない、ねえ?』

 テリーがぐずるのはいつものことだが、最近は特に文句が多い。

 表立ってやりあうことはないまでも、例の海上での一件以来、一番の理解者であったアレサンドロとの関係にゆがみが生じ、不満が鬱積しているのだ。

 とはいえ、その原因となる医務室でのやりとりを知らないユウにしてみれば、わがままを言っているのはおまえだろ、と言いたいところではある。

『ねぇ、彼氏さん。俺さぁ……』

 と、隊列が進まないのをいいことに本気で愚痴を言う気になったのか。テリーはシューティング・スターのコクピットハッチを開け、N・Sに乗ったユウへ手招きした。

 普段ならばこれに応じるはずもないが、敵影もなく、退屈する気持ちがどこかにあったのだろう。ユウはハッチのアンダーカバーへ降り立つ自分をイメージし、上手く、そこへ瞬間移動した。

「……つッ」

「どうしたの」

「いや……」

 ユウはこめかみを押さえた。

 眼下に続く人の列を目にした途端、かすかなデジャブと軽い頭痛を覚えたのだ。

「さっきまでは、なんでもなかったのに……」

 この、冷たい風のせいだろうか。

「ま、座ろうよ」

 テリーが敷き延べた抱き枕のような長クッションに、ふたりは並んで腰かけた。

「大丈夫?」

「ああ」

「いっつもこんな顔してるから頭痛くなるんだよ。……あ、ララちゃんにしばらく会ってないからか」

「うるさいな。そうじゃない」

「ララちゃん嫌い?」

 その言葉は、ユウの心臓を、ぎゅとつかんだ。

「へぇ……変わったね、彼氏さん」

「そういう意味じゃない」

「俺は、男女間の友情なんてありえない派」

 ユウは、テリーの差し出してきた布製のきんちゃく袋に首をかしげた。

 片手で持てるサイズながら、パンパンにふくれたそこから転がり出てきたものを受け取ると、半透明で四角い、オレンジ色の塊だ。

「ゼリー?」

「そ、甘いのはいけるでしょ?」

「ん……」

 ユウは口の中に入れてから、目の前の人々が皆、こういった嗜好品をいままで口にできなかったことを思い出した。

「もういい」

 手に残った二粒は、そのままテリーに返した。

「……俺さぁ、彼氏さん、よくわからなくなっちゃったよ」

「え……?」

「旦那と大将だよ。助けたいとか戦いたいとか、言いたいことはわかるけど……なんだろう、リーダーって、もっとクールにいかなきゃ。大将も言ってたみたいに、ある程度のリスクは目をつぶらなきゃダメなんだよ。ほら、二匹のウサギがなんとかってね」

 テリーは似合わぬ大真面目な顔で、視線を列の先へと飛ばしている。

「でも、その大将にしても、紋章官としてはどうかなぁ。あの人、旦那をいい方向に持っていこうって気がないよ。なんて言うか、イエスマンだ」

「そんなことないだろ」

「いや、あるね。大将は、旦那の意見に引っ張られすぎだ」

「じゃあテリーならどうするんだ」

「俺? 俺なら、戦艦をどこかの港に入れた。セレンさんもその近くに呼んでおいて、すぐに地下を通って逃げたよ」

「それは言うほど簡単じゃない。どこの町にも騎士はいるし、だいたいあのときは、N・Sで船を引っ張ってたんだ。港に入れるわけがない」

「ソブリンさんの港がある」

「あそこを巻きこむわけにいかない」

「なに言ってんの。聖石のこととかで、もうとっくに巻きこんでるよ」

「でも鉄機兵団がそれに気づかなければ、あそこはいままでどおり暮らせる。だから必要以上に近づくわけにいかないんだろ」

「じゃあ優先順位はどうなるのさ。この人たちみんなを助けるってのが一番じゃないの?」

「ああ、一番さ」

「でもいまの状況はまるっきり逆じゃない。町とか無関係の人を助けるために、みんなを危険にさらしてるじゃない」

「それは……」

「旦那と大将のしてることってのは、結局そうなんだよ」

 ユウは、ぐうの音も出なかった。

「……俺ね、大将はあれだけど、旦那は大好きだよ。最後まで力になりたいし、見届けてあげたいと思ってる。だから心配なんだよ。いまのまま行けば、いつか絶対、いろんなものをなくして傷つくことになるんだろうなぁって」

 テリーは指先でつまんだゼリーを口に運ぶことも忘れ、それをこねまわしている。

「でもね、正直に言えば、どうすればいいのかわかんないの。俺の好きな旦那は、きっとそういうのも全部ひっくるめた旦那だし、そのままでいて欲しいなぁって気もあるわけ。それに、人の出した結果を見て、あのときああすればよかったのに、なんて言うのは簡単だけど、おまえのやりかたで丸々上手くいくのかって言われたら、やっぱり自信ないしね」

「……」

「ねぇ、彼氏さん。俺、どうすればいいかなぁ。このままじゃまずいってことはわかってるのに、どうすればいいのかわかんないよ」

 沈黙を続けるユウは、答えを見つける以前に、この隣に座る男が意外なまでにいい男だったことに驚いていた。

 はからずも『レッドアンバー』の一味となり、仕方なくついてきたはずのテリーが、ここまで親身になってアレサンドロのことを考えているとは。

 ……いままで、悪いことをしたな。

 頭の片隅で、そう思った。

「……なに?」

「いや……」

「いや、じゃ困るよ」

 テリーは、やっとゼリーを口に放りこんだ。

「彼氏さんはどうなのさ。旦那や大将の決めたことなら、全部正しいと思ってついてく?」

「ああ」

「ご立派だね。さすが神官様」

「そうじゃない。そう、昔、ハサンが言ってた」

「へ?」

「この世には、正しくないことなどないって」

「へぇ?」

「たとえば……」

 と、ユウは、テリーの持ったゼリーの袋を指さした。

「ここには子どもだっている。それを全部、テリーが独り占めするのは正しいのか」

「う……た、食べにくくなること言うなぁ」

「でも、それも正しいんだ。ゼリーがなければ、テリーは上手くライフルを撃てないのかもしれない。だったらそれは、仕事をする人間として正しい」

「いやぁ、別に、ただのオヤツなんだけどね」

「なら、空気の読めない人間として正しい」

「うは、ひどい!」

「俺だったら、もちろん全部、あの人たちに配る。それは、メイサの神官として正しい」

「もし俺が、全部ララちゃんにあげたら?」

「それは……」

「彼氏さんの恋がたきとして正しい?」

「勝手にしろ」

「アッハハ、かわいいね、彼氏さん」

 そうカラカラと笑ったテリーは、ゼリーを袋ごと、ユウの手につかませた。

「え?」

「ご報謝。好きに使ってよ」

「あ、ああ……」

「俺って、いいやつでしょ」

「自分で言うな」

「ハハッ、それが俺のいいトコよ」

 テリーは、ウインクしてみせた。

「でもそうかぁ、正しくないことなんかない、かぁ……なんだか、大将お得意の煙に巻く言いかたであれだなぁ。キレイすぎるよ」

「でも、きっとそうなんだ。アレサンドロが悩んで、悩んで、悩み抜いて出した答えなら、それはアレサンドロにとって正しい。やりかたがどうこうじゃない。途中で間違いに気づいたっていい。俺は、その答えについていく」

 いつか傷つくかもしれないなどと心配するくらいなら、絶対に傷つかせないと誓えばいいのだ。

「その答えが、自分の意見と全然違っても?」

 テリーが念を押すように言ったが、

「もし自分の意見があるなら、アレサンドロが答えを出す前に言うべきだ。俺はいつでもアレサンドロの相談に乗るし、アレサンドロだって相談してくれる。あとから言うのは、それこそ無責任だ」

「……彼氏さんは最強のイエスマンだね」

「ああ、そう言われてもいいさ」

「でも、まぁ、無理ないか」

「え?」

「大将との生活が長いと、嫌でもそうなりそうだよ」

「……かもしれない」

「プッ……ハ、ハハハハッ!」

 ふたりは、顔を見合わせて笑った。

 その声はいかにも楽しげに響き、シューティング・スターの足もとに並ぶ人々が、皆顔を上げてふたりを見た。

「アッハハハ、やっほう」

 テリーが手を振って応えると、誰もが笑顔になった。

 ……と、そこへ。

「ユウ、テリー!」

「うん?」

 呼ぶ声に目をやると、人々の頭の上を転がるようにしてモチが近づいてくる。

 コクピットハッチまで飛び上がったモチは、まぶしさに目をつぶっていたために、アンダーカバーへ頭を打ちつけるところだった。

「おっとと、大丈夫?」

「え、なんとか」

「どうしたんだ?」

「伝令です」

 カバー外装板のへりへどうにか降り立ったモチは、何事もなかったかのように姿勢をあらためた。

 まるで本物の伝令だ、と、テリーはくすくす笑った。

「テリー」

「あ、あい、俺?」 

「ええ。ここから先、私たちは洞窟を進みます。あなたはこのまま地上を進み、ひと足先に戦車と合流してください」

「ひとりで?」

「はい。不安なようなら、私たちも行きますが」

「いや、いいよ。こういうことは身軽なほうがいいからね」

「……ホウ」

「ホウ? ハハッ、俺が彼氏さんに泣きつくと思ってた?」

「いえ……」

 モチは、図星を突かれたのをごまかすかのように首をまわした。

 いや、実際ユウもそう思ったのだ。

「あら、ひどいなぁ。俺たちスナイパーは隠密の単独行動が普通なの。シューティング・スターもレーダーに引っかかりにくくできてるんだけど……その顔は知らなかった顔だなぁ」

「おそれいります」

「いーえ、こちらもおそれいります」

 モチをなでたテリーはすぐに腰を上げ、長クッションとともにコクピットへ戻った。

「あと聞いておくことは?」

「無線の感度が悪いようです。戦車に合流地点の変更を伝えてください。ヘスの裂け谷、南端です」

「あい、了解」

「アレサンドロからは、気をつけて行け、との伝言です。マンムートに着いたら一杯やろう、と」

「え……?」

 サイドモニターに映し出した地図で、これからの道のりと裂け谷の場所とを確認していたテリーは、目を丸くしてモチを見た。

「……てはは。これだからまいっちゃうよ。ねぇ、彼氏さん」

「なんだ?」

「さっきの話、少し考えてみる。俺も……俺が正しいと思うことをするよ」

「ああ」

「旦那をお願い」

「わかった」

「おモチさんは、旦那にわかったって伝えといて! 楽しみにしてるって!」

 ユウはモチをかついでN・Sへと飛び移り、もと来た道を戻っていく薄緑色の機体を、その姿が見えなくなるまで見送った。

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