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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【三】 決起 -アレサンドロの未来・前編-
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実力行使

「やった?」

「わからない」

 ユウはテリーにうながされるまま、手すりに耳を押し当てて、海中の様子を探ってみた。

 なにかをこするような音は、絶えず続いている。

 ただ、それがサーペントのものなのか、どうか。

 ……嫌な感じだ。

 ユウは胸騒ぎしか感じなかった。

 そこに聞こえたのは、ややあせり気味の足音。騒ぎを聞きつけたハサン、クジャク、モチのものである。

 そして、これは誰もがおそれていたことではあったが、少し遅れて、アレサンドロも駆けつけてきた。

「アレサンドロ……」

 本当に、どうして来てしまったんだと言いたい。

 大きな怪我はしていないとはいえ、人は張り詰めていた糸がゆるんだとき、緊張時に蓄積させた疲労を一気に感じるものだ。

 見ろ。足もとがふらついてるじゃないか。

 しかし、アレサンドロはもの言いたげなユウよりも、ライフルをかついだテリーのほうをながめやり、ひどく決まりの悪そうな顔をした。

「敵は」

 と、ハサンが言った。

「大きな、蛇みたいなL・Jが、一体」

「それをどうした」

「火薬樽でつぶした」

「とどめは」

「いや」

「死体は」

「見てない」

 ハサンはユウへ質問をぶつけながら、いちいち指を鳴らした。

 そして最後に指を立て、

「では、もう手遅れだな」

「手遅れ?」

「そう。つまり……こういうことだ」

「あ……!」

 突如、大きく船が揺れた。

 力ずくでねじ曲げられるような不愉快な金属音は、艦尾からだ。砲弾でも、爆発物でもない、なにか別の力でスクリューを破壊されたのである。

 推進力を失った船は進路を東寄りへ変え、ただの浮かぶ箱と成りはてた。

「やれやれ」

 ハサンは手すりにもたれて身体を支えながら、この状況の中でも、おどけ調子にひげをなでつけた。

「だから馬鹿は困る。後先構わず手を出してこのざまだ」

「い、いやいやいや、俺も彼氏さんも頑張ったんだけどなぁ!」

「頑張って危機を招くな」

「あ、あんねぇ! 俺は前言の撤回を求めるよ、断固!」

「……とにかくクジャク君」

「無視!」

「N・S二機で、この船を動かしてくれ。テリーロックウッドは甲板に待機。我らがリーダー君は……」

「中で、待機か……」

「わかっていればいい」

 ハサンは、あわてて羽織ってきたらしい、乱れたアレサンドロのコートの襟を正し、幼い子にするように、その頬を優しくなでた。

「待ってくれ、ハサン。俺だって戦える。N・Sに乗りゃあ、傷は治る!」

「おお、アーレサンドロー」

 手を焼かせるな。その声が聞こえるようだ。

「おまえの想いは察して余りあるが、あいにくいまは時間がない。警告、足止め、実力行使、捕縛。やつらの行動は、すでに三段階目に入っている」

 目配せされたクジャクは、ユウとモチをうながし、甲板最後尾へと向かった。

 テリーも、アレサンドロへ鋭い視線をくれたまま、シューティング・スターの昇降機をつかんでいる。

 俺の言ったことを覚えているか、という、強い意思のこもった目だ。

 アレサンドロはそれに気づいていたがゆえに、テリーを見ることができなかった。

「……でもよ。逃げるにしても、やつらを足止めしなきゃならねえはずだ」

「いかにもな」

「だから、それを俺がやる。やらせてくれ、ハサン」

「そして死ぬのか」

「もうユウの真似はいい。俺はマジで言ってるんだ!」

「……なぜだ」

「なに?」

「だから、なぜだ」

 アレサンドロはうろたえた。

 なにがなぜなのか、などということにではない。

 自分を見上げる黒い瞳。スナイパーのそれよりはるかに恐ろしい、魔術師の目にだ。

 それはかつて見たのと同じ、心の奥底まで突き通る針のようで、

「う……」

 思わず腰の引けたアレサンドロは、よろめいた。

 いや、よろめいたと思ったのは、船が揺れたのだ。くだんのサーペントか、もしくはそれをあやつっていた鉄機兵団が、ハサンの言う三段階目の行動をはじめたに違いない。

 先ほどまでは凪いでいた黒い海面が、いまはかき混ぜたように波立っている。

「アレサンドロよ。おまえには、もっと重要な仕事がある」

「……?」

「生きることだ。……おお、冗談冗談。生きるために生きるほど馬鹿なことはない。そう、おまえの仕事はブリッジに行き、この船を押すクジャクとカラスに進路を指示することだ。用ずみの操縦士たちは皆、倉庫にでもぶちこんでおけ」

「……」

「坊や、お返事は?」

「……わかった。あんたは……?」

「決まっている。おまえがやろうとしていたことをする」

 待て。アレサンドロが言う前に、甲板に光が走った。

 立ち上がったのは、暗血色のN・Sコウモリ。

『アレサンドロ、ここからはおまえが指示を出せ。私を待つな』

「ハサン!」

『テリー・ロックウッド! いつでも撃てるようにしておけ!』

『……あいよ』

 ハサンの乗ったコウモリは、ひらり、海中へ飛びこんでいった。



 そのやりとりを知らないユウとモチ、クジャクは、艦尾へたどり着くや否や、こちらもN・Sを呼び出していた。

 これからこの巨大戦艦を、たった二体で押していくわけだが、なんと言っても水に浮かんだものだ。やってやれないことはないだろうと、モチは自らを奮い立たせるように言う。

 右舷と左舷、ふた手に分かれたカラスとクジャクは、その中央よりやや艦尾側に突き出した側砲へ手をかけ、

「ム……!」

 と、押し出した。

 打ちつける波にも負けず。モチの力強い羽ばたきが、カラスを通してユウの背を叩く。

 推進力を得られないながらもそれまでの惰性で流されていた戦艦は、どうにか止まることなく、カラスとクジャクの誘導に従った。

 と、そのときだ。

 ザン、と波を割るような音がしたかと思うと、海中から飛び出したなにかが、すぐ近くの船べりへ取りついた。

 敵L・Jかと思ったが、そうではない。それはコウモリだった。

『ハサン?』

『おお、ご名答』

 コウモリは腕に巻きついたマント、いや翼膜を振りほどき、水滴を払った。

『どうして海に』

『どうして? 私が、この極寒の海に貝でも取りに入ったと?』

『別に、そういうことじゃない』

『そうだろう。ならば、その小うるさい口を閉じていろ。おまえが逃がした、その大蛇とやらを見てきた』

『え?』

『なるほど、あれは化け物だ。見えただけでも極太の首が二十本』

 だが、ハサンはその根元をひとつと見た。

 なぜならば、

『それぞれの首が秩序を持って動いている。複雑怪奇に動きまわりながらも、互いがからまり合わんようにな』

『ホウ。しかし、考えようによっては、話は簡単です。本体を足止めできれば……』

『簡単? 君は本当に簡単だと思っているのか』

『ホウ?』

『二十匹の竜が、実に統率の取れた動きで宝を守っている。それが本当に簡単だと思っているのか』

『ムウ……!』

 モチは息を呑み、その羽ばたきを乱れさせた。

『だが、まあ、そう絶望するものでもない。……ユウ』

『ああ』

『腰の剣を貸せ』

 言うより早く、両腕で船体を支えるカラスの腰から、それはするりと奪われている。

 船外灯のせいかもしれないが、コウモリの手に握られた太刀は、黒く、血色によどんで見えた。

『ハサン、まさか、ひとりで……!』

『フフン』

 コウモリは、再び海中に消えた。

『ハサン!』 

『ユウ、手を離しては……!』

『ハサン!』

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