遭遇
その、ソブリンのブラック・クール・ハーマンが隠れ家を出航する、三十分ほど前。
修理の終わったマンムートが、同じく改修を終えたサンセットを積みこみ、予定どおり、北へ向けて出発している。
食料、水、生活用品その他。様々な物を、それも数百人分詰めこんだマンムートの光炉に火が入り、
「気をつけて行くんだよ」
「うん、ありがと」
すっかり打ち解けたソブリンとララは、抱き合って別れを惜しんだのだった。
「意外に、あんたみたいな子が、ユウとはしっくりくるのかもしれないね」
「ホント? ホントにそう思う?」
「ああ、しっかりやんな。一押し二押し、三に押しだ」
「……だって!」
「ふうん」
「あ、セレン冷たぁい」
「そうかい。じゃあ、おめでとう」
「ねぇ、話聞いてたぁ?」
いま、地中を走るマンムートのブリッジでは、相変わらず、のんびりとした空気が流れている。
舵を取るセレンに、飲み物と菓子の用意をするメイ。それを、つまみ食いするララ。
チョコレートのついた指をなめたララは、セレンの座るメインシートの背もたれにあごを乗せ、
「ねぇ、セレン」
「なんだい」
「あたし……早くユウに会いたい」
「……」
「なんてね!」
「……ふうん」
これは、いよいよ本物だ。
セレンは、ブラックコーヒーをひと口すすった。
「メイ、そろそろ出ようか」
「は、はい! ええと……大丈夫です。障害物ありません!」
「上がるよ」
マンムートが顔を出したのは、雪吹きすさぶ山間の雪原だった。
「レーダー展開します」
「うん」
「すごい雪ですね……」
メイが、ため息をはくように言った。
こうした、山の変わりやすい天候を考えれば、合流場所まで地の底を這っていったほうが安全なのは言うまでもない。そこをあえて曲げたのは、曲げなければならない理由があるからだ。
それがなにか。マンムートの後方を見れば、すぐにわかる。
穴の中から全身を現したマンムートは、もう一台、それはもう自身と同じか、それ以上に巨大なキャタピラつきの箱を牽引しているのだ。
ブルーノをはじめとする、数百人からいる仲間たちのための、宿舎として作られた荷車であった。
さて、荷車というからには、この車に自走能力がないことがわかるだろう。
さらに、ブラック・クール・ハーマンと同質の船材を組み上げてあるとはいえ、専門機関の粋をこらして建造されたマンムートに比べれば、若干強度が落ちる。密閉性にも不安がある。
となると、なにかと障害物にあたりやすく、圧力のかかる地中よりも、地上を進むのがこの荷車にとってはいい。マンムートがそれに合わせる、ということになるのであった。
ここまではソブリンの隠れ家へ義理立てして、足取りをつかまれないように地中を走ってきたが、できるかぎり地上を進む予定のマンムートなのである。
「二号車も、問題なさそうです」
「うん、熱感知もしておいて」
「は、はい、そうでした!」
メイは、あわてふためいて、熱感知センサーも作動させた。
「ね、これなに?」
ララが指さしたのは、メイの手もと、黒いモニターに映し出された、いくつかの点だ。
距離感はよくわからなかったが、緑色のそれが、もぞもぞと動いている。
「ああ、近くに、人が住んでいるみたいですね。村です」
「ふぅん。L・Jじゃないんだ」
「違いますよ。L・Jなら、ほら、こんな警報が……」
「……って!」
「け、警報? 警報が鳴ってます、セレン様!」
「そうだね」
「え、あ、ど、どうしましょう!」
「あ、あたし出るね!」
「わ、私はぁ……ええと……あのぉ……」
「待った」
わたわたとブリッジを走りまわるララとメイを、セレンのひと声が押しとどめた。
「深呼吸」
言われたふたりは、すう、はあ、と息をする。
「向こうのレーダーに、まだこっちは映ってない。止まって様子を見よう」
「あ、そ、そうですね。さすがセレン様!」
「でも、ララは一応出て」
「うん、わかった。さっすがセレン様!」
「そういう冗談はいらないよ」
ララがブリッジを駆け出ていくのを見送って、セレンはメイに、L・J用ハッチの開閉準備をさせた。
先に述べたように、マンムートはもう一台、二号車を牽引している。困ったことに、この状態では後部L・J用ハッチが開かないのだ。
マンムートは速度を落とし、連結部の継ぎ手を延長。走りながら、マンムート本体と二号車との間に、数十メートルの間隔を空ける。
ひと気も、他のL・Jの姿もない、がらんどうな格納庫から、サンセットが一歩、雪面に足を踏み出したところで、マンムートも停車した。
『どう?』
セレンが聞く。
『最ッ高』
ララは答えた。
ほとんど新型ですよ、と、メイに言わしめたサンセットⅡ(ツヴァイ)は、その言葉どおり、以前のそれから、がらりと趣を変えている。
真紅の装甲、スピナー、そして多少薄身になりながらも大型シールドは引き継がれているが、無骨だった全体のシルエットは、すっと引き締まり、ひと皮もふた皮もむけたように見える。
背にあった四基のスラスターは取りはずされ、かわりにバックパック式の独立可動スラスターが二基。同じく巨大なテイルバインダーが二基。脚部サブスラスターと、新設された胸部サブスラスターについては噴射領域が広く取られるように設計がされ、機動性と安定性が増した。
逆に、重量を削り、足底もホバージェットからブーストノズルに変更したことで、防御力、突進力はともに低下している。
ララは感触を確かめるように操縦桿を握りこみ、ぺろり、上唇をなめた。
先ほどまでの恋する乙女の顔は、もうそこにはなかった。
『L・Jは一機。さっきの村とは逆方向の、マンムートから見て左側になります』
『鉄機兵団?』
『そう、ですね。所属と型番の照合はできませんでした』
『……どういうこと?』
『ええと、試作機の可能性があります。車両の反応もありますし、雪中テストの最中かもしれません』
『ふぅん……で、どうする?』
『そ、そうですね……どうしましょう、セレン様』
言われたセレンが、通信口に出た。
『相手は、こっちに近づいてる。行けるかい、ララ』
『もっちろん』
『じゃあやろう。サンセットのデータも欲しいし……』
『試作機も気になる』
『正解』
『アハハッ、了ッ解!』
一方。
「ほぉう、これはこれは……」
広域レーダーやモニターカメラを搭載した、寒冷地仕様のコマンド・カーゴ内部には、しわだらけの手を揉み合わせる、あのスダレフの姿があった。
車内には他に、数名の技術助手と騎士がいるが、どれも皆無表情で、上機嫌のスダレフとは対照的に陰鬱な空気がただよっている。
帝都の研究所で飼い殺しにされているはずのスダレフが、軍用車両に乗り、騎士の護衛をつけているのはなんとも奇妙な話だが、実はこの老博士、数週間前正式に、宮廷博士としての地位に返り咲いているのである。
『シュナイデ』
マイクを引き寄せたスダレフが呼びかけると、
『はい、博士』
小鳥のさえずりのような、美しい声が返ってきた。
『これはまったく運がいい。おまえのテスト中に、目指す相手とぶつかるとはな』
『はい、博士』
『よしよし、いいかシュナイデよ。命令を変更する』
『なんなりと』
『セレン・ノーノ……いや、ララ・シュトラウスを殺せ。その『ナーデルバウム』で、コクピットごと刺し貫いてやれ!』
『……了解しました』
遠く離れた二体のL・Jが顔を合わせたのは、それから十数分後のことだった。