言葉と裏腹、そういうところ
「ユーウ」
「……なんだ」
「あ、冷たいの。そんなに心配?」
「ララは心配じゃないのか」
「別に、そういうわけじゃないけどさ」
気もそぞろに夜の修練を終え、太刀を片手に白波の立つ海をながめていたユウ。
その顔を、ひょいとのぞきこんできたララは、こう言っていつものように腕をからめてきた。
見せたいという首にはファーを巻いているが、あれ以来、ララは髪を上げるスタイルを貫いている。吹きつける潮風に散らされながら、電灯の光を受けているその髪は、まるで金色の吹流しのようだ。
「ねぇ、寒くない? ここ温泉あるんだって、一緒に入ろっか!」
「……」
「冗談だって」
ララは邪気のない顔で笑い、ひとつ、小さなくしゃみをした。
「やっぱ寒いね」
ユウは、笑う気にはなれなかった。
「……ねぇ、アレサンドロってさぁ」
「ああ」
「ユウのなんなの?」
「なに?」
予想外の問いだ。
「だから、あるじゃない。兄弟分とかさ」
「ああ……相棒だ」
なにやら、つい最近も同じような答えかたをした気がする。確かに、馬鹿のひとつ覚えだ。
「なんか、劇的な会いかたしたとか?」
「いや、別に」
「ふぅん」
ララは、よくわからない、といった顔つきで、首をかしげた。
「相棒ってさ、なんて言うか、もっと、お金とかそういうのでつながってるイメージじゃない?」
「そうか?」
そんな解釈ははじめて聞いた。
「そんなに心配したり、あいつのためなら死ねる、とかって相棒?」
「そうだろ」
少なくとも、ユウにとってはそうだ。
絶対的な信頼で結ばれた仲間。
いや、わざわざ信頼などという言葉を使わなくともそれがわかる、同胞だ。
「じゃあ、あたしたちは?」
「え?」
「ねぇ、あたしたちはぁ?」
ユウは、ううん、と喉の奥でうなった。
わからない。
ララやモチも無論信頼しているが、相棒かと言われると違う。
そもそも相棒とは、複数の人間に対して使われる言葉ではないはずだ。
皆は仲間で、ハサンは元相棒。アレサンドロが相棒。その差はなんだ?
ユウに答えは出せなかったが、ララにやりこめられるのかと思うと、妙にくやしかった。
「……怒った?」
「別に」
ユウは、自分でも気がとがめるような冷たい声を出してしまったので、しまった、と思ったが、ララは、エヘヘ、と身体をすり寄せてきて、
「ユウって、そういうところだよね」
「え?」
「そういうところ」
と、またわけのわからないことを言い出した。
「あ、どういうことか教えろって顔」
「……いや、いい」
ハサンならば、また、聞きたければあれをしろ、これをしろ、と言うところだ。
ここは下手なやぶ蛇をする前に部屋へ戻るのが賢明だ、と、ユウはさっさときびすを返した。ちなみにいまは、ソブリンのドックに仮住まい中である。
「あれ、もう帰っちゃうの?」
「ああ」
「えー。せっかく、ひさしぶりにふたりきりなんだから、もっと話そうよぉ」
「寒いんだろ」
「あ、意地悪。ユウとならアツアツだからいいんですぅ」
「……俺が寒い」
「あ、さらに意地悪!」
ララは冗談めかしてユウの腕をつねったが、コートの上からでは、まったく痛くなかった。
「そんなに話したいなら、ララが話せばいいだろ」
「あたし?」
「俺は聞いてる」
「うぅん……たとえば、なに?」
「そうだな……」
足を止め、天の星空を見上げたユウの脳裏に浮かんだのは、あのときの疑問。
「ララは、その……」
「うん」
見合わせたララの大きな目にも、同じだけの星が映っている。
「……いや、いい」
「なにそれ。言いかけてやめるのはなし」
「ん……」
「ほら、言った言った」
ユウは、ララから視線をはずして、仕方なく口を開いた。
「ララは……」
「うんうん」
「いまの家には、もらわれていったんだろ?」
「うん。だから?」
「だから?」
「やだ、ユウが聞きたいんでしょ?」
ユウは、ララが意外にもあっさりと、家の話題についてきたことに驚いた。
ミミズじいさんの坑道で、家族などいない、そう言いきったときのララは、確かに深入りされたくない様子だったのだ。
「ね、だからなに?」
と、かえってこちらがペースを乱されてしまい、ユウは、次の言葉を考えるのに苦労した。
「いや、その……家族とは、上手くやってるのかと思って……」
「そんなわけないじゃない」
「え?」
「あの人たちは、別にあたしがかわいいわけじゃないしさ。いまごろは失敗したぁって思ってるって」
「……そんなわけないだろ」
たとえ、なさぬ仲であっても、親は親、子は子のはずだ。
「ユウにはわかんないよ」
そっぽを向いたララは、コートのポケットから飴を探り出してなめはじめた。
「……ユウにだけ言うとね」
「ああ……?」
「あたし、ずっと、迎えに来てくれる家族が欲しかった」
ユウの鼻に、潮風にまじって甘い匂いが運ばれてくる。
「お金なんかいらないの。立派な家だって、きれいな服だって、ないんだったら、ご飯だって我慢したっていい。ただ迎えにきて、手をつないで帰ってくれれば、それでよかったの」
「……ああ」
「でも、あの人たちも、そんな感じじゃなかった。……だから、もういいの」
「そうか」
ユウは、ララにこう思わせるきっかけを作った本当の家族についても聞いてみたかったが、やめた。
ララの年ごろを境にして、十五年前の戦争を越えてきた世代にとっては、家族との思い出は大なり小なりつらさをともなう。他ならぬユウもそうだ。
あせらなくとも、いずれすべてを話し、話されるときがくるだろう。そこに思い至り、ふとユウは、ララと自分との距離が思っていた以上に近づいていることを感じて、まいったな、と、頭をかいた。
「ね、ユウ。だからあたし、あのときユウが迎えに来てくれて、すっごくうれしかった。ほら、あのカニとやったときね」
振り向いたララは、太陽のような笑顔だった。
「すっごい感動して、ちょっと泣いちゃったんだから」
と、あらためて言われると、かなり気恥ずかしいものがある。
「リドラー将軍とやったときも来てくれたし……ほら、最初ハサンに連れていかれたときも来てくれた!」
「俺じゃなくて……みんなだろ。アレサンドロだってモチだって、ララを迎えにいった」
「でも、いっつも守ってくれたのはユウ、でしょ?」
「それは……ララがいつも、俺の近くにいるからだ」
「……アハ!」
ララは笑った。
「なんだ」
「うぅん。だったら、これからもユウのそばにいるぅ」
ララは再びユウの腕にからみつき、薄緑と白の飴をねじった長いキャンディ・バーへ、かわいらしく小さなキスをした。
「ね?」
「……嫌だ」
「えー、ひどい」
「当たり前だろ。俺は、ララのお守りなんてごめんだ」
ユウはこう言ったが、半分が本音で、半分は偽りである。
以前ほどは嫌でもなく、あきらめきっているところもある。
「じゃあこれからは、あたしがユウを守ってあげる。それならいいよね」
なんだそれは。
ユウはそう口にしかけたが、自分に向けられた、思いのほか真剣な眼差しに引きこまれ、機を逃してしまった。
「あたし、もう置いていかれるのはイヤ。だからL・Jに乗ったの。大好きな人を、いつまでも捕まえていられるようにって」
「置いていかれた……?」
反問されたララの瞳が、一瞬だけ揺らいだ。
「ほら、もうすぐサンセットも新しくなるし……そしたら、ギュンターだってなんだって一発じゃない。ユウひとりくらい守れちゃうんだから」
「ララ……」
「あ、なんだったら、養うとこまで面倒見ちゃう。そしたらユウだって、これから泥棒しなくてすむもんね」
「ララ、いい。昔のことは、もう聞かない」
ララは押し黙った。
「……もう戻ろう。本当に、寒くなってきた」
「……ウン」
「行こう」
言いながらユウは、一歩遅れてついてきたララに、手袋をはずした左手を差し出した。
「……なに?」
「……なにじゃないだろ」
「あ……う、うっそ……!」
「早くしろ、寒い」
「うん、うん!」
ララは飛びつくようにユウの手を握り、ふたりは、肩を並べて帰途に着いた。
「ユウの手って、あったかいね」
「……」
「あったかいね!」
「うるさいな、聞こえてる」
「アハハッ、やっぱり怒ったぁ」
「……」
「……ありがと、ユウ……」