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ランドスケープ・アゲート  作者: 紅亜真探
【一】 はじまり -アレサンドロの過去編-
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予想外の幸、不幸

 湖に入ってみると、水は思ったほど冷たくもなかった。

 深さはせいぜい、腰まで届くかどうか。

 底を踏み進む自分たちの足がはっきり見えるところをみると、どこかで水の出入りがあるのだろう。

 飲み水にもなりそうだった。

「歩くにはおっくう、泳ぐには微妙。やれやれ、面倒くせえ深さだな」

 アレサンドロは指で水を弾いて言った。

 やはり心中おだやかでないのだろう。

 N・Sに近づくにつれ、落ち着きのない行動が増えている。

「そういや、親父さん。神官だったって言ってたな」

「ああ」

「過去形ってことは、やっぱりあれか?」

「ああ、亡くなった」

「他は?」

「他?」

「おふくろさんや、兄弟、とかよ」

「それもみんな」

「そうか」

「だから、気にしなくていい」

「うん?」

「もしもN・Sのことでひと悶着あったとしても、面倒をかける人はいない」

 アレサンドロはなにか言いたげに口を開いたが、

「お見通しか。かわいくねえな」

 結局は、ばつが悪そうに首をかいたのだった。

「ハハ」

「ハ、ハ」

 ふたりは笑い、笑いながら顔を上げた。

 アレサンドロが、細く、長く、息をはき出した。


 それは、全高にして、およそ十五メートル。

 右に、深黒の鎧を身にまとい、背には翼、腰には長く尾羽をたらした、黒紫のN・S、カラス。

 左に、白々と輝く鎧、ふわりとした尾も美しい、白銀のN・S、オオカミ。

 顔こそ機械じみているが、その生物的な美しさは、誰の目をも釘づけにするに違いない。

 互いの剣が互いの胸部を深々と貫き通すそのさまも、裏に隠された殺意をかけらも感じさせない、ある種荘厳な神聖画を思わせた。

「なんだ……」

 アレサンドロの口から、つぶやきがもれた。

「俺はこいつを目の前にしたら、もっと取り乱しちまうと思ってた……。案外、平気なもんだな」

 そう眉を寄せ、薄情だよな、と、さびしく笑うその肩を、ユウは静かにさする。

「十五年だ……十五年」

「……ああ」

「でもよ……いまでも……」

 と、唇を噛み、言葉を呑みこんだアレサンドロは、両の手のひらで自分の顔を張った。

 ぱぁん、ぱぁん、と、音が響いた。

「いや、なんでもねえ。女々しいだけだ。……よし、ちょっと見てくる」

「大丈夫か」

「ああ、こいつも、早く楽にしてやらねえとな」

 言うが早いかアレサンドロは、前かがみで低くなったカラスのふくらはぎにひょいと飛び移り、サルを思わせる身軽さで、左翼まで這い上がっていった。

「よっ……」

 腰のホルダーから光石灯をはずし、ぶら下がるように傷口をのぞきこむと、

「……頚椎、胸椎……修復は進んでる……光炉は軽症ってことか……」

「どうだ?」

「意外に悪くねえな。手伝ってくれ」

「ああ」

 視線もくれずに手招きするアレサンドロに応え、ユウも同じ手順で、カラスをよじのぼった。

 しかし、これがなかなかの重労働である。

 線が細く、丸みを帯びたカラスの身体は、すべりやすい上に安定感も悪い。

 装甲の隙間を探り探り、カラスの左肩にたどり着いたころには、額からは、かなりの汗が吹き出ていた。

「大丈夫か?」

 アレサンドロが、くすりと笑う。

「問題ない」

 ユウは額をぬぐった。

「前にまわれるか?」

「ああ」

「喉の下だ」

 三十センチ角程度のプレートが見える。

「ナイフでこじ開けろ。問題ねえ、多少傷ついてもすぐ治る」

「わかった」

 ユウはカラスの胸部装甲へ飛び移った。

 短剣を抜き、くぼんだプレートの溝に押し当てる。

 と……。

「……ッ!」

 ユウの視界が、突如、暗転した。

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