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私は、今回の夜会もまた憂鬱な気分で参加していた。
どうせ、いつもと同じように私の身分を目当てに令嬢達が群がり、その対処に追われると思っていたからだ。
どの令嬢も、私の身分しか見ていないことが丸わかりにも関わらず、丁寧に対処しなければならないなど……ただ面倒なだけだ。
私にとって、夜会とはその程度のものでしかなかった。
「あ、殿下。
僕、今回の夜会でエスコートしなければいけない人がいるので離れます」
「……お前に、エスコートする相手がいたのか」
「公爵家の人間ですが」
私の側近の1人でもあるルアンは令嬢に対して良い感情を持っていないらしく、言い寄られても冷たく突き放していた。
そんなルアンがエスコートなどとは……。
一体どんな風の吹き回しだろうか。
いや、家の事情かもしれないが。
「ルアン、その人って綺麗なのか?」
「うん、凄く、綺麗な人だよ。
真っ直ぐで、強くて、誇り高い人だ。
本来なら、僕がエスコートするような人じゃないんだけど、今回は少し問題があって僕に回ってきたってわけ」
ルアンはその女性に惚れているのだろう。
いつもよりも柔らかな笑みを浮かべた。
そして、令嬢嫌いでも知られ、冷徹とまで言われるルアンにそこまで言わせるその人物に会ってみたい、そんな思いからか今回の夜会は少しだけ楽しみに思えてきた。
だが、問題とは一体なんなのか。
気になるところではあるが、部外者である私が聞いていいことでもないだろう。
「僕としては、あの人と殿下が婚約を結んでくれたらと思いますが」
思わず咳き込んだ私は悪くないはずだ。
いや、ルアンはその令嬢に惚れているのではなかったのか?
だとするのなら、あの表情はなんだったのか。
「……ルアンお前、その女性に惚れているのではないのか?」
「まさか、僕があの人に惚れるなんて……。
僕はただ、尊敬しているだけですよ。
それに、あの人の相手は並大抵の人では釣り合いませんから。
僕があの人と婚約なんてすれば、後ろから刺されます」
その言葉は本心ではないように感じた。
特に理由はない、ただの勘ではあるが。
だが、並大抵の人では釣り合わない、か。
ルアンにそう言わせる令嬢とは……。
……うん?
待て、後ろから刺されるとはなんだ?
ルアンは文官志望ではあるがそれなりに戦える。
そんなルアンを後ろから刺す?
そんなことが出来るというのか。
私は、まだ見ぬ令嬢に若干の恐怖と興味を抱いた。
そして、夜会の日、ルアンと踊る令嬢を見て、今までに感じたことのない想いを私は抱いた。
「……カイン、あの令嬢は?」
「少なくとも、国内の人じゃない……と思う。
あの様子から見るとルアンのエスコートの相手っぽいけど」
「ルアンの相手、か……」
ルアンと共に踊る彼女はとても美しかった。
女神、そう思う程に。
ダンスが終わったと思えば、私は自然と彼女の方へと近寄っていた。
だが、私がダンスへと誘う前にカインが誘ってしまった。
思わず舌打ちをしたくなったが、彼女に聞こえるかもしれないと思いとどまる。
それから、カインと彼女が軽く会話をしてから踊り始めた。
その頃には、私のもとへ、ルアンがやってきていた。
「ルアン、彼女は誰だ?
お前とはどんな関係なんだ?」
私の畳み掛けるような質問にルアンは苦笑しつつも答えた。
「あの人は僕の従姉ですよ。
名前は、エリス・フォーリア。
ただ、どこかの王子のせいか分かりませんが、王族に対してあまりいい感情は持っていないようですが」
「なっ……。
……私は、近づかない方がいいということか」
「うーん、それはどうでしょう?
エリスは王族だから、といって避けるようなことはしない人ですから。
いくら、あんな事があったとしても、いえ、あったからこそ近付くなら今しかないと思いますよ」
どこのバカのせいだ。
そんな奴のせいで王族を……。
いや、それよりも、だ。
『あんな事』とは、彼女に何があったというのか。
一瞬ではあるが、ルアンから殺気が漏れた。
ということは、ルアンをそこまで怒らせる『何か』があったということだ。
「……理由はエリスから聞いてください。
さすがに、僕が話すわけにはいきませんから。
それなりに仲良くなれば答えてくれると思いますよ」
「……あぁ、そうさせてもらう」
彼女が何をされたのかは分からないが、少なくとも、彼女を傷つけたそのバカは許せないと思う。
フォーリア家といえば、隣国か。
あそこの王子はバカだったからな。
血縁関係にあるなどとは思いたくもない程に。
まぁ、次に会うことがあれば……。
そんなことを考えつつ、カインと踊り終わった彼女をダンスに誘った。