第90話 スモウじゃなくてサガミ!なこと、ナンバプレートの如し
――翌朝。
目が覚めて着替えていると、あらたに近習になった初沢三郎が報告をしてきた。
「御屋形様。昨晩、恵様も飯富虎昌様にご同行されました」
「え? 恵姉上もついていったの?」
昨晩、飯富虎昌たちが出発した。
佐久へ救援に向かった板垣さんたちに加勢するのだ。
向かったのは、飯富虎昌、奥さんの香、そして信濃衆の真田幸隆殿、村上義清殿だ。
対陣している長尾軍に気づかれないように、夜の闇に紛れてそっと出た。
馬にはバイを噛ませ、松明もつけず月明かりを頼りに佐久へ向かったのだ。
どうやら恵姉上も飯富虎昌たちに同行したらしい。
きっと一緒に暴れたいのだろう。
「いかがいたしましょう? 呼び戻すのでしたら、私が行ってきましょうか?」
「無用だ。応援部隊は突破力のある人員を揃えた。恵姉上が加勢すれば、さらに力が増す。千鶴隊はどうした?」
「千鶴隊はおります。妹君の南様が指揮するそうでございます」
南が指揮するなら問題はあるまい。
甲冑を身につけたら大広間で朝食だ。
大広間は昨日より人が少ない。
飯富虎昌たちが、出て行ったからな。
昨日と同じ場所、諏訪頼重殿の隣に座る。
「諏訪殿。おはようございます」
「武田殿。おはようございます。少々、困ったことになりまして……」
諏訪頼重殿が眉根を寄せている。
どうしたのだろうか?
朝食をとりながら話を聞く。
「実は……、その……、娘が千鶴隊に入って戦うと申しまして」
「娘? 希姫ですか?」
「左様です」
諏訪頼重殿は深くため息をついた。
希姫とは、史実の諏訪御料人、諏訪姫のことだ。
史実の諏訪姫は不運オブ不運のイメージだが、こちらの諏訪姫は活発なお姫様らしい。
自分の領地と領民を守るために戦うなんて、なかなか勇ましくて好感が持てる。
「よろしいではございませんか。戦力は多い方が良い。武田弓を希姫にお貸ししましょう」
武田弓とは、クロスボウのことだ。
諏訪の人たちは、千鶴隊が使うクロスボウを見て武田弓と呼んでいる。
現実問題として、防衛戦だからクロスボウを扱う人が多い方が良い。
かといって信用出来ない人物にクロスボウを貸与することは出来ない。
持ち去られたりしては困るからだ。
その点、希姫なら信用出来るので、クロスボウを貸与するのに問題はない。
俺は諏訪頼重殿にアドバイスを送る。
「希姫を中心に女子だけの隊を作られてみては?」
「女子だけ……。なるほど、千鶴隊を真似るのですな」
「そうです。武田に千鶴隊あり、諏訪家にナントカ隊あり。兵が聞けば頼もしく感じるのでは?」
「なるほど。悪くないですな。家中の女子から募ってみましょう」
諏訪頼重殿は、乗り気になった。
武田家としては、甲府の北西にある諏訪地方は安定して欲しい。
俺は諏訪家を始めとする信濃の国人たちとは、融和路線を選んだのだ。
しっかり自衛して欲しい。
信濃が安定すれば、甲斐の武田家は駿河の今川家攻略に集中できる。
外敵を寄せ付けないためにも、諏訪家の防衛力アップは歓迎するところだ。
よし!
諏訪家には、武田弓――クロスボウを沢山売ってあげよう!
商売! 商売!
食事の途中で、来客があった。
相州乱波の頭目、風魔小太郎だ。
風魔小太郎は双子で、片方が俺に臣従した。
「お呼びにより参上しました」
ゲームやマンガなんかでは、風魔小太郎といえばプロ格闘家とその筋の人を足して二で割ったようなキャラだが、目の前にいる風魔小太郎は、涼やかな色男だ。
商人が着ている地味な羽織姿で、品良く大広間に座った。
俺は諏訪頼重殿に風魔小太郎を紹介する。
「諏訪殿。この男が風魔小太郎です」
「風魔というと……。相模の北条家に仕える?」
「ええ。風魔が割れまして、半分が武田家に仕えております」
「なんと!」
まあ、驚くよね。
ただ、風魔小太郎によれば、北条家での待遇はあまり良くなかったらしい。
武田家の待遇は遥かに上だと言って満足している。
俺は風魔小太郎に指示を出す。
「風魔小太郎。早速だが、警備を頼む。警備対象は俺と諏訪頼重殿だ」
「暗殺を警戒されていますか?」
「まあ、ないとはいえない。長尾為景は追い詰められたら、なりふり構わずに来るだろう」
「追い詰めるのですか?」
風魔小太郎が楽しそうに目を細めた。
歌っているような朗らかな声だが、目には殺気がこもっている。
「しばらくは俺の策に気が付くことはないだろう。だが、別働隊が佐久で長尾軍を打ち破れば、長尾為景が俺の策に気が付くのは時間の問題になる。そうなれば、長尾軍は追い詰められる」
俺は風魔小太郎に、大まかな作戦を説明した。
風魔小太郎は、芝居見物でもしているような楽しそうな笑顔を浮かべる。
「なるほど……。わかりました。御屋形様と諏訪様に護衛を付けましょう。それから、このお城の天井裏から軒下まで、総ざらいします。素破乱波の類いが、忍んでいたら不味いですからね」
「頼む。諏訪殿、よろしいですね?」
「え……ええ。お願いします」
諏訪殿は、俺がそこまで警戒しているとは思わなかったのだろう。
顔色を悪くして返事をした。
俺は諏訪頼重殿を安心させるために言葉を重ねる。
「諏訪殿。あくまでも念のためです。寝首をかかれないためにも、用心するにこしたことはないでしょう?」
「そう……です……な……」
風魔小太郎たちが警戒してくれれば、夜もぐっすり眠れる。
何より、嫌がらせ……、いや、戦に集中できる。
さて、二日目を始めよう!




