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第79話 投げ飛ばすこと、横綱の如し

「かたや~武田恵~武田恵~。こなた~小笠原長時~小笠原長時~」


 恵姉上は、庭に降り立ち相撲を取る気満々だ。


 一方、恵姉上の挑発にのってしまった小笠原長時は、成り行き任せで庭に下りたが、『どうしたものか……』と思案顔をしている。


 しかし、周りが盛り上がっていて、もう、引き返せない。


「「「「「恵様!」」」」」


 恵姉上大人気だな。


「「「「負けちまえ!」」」」


 小笠原長時には、ブーイングが飛んでいる。

 嫌われているな。


「御屋形様……どういたしましょう……」


「板垣さん……どうにもならないですよ……」


 俺と板垣さんは、遠い目をしたまま会話した。


「御屋形様……大評定は……」


「もう、どこかへ飛んでいってしまいましたね……」


 そう! 大評定でビシッと作戦案を提示して、『いざ! 出陣!』となるはずだったのに……。


 なぜ、相撲に!


「板垣さん! こうなったら、この状況を利用しましょう!」


「と、おっしゃいますと!?」


「この相撲対決を盛り上げて、宴会にしてしまいましょう。そして、ドサクサに紛れて作戦案を通してしまうのです!」


「なるほど……、案外名案かもしれませんな……。誰かある! 酒を持て! 料理を運べ!」


 板垣さんが大声で命じると、小姓たちが酒や料理を次々と運んできた。

 俺はホスト役に徹することにして、国人領主たちに酒や料理を勧める。


「さあ、かたい話は後にして、まずはグイッと!」


「やや! これはかたじけない!」

「さすが武田家! 行き届いたことで! ありがたく頂戴いたしますぞ!」


 みんな気分良く酒を飲み、料理をつまみ出す。

 イイ感じに、盛り上がってきた。


 庭では、行司役を買って出た飯富虎昌が、恵姉上と小笠原長時の一戦を仕切る。


「見合って! 見合って! ハッケヨイ! ノコッタ!」


 飯富虎昌のかけ声に合わせて、恵姉上と小笠原長時が組み合った。

 がっぷり四つだ。


「ふんぬううううううう!」


 小笠原長時が、恵姉上を投げようと腕に力を入れる。

 顔を真っ赤にしてがんばっているが、恵姉上はびくともしない。


「ほれっ! どうした? それで仕舞か?」


 恵姉上が挑発するが、小笠原長時にこたえる余裕はない。

 歯を食いしばり必死の形相だ。


「では、終わりとするぞ! そりゃあ!」


「うわああああああああああ!」


 恵姉上が上手に力を入れて、小笠原長時を思い切りぶん投げた。

 キレイな上手投げが決まり、小笠原長時は一回転した後に土を噛んだ。


 行司役の飯富虎昌がすかさず勝ち名乗りを上げる。


「恵様の勝ち!」


「うおおおお!」

「恵様!」


 周りは大盛り上がりだが、負けた小笠原長時は目に涙を浮かべている。

 俺は、小笠原長時の傲慢な振る舞いに辟易していた。

 正直、好い気味だ。


 恵姉上は、小笠原長時にビシリと指を指して決め台詞を口にした。


「※豎子じゅしッ! 修行して出直してこい!」


※豎子:小僧! 未熟者め!


「クッ……。おのれ! こうなったら武田家になど頼らん! 山内上杉家に頼むわ!」


 涙で顔をグチャグチャにしながら、小笠原長時が走り去る。

 弟の小笠原信定が『兄上~!』とか言って後を追っていた。


 もう、どこにでも好きな所へ行ってくれ。

 どうせ兵を出すのは、俺たち武田家なのだ。

 いなくなってくれれば、せいせいする。


 こうして大評定は、いつのまにか相撲大会をツマミにした大宴会に切り替わった。


 相撲の方は、俺の奥様香が豪将村上義清殿を隅落とし、いわゆる空気投げで吹っ飛ばして優勝を飾った。


 俺と板垣さんは、みんなが酔っ払っているドサクサに紛れて、作戦案の了承を取り付けた。

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