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第48話 初陣で焦る事、チェリーの如し

 ――本栖城(もとすじょう)防衛戦、初日。


 大将の今川義元は、投石で血を流し自軍へ逃げ戻った。

 義元と入れ替わりに、今川軍の前進が始まった。


 前進……と言うよりも、俺には突撃に見える。

 今川軍の最前列は、竹束を掲げて全力疾走だ。


 竹束と言うのは、身長の高さに切り出した青竹を束ねて縄で縛った簡易な盾の事だ。

 たかが竹、されど竹。

 竹束は矢や投石を弾き返す。

 お手頃で頼もしい防具なのだ。


 続く足軽兵たちは、梯子を持っている。

 これまた竹を縄で縛っただけの簡単な物。

 二本の竹の先端だけを縛り、横に踏み段の竹を渡した三角形の梯子だ。


 くっそ!

 低コストに攻めて来るね~。


 俺が足場城壁の上でジリジリしながら、突撃して来る今川兵を見ていると、小山田虎満の落ち着いた声がトランシーバーから聞こえていた。


『こちら城壁中央の小山田虎満。落ち着いて、さばけば問題なし! 千鶴(ちづる)隊は待機!』


『城壁右、(かおる)、りょう――あっ!』


『小山田! なぜじゃ! 私も戦うぞ!』


 あー、(めぐみ)姉上……。

 香からトランシーバーを奪って会話に乱入して来たな。

 指示命令系統には従って下さいよ……。


 しかし、血の気が多い。

 一芸【太史慈(たいしじ)】持ちだからな。


『恵様たち千鶴隊は、切り札です! ここぞと言う所で活躍してもらいます。それまで待機でお願いいたします』


『切り札……あいわかった!』


 上手いぞ! 小山田虎満!

 恵姉上を上手くさばいた。


 ゴルフ用のレーザースコープ距離計測器で、敵との距離を測る。

 150メートル……。


 間もなくスリングで投石を行う玄武(げんぶ)隊の必中距離100メートルだ。


「板垣さん。先頭の竹束持ったヤツは無視して、後ろの竹ハシゴを持った連中を狙いますか……」


「それがよろしいかと。御下知(おげち)を」


 よしっ!

 俺は惣太(そうた)たち玄武隊に向かって下知を飛ばす。


「玄武隊用意! 狙いは竹ハシゴを持った足軽兵だ! 撃ち始めは、惣太に任せる!」


(うけたまわ)った!」


 惣太が元気な声で返事をした。


 再度レーザースコープで距離を計測……。

 竹束を持った先頭が100メートルを通過!


 もう、すぐだ……。


 時間がやけに長く感じる。

 だが、50メートルを走るのに8秒くらいかかったはずだ。

 竹ハシゴを持っていれば、もうちょい時間はかかるはず。


 計測……。

 竹ハシゴを持った足軽が、100メートルに入った!


「放て!」


 惣太の甲高い声が響き、玄武隊十人が放った石礫(いしつぶて)が唸りを上げて今川兵に襲い掛かかる。


「あっ!」

「があああ!」

「痛てえ! 痛てえよ!」


 今川兵十人が転倒し、悲鳴を上げる。

 俺は興奮して、思わず大声をあげた。


「すげえ! 全弾命中だ!」


 俺の周りの守備兵も喜び叫び玄武隊の投石を称える。


「狙えー! 放て!」


 惣太たちが、間を置かずに次弾を放つ。

 これも全弾命中!

 武田方守備兵が気勢を上げる。


 しかし、今川軍は兵数が多い。

 何せ四千人を動員して来たのだ。


 玄武隊の石礫で負傷した兵は、さっさと交代して、隙間は後方にいた兵が埋める。

 大した時間もかからずに、今川兵は足場城壁の下にある空堀(からぼり)にたどり着いた。

 竹ハシゴを足場城壁に立てかけ、先端にカギ爪の付いた縄を投げ込んで来る。


 ちっ!

 今川軍は兵数が多いから、玄武隊の攻撃も全体から見れば微々たる物なのかも……。


「御屋形様! 御下知を!」


「上から石を落とせ! 槍で突け! 縄は切るのだ!」


 板垣さんに言われて、慌てて守備兵に指示を出す。

 守備兵たちが動き出し、足場城壁の上から石を投げ落とし、カギ爪の付いた縄を切る。


 まずいな……。

 あっという間に城壁に取りつかれてしまった。

 これは地雷を使った方が……。


「板垣さん! 地雷を使いましょう!」


 俺が地雷使用を口にすると、板垣さんはポカンとした。


「まだ、いけません。事前に策を決めたではありませんか。地雷は、ここぞの勝負所で一気に使うと」


「そりゃ、そうだけど……。敵は多いし、もう城壁に取りつかれたし……。不味いんじゃ……。ああ! 弓隊全部を甘利虎泰に預けるんじゃなかった!」


「何! これくらいどうと言う事はありません! 御屋形様はどんと構えていてください。さ、少しお休みになって、落ち着いて下さい。私が見て参りましょう」


 俺は板垣さんに無理矢理城壁の陰に座らされた。

 板垣さんは守備兵に指示出しに行き、俺は一人になった。


(落ち着けか……)


 一芸【上大蔵(じょうおおくら)】から、買いだめしておいた缶コーヒーを取り出す。


(甘いな……)


 砂糖とミルクをマシマシした甘いタイプの缶コーヒーの味に、思わず頬が緩む。

 しばらく、缶コーヒーをチビチビ飲んでいると、大分気持ちが落ち着いて来た。


(いや、さっきは絶対あせっていたよな。雰囲気に飲まれると言うか。いつもの俺じゃなかった)


 立ち上がって、足場城壁の様子を見る。

 今川兵は城壁に竹ハシゴを掛けて、登ろうとしている。

 だが、その人数は多くない。

 それに竹ハシゴは、城壁の半ばまでしか届いていない。


 足場城壁の周りに、ごちゃっと今川兵がいるけれど、足場城壁から5メートルも離れると今川兵はいなくなる。


 今川軍の兵士のほとんどは、後ろに控えているのだ。


(これは……! 冷静に見れば、大した攻撃じゃないよな)


 どうやら、俺は初陣で舞い上がっていたのだ。

 双眼鏡で広場の奥に控える今川兵の様子を観察する。

 装備はバラバラで、足軽兵と言うよりは雑兵だ。


 足場城壁周りの今川兵を改めて見ると……こいつらも雑兵だな。

 ボロイ服に腰に刀だけぶら下げて、鎧や兜はつけていない。

 剣道の胴みたいなのをつけている雑兵がちらほらいるだけだ。


 双眼鏡で本栖湖ほとりの今川軍本陣を見ると本栖湖ほとりの方が沢山の兵がいる。

 本陣近くの兵士は装備がそろっていて、映画に出て来る足軽兵と変わりない。


(こっちが本命だよな。まず、雑兵をけしかけて俺たちの出方……防御戦術を観察しているって事か!)


 危ない、危ない。

 あせって地雷を使ってしまう所だった。

 序盤で切り札を使って、どうする!


 今川軍からすれば、足場城壁で囲った本栖城は見た事も無い城のはずだ。

 当然、どんな仕掛けがあるのか、警戒するだろう。

 雑兵で攻撃させて、情報を収集するつもりだ。


(小手調べってヤツか……。今川軍には太源雪斎がいるんだ。流石だよな)


 俺はトランシーバーで香に呼び掛けた。


『こちら城壁右。城壁左の香。そっちはどう?』


『大丈夫よ! 問題なし!』


『まだ、敵さん小手調べだね』


『そうみたいね』


 香は落ち着いた声を出していた。

 香が話す後ろで、恵姉上と妹の(みなみ)の声が聞こえた。


『よいぞ! よいぞ! その調子じゃ! 今川なにするものぞ!』


『二番隊! 城壁に上がって! 一番隊もうすぐ交代だからね!』


 恵姉上が守備兵を鼓舞して、しっかり者の南が守備兵のローテーション管理をしているらしい。

 二人ともしっかり働いて、香をサポートしている。


 女性はこういう時に腹が座っているな。

 俺もしっかりしなきゃ!


 俺は両手で頬をはたくと、板垣さんの所に向かった。


「板垣さん。そろそろ七番隊と八番隊を入れ替えましょう」


「かしこまりました。どうやら落ち着かれたようですな?」


「初陣で舞い上がっていたようです。もう、大丈夫です」


「それは、良うございました!」


 俺が担当する城壁右は、七番隊と八番隊を入れ替えた。

 大手は八百人の守備兵がいるが、全員を一度に足場城壁に上げられる訳じゃない。


 そんなスペースもないしね。

 一組八十人で、十組に分けている。


 城壁左が一番隊から三番隊。

 城壁中央が四番隊から七番隊。

 城壁右が八番隊から十番隊。


 この組分けローテーションは、小山田虎満の発案だ。

 小山田虎満の一芸は【難攻不落】。



【難攻不落:籠城戦や守勢において非常に高い能力を発揮し、築城に高い能力を発揮する】



 ヤツがいるかぎり、本栖城が落ちる事は早々ない。

 自信を持ってやろう!


 こうして本栖城防衛戦の初日は、今川軍が様子見の攻撃をして早めに引き上げた。

 俺たちは勝どきを上げ、初日防衛を喜び合った。

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