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8.亡霊

 64人殺した。


 "魔法剣"こと、頬白洋二は日に日に増えていく人数に恐怖していた。だが、やらなければどうなるかわからない。故に剣を振るう。

 1人目の顔や声をよく覚えている。洋二の頭に焼き付いていた。

 夜中眠る時、64人が自らの周りを飛び回り、殺す寸前のように泣き叫び、すすり泣き、罵倒する。そうして飛び起きるのだ。

 だがそれは、実のところ正しい認識ではない。


 例えば1人目。訓練場のど真ん中で、断頭台にくくりつけるように転ばされた死刑囚だった。

 頭陀袋に包まれていた為に顔は見えなかった。声はそもそも洋二には聞こえない。彼の耳はこの世界の発音方法に対応していない。頭陀袋の中では猿ぐつわを咬まされていたので、どのみち呻き声ぐらいしか聞こえなかったが。

 さらには、終わった後に頭陀袋の中身を見たという訳でもない。嘔吐している間に遺骸は片付けられていた。ならば、彼は誰の顔と声を覚えているというのか。


 新品だった剣は血と脂に汚れ、吐瀉物に浮かんでいる。何度も叩きつけるように振るった為に刃こぼれし、形も歪んでいた。

 断頭台に、足元に、べったりと残る赤。それを全身に浴びてしまった洋二も真っ赤だ。乾き始め、くすみ始めた色が眩しい。

 その頃から耳の奥に、助けてくれと、殺さないでくれと叫ぶ声が残っている。

 人殺し! と周りを囲むクラスメイト。お前は死ぬべきだと、両親が囁く。殺された男が、真っ黒な顔を輝かせ、呪詛の言葉を吐き続ける。


 なぜ生きているのだと、死んだ方がいいのではないかと苦悩する。だが死なない。

 両手で数えられる程度の人数だった頃は、ずっとそんな事を考えていたが、いつのまにか、死ななければいけないという考えは消えていた。生きるためと飲み込み続けた。

 首を落とし、落雷を与え、とどめだけを担い、縄を回し、手を緩めた。いつしか、今日の分が終わったと安堵し、闘技場の獣を殺す事に何も感じなくなった。

 それどころか、喜びすら感じる。

 夕食が豪華になるのだ。


 熊豚と、彼が呼ぶ獣は雷の一撃だけでは死なない。豚鼻を持つ熊の体格の有毛獣で、一本の毛が20センチ近くある。これがアースの様な役割を担っている。

 全く効果がないわけではないので、何度も雷撃を当て、動きを鈍らせる。最期に、首を落とすのが確実だ。

 ただ、最期はもう一本携えた、()()の剣を抜く。洋二の使う、雷を纏った片手剣は廃棄を待つだけの粗末なモノ。肉など切れるはずもなく、首など以ての外だ。首を断つために上等なモノが必要だった。

 平和ボケした国にあった青年。彼は毎日の厳しい鍛錬によって、鉄の塊を腰に刺したまま戦えるようになっていた。


 この熊豚、貴族の食卓に出される事で有名だ。


 つまりは美味なのだ。筋肉質で食用的ではないように思われるが、火を通すほどに柔らかく解ける。肉肉しいフカヒレを思い浮かべてくれるといい。野生的臭みも少ない。何日も漬け込み必死に臭い落としをした猪肉のように、ないわけではないが、まぁマシと言ったレベルか。ただ標準的に考えれば、ないと言っても構わない。

 そんな肉が、夕食に並ぶ。

 実のところ、牛や豚、鶏に比べれば美味しいとは言い難い。洋二の好物であるハンバーガーや、イカ飯に比べれば味がない。

 だがそれでも、長らく奴隷生活を続けるうちに、舌が妥協し始めた。


 この熊豚、山の王とも呼ばれ、というより一般的にはそう呼ばれる。そう呼んでいるのは、名前もわからない洋二だけだ。

 かの獣にはもう一つ有名な事案がある。その凶暴さである。年に数十ものハンターを返り討ちにする。山の王の単独撃破など、世界に一握り。限られ、つまりは人気の演目だ。

 何度も"魔法剣"の技を見ることができ、その凶暴さも折紙付き。毎回やっていれば、飽きられてしまうが、わりと頻度は多い。その度に、貧相な食事に加えて肉が食べられるなら喜びも増すというものだ。


 そんな風に、獣を殺す事に喜びを覚えながら、人を殺す事の忌避感をぬぐいきれていない。食事への執着が見え始め、闘技場職員の多くは安堵を覚えた。まぁ、こちらもそのうち慣れるだろうと、笑う。


「うわぁぁぁぁぁ!!!」


 叫びながら、洋二は目を覚ました。食べていたハンバーガーから、腕が生えたのだ。黒焦げの2人目の顔が生えて来たのだ。

 時刻は夜中も夜中。夜の最も深い時間。本来ならば、迷惑な話であるが、洋二の発音器官はこの世界のものではない。誰にも迷惑をかけるわけではない。生活音まで変わる事はないので、神経質なモノならば、気がつくかもしれないが。

 何の偶然か、ちょうどその部屋の前を見回りの男が通っていた。覗き窓から、部屋を除き、脱走がないことを確認して回っていた。ガチャリと覗き窓を開けた瞬間、洋二が飛び起きたモノだから、思わず声を上げた。


 覗く暗闇は、月明かりでジワジワと姿が見える程度。ベットの上で上半身を起こし、肩で息をするしるえっとを見ていた。

 口元に手を当て、サイドテーブルに置いた木桶に手を伸ばし、湧き上がった不安を吐き戻す。木桶を元の位置に置き、代わりにその横にあった雑巾を手にする。

 そこまでひどい布ではないのだが、洋二には雑巾にしか思えない。それを使い、口元を拭う。胃酸の臭いが鼻についた。

 雑巾を膝元に投げ出し、背中を丸め、洋二は両手で顔を覆う。指が目を覆い、吐息を掌で受け止める。初め粗かった呼吸は、段々と間隔を開け落ち着いていく。

 食事に逃げるのも、限界というモノがある。食事以外にも逃げるものはあるが、没入できるのは最中だけで、事後には一層の恐怖がつきまとう。

 感覚が残っている。全身が血に汚れ、吐く息が焦げ臭い。


 呼吸がだいぶ整った頃、洋二は再びベットに横になった。足元に跳ね飛ばした厚めのタオルケットのような掛布を整え、目を閉じる。月明かり以外の灯りのない夜に何ができよう。

 この後また飛び起きる事になろうとも、眠らないという選択はない。明日はまた試合がある。ゆっくりと身体を休まねばならない。

 明日はどんな対戦相手になるのだろうと、目を瞑り、思考を巡らせる。先日戦ったばかりだが、熊豚がいいなと思考する。

 身体が肉を求めた。それ以外は硬く、臭く、味も無い。食べられたものではない。それでも空腹には勝てない。


「帰りたい…………」


 両親の顔が浮かび、漏れた言葉を抱くように、ベットの上で丸くなる。2人の事を呟いた。友人の名前を呟いた。気になっていた少女の名を呟いた。


 "魔法剣"に巣食う亡霊は死を叫び、夜は一層更けていく。

約2500字。

次回は来週月曜日。


焼肉食べたい。

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