7.指導者
「アイツは才能がねえな」
コロセオの闘技場が誇る三枚看板が1人、"焼け野原"ことソリタリオがそうボヤく。
彼の脳裏にあるのは当然、三枚看板の地位を揺るがす新人。"魔法剣"の姿だ。
「言うほどですか? 小隊長。アイツ、たった1月で見違えるほどになったじゃないですか」
厳しい目で見過ぎですよと、闘技場の職員の男が、ソリタリオのボヤキに反応した。隣を歩いていたその男の手には、ソリタリオの手枷に繋がる鎖が握られている。
2人は地下の訓練場から、ソリタリオに与えられた部屋に戻る最中だった。なだらかに登る長い廊下は、闘技場の外周に沿っており、直線ではない。外周を廊下として使うのは少々無駄な気がするが、空いているスペースを有効に使ったものであるので、むしろ無駄がない。
中途、様々な部屋もある。だが、基本的に人のいない廊下だ。
「小隊長はやめろって言ったろ」
元部下である男は、一応返事をし、再びソリタリオを小隊長と呼んだ。彼が軍に入ったのはソリタリオがいたからであるし、辞めたのはソリタリオがいなくなったからである。
もちろん、闘技場の職員となったのも、ソリタリオが剣闘奴隷の身分に堕とされたからだ。人のいない廊下というのは、元の関係で話すのにちょうど良い。
別に見つかったからと言って何かお咎めがある訳ではないが、奴隷の身分にあるソリタリオをたてるのはあまり褒められたものではない。二つ名持ちの重要な剣闘士であってもだ。
「元々が酷過ぎただけだ。事実、剣技は騎士学校の悪ガキどもにも劣るだろうよ。もとより、あんだけやって、まだ気分悪そうにしてやがる」
何だかんだ、ソリタリオは彼との関係を喜んでいる。
「そっちの話ですか。確かに、アレは酷いですね。殺せないヤツってのはたまにいますけど……、いったい、今までどんな生活をしてきたんですかね?」
敬愛する元小隊長の言葉を受け、脳内で悪ガキと"魔法剣"を戦わせる。そして、目にクマを貯めたまま、剣を振るう青年の姿を思い出す。
俺が立候補したのは元々そっちの矯正だと、ソリタリオは苦い顔をみせた。
最近は嘔吐こそしなくなったが、目に見えて憔悴している。動物ならば解体だってするようになった。だが、人型はどうにもダメらしい。
首から溢れる赤や、漏れ出した黄色、燻る黒。そう言ったものを見ただけで蹲る。しかし、戦えなくなる訳ではなかった。相対すれば、斬首台に剣と共に立てば……。結果的に、彼は剣を振り下ろす。
ソリタリオの課した訓練の確かな成果ではあった。笑って殺すようにならなかったのは彼の手腕であった。絶妙なラインで壊す事がまだできていないのだ。
あくまで"魔法剣"の人間性とか、倫理観の問題なのだが、それをソリタリオは才能と呼んだ。
困ったものだと溜息をついて見せて、笑いを誘うソリタリオ。
ふふと、笑いを零した職員の男。
そこに、もう1人、男が混ざった。
人のいない長い廊下の少し先から顔を出す。どんな生活をしてきたか、という疑問に答えたながら、彼は現れた。
「"魔法剣"のかつての痕跡は、全く見つかっていないらしいよ」
「は?」
と、2人の声が重なる。無礼な振る舞いであったが、仕方がない事だろう。
突然、廊下の2人の話題に、部屋の中から入ってきたのだ。部屋と廊下の間に窓などが作られているわけでもなく、曲線の内側にある部屋のドアがどうなっているかは見えにくい。
ほとんど、不意打ちに近いのだ。彼は話題に入ったつもりであったが、突然過ぎて会話に入れていない。むしろ、いきなり話題を振ってきたに近かった。
故に反応できず、素の性格が出てきてしまった。
ただ、仕方がない事だなど、言える訳がない。
「デセオ、ソリタリオ! この方は、ベスティガド家のマヒア様だぞ!」
と、叱責が飛ぶ。部屋の中からの声である為、姿は見えないが、闘技場幹部の男もいるらしい。
その声をのんびりと制する顔だけの男、マヒア=イン=ベスティガド。貴族位を持つものに非があるはずなどない。
元々、中央の帝城守備隊に属していた2人は、顔こそ知らなかったが、その名前を知っている。ベスディガドの名が出た瞬間、条件反射で跪いていた。
貴族位を有するというだけではない。こんな西にいるような存在ではない。2人の身近な貴族位にある者と言えば"銀貨"だ。彼の実家であるエンビディ家をはじめとする一般貴族とは格が違う。
マヒアはそんな事は気にせず、今のは自分がいけなかったと、貴族にあるまじき事を述べた。平民ですら、気のおけない仲でもない限り、安易に自分の非を認めるなどありえない。貴族ならば、よっぽどの事でもない限り、相手が平民であればなおのこと。
「そんな事はどうでもいいんだ。私は、君達と話がしたい」
付き合いたまえと、部屋の中に誘う。
逆らえるはずもなく、腰を上げ、入り口を潜る。何故こんな闘技場の裏側にと考えた。しかし、一目で彼らが何をしていたのかがわかった。
目の前の壁が大きくくり抜かれ、出窓のようになっていた。そこに向けて背の高い椅子が2つ置いてある。
その部屋に入るのは始めてだったが、向こう側に何があるかをソリタリオはすぐに察した。
訓練場を見下ろす、そのうちの1つの窓。
"魔法剣"とソリタリオのやり取りを観ていたのだろう。
「そこに腰をかけたまえ、"焼け野原"」
部屋の中央に置かれたテーブルの向こう側に白い布で覆われた長椅子。向かい合って入り口側、数歩先に木の丸椅子。両方の壁際に木の長椅子が1つづつ。
もちろん、ソリタリオは木の丸椅子に促されている。奴隷という身分である事を考えれば、破格の扱いだ。
マヒアと美しい女が、布で覆われた椅子に腰掛けている。その両側に護衛らしき男が1人づつ立ち、闘技場幹部2人が左側壁際の椅子に腰掛けた。入り口を挟むように護衛らしき男がさらに2人。元部下の闘技場職員の男は、右側の長椅子に案内された。
ベスディガド家が使うには、部屋が狭すぎる。
だが、マヒアは全く気にしていない。それよりも気になる事が、話したい事があるのだと、目を輝かせている。
「"魔法剣"の話をしようじゃないか!」
指導者は、"魔法剣"をよく知らない。
ソリタリオは目を白黒とさせ、丸椅子に着いた。
約2500文字。
次回は来週月曜日。
もっと文字数があった方が読み応えがあって……、と思ってはいますが、まぁ、こんな感じです。
更新頻度を早められるよう頑張ります。
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