6.死刑囚
生き残れば釈放。
刑務作業前の点呼の後、事務連絡としてその場にいた全員に伝えられた。強制ではない。希望者がいればと添えられた条件だった。
前科モノであることを示す焼印が消えるわけではない。今すぐ娑婆に出る事ができるというだけだ。これが死刑囚や、終身刑を受けた者ならば美味しい話だろうが、ここにいる者に旨味は少ない。
パンを盗んだ者、酔っ払って喧嘩をした者、政治などわからぬが激怒して皇帝に文句を言いに行こうとした者。ここは比較的に軽い罪を負った者達の場所だ。
命などかけずとも、少し耐えればすぐに出る事ができる。もっとも、少しとは言っても年単位の時間を必要とするが。
何をすれば良いのか、何かから生き残るのか、フェアなのか。一切合切が説明されなかった。少数派だが、説明の言葉の中に何かメッセージが隠されていたのではないかと疑う者もいた。
件の連絡は、あまりに事務的であった。突如始まり、突如終わった。
「それから、朗報だ。ちょっとしたイベントがある。参加は希望者のみ」
その言葉に食いつく者はいなかった。
舎中の9区画でほぼ同時に点呼行われていた。どこを切り取ってもそれは変わらない。
収監して間もない者は少し心躍らせた。だが、許可なく発言する事でどうなるのか、知らぬ者はいない。看守の次の言葉を待っている。
「賞品は保釈の権利」
目を輝かせるものが何人もいた。背すじが少し伸びた。聞き流していたものが、何の話かと視点を定めた。
あらゆる理由で外に出たい者はもちろん存在する。
「ちょっとした実験に参加してもらう。死ぬ可能性もあるが、生き残ればそのまま釈放だ」
思わず声を漏らした者もいた。少ない数ではない。普段ならば看守が烈火のごとく怒るが、今朝は何のお咎めもなかった。
繰り返すが、命をかけるなど割りに合わない。
「明日の朝、点呼の後に希望者を募る。考えておいてくれ」
以上と締め、看守は作業場へ移動する様に促す。。
質問時間などない。実験の内容も公開されずに終わった。
囚人番号1582は懲役2年。10日ほど前に半分の1年を迎えた。
これまでの1年が辛かったかと聞かれれば、彼は同然の様に肯定を返す。しかし、今回の件に立候補したいかと聞かれれば……。
「俺は不参加だ」
命をかけるほどではないと欠伸をした。
刑務作業を終えた後には、塀の中の庭で運動の時間という自由時間がある。1582番は仲良い5人の囚人と会話をしていた。
1333番のどう思うという問いに、真っ先に答えた。あんな条件、ふざけていると思っている。辛い1年だったが、命をかけてまで出たいとは思わない。
「釈放だぜ? 後悔すんなよ」
しかし、信じられない事にそれは少数派だった。6人中4人が参加派。下衆な笑いを見せる4人を1582番と1333番の不参加派は眺めていた。
辺りを見回せば、同様の会話がされている事は明白だ。
そうして気がつけば、1月が経っていた。その間、順調に檻の人間が減った。
眩しい日差しの照りつける中、1852番と1333番はヘチャリと潰れている。昨日までの仲のいいトリオは、コンビとなっていた。
あの日の希望者達は、毎日同じ時間に、囚人番号の若い方から、少しずつ消えて行った。その後の処遇はわからない。
それどころではなかった。
人が大幅に減るにもかかわらず、施設全体に与えられた刑務作業の総量には大きな変化はなかった。最初の数日は良かったが、人的資源は減っていく。
結果的に不参加組にかかる負担は日に日に大きくなった。奴隷の様だと評されていた刑務作業は、例えようのない地獄へ堕ちた。
「生きているか?」
「いいや、死んだ」
とコンビ。じっとりとしたセリフはまさかと言わんばかりに濡れている。お気に入りの1枚に悩むべきかと噛む。
増えた仕事に押しつぶされ、施設自体が疲弊している。
「こんな事なら、出て行った方が良かったか?」
肯定。ジッと考え込む。
「危険過ぎたろ」
「もう一度来たら、飛びつく奴は多そうだな」
「まだ仕事が増えるのか」
その光景が容易に目に浮かび、2人は黙る。
もう一度が来るのは案外に早かった。希望者が募られたあの日から、3月もしないうちに動きがあった。前回と違い、今度は制限がかけられていた。
「対象は1名」
3月も経てば、環境は再び調整される。ギリギリのラインで弄ばれ、ここに来て少し減っている。
誤差の様なモノではあるが。
さて、残った面子がどうなったのかはかくして語らぬ。
死刑囚に人権はない。
剣が振るわれる恐怖に怯え、断頭台で目を瞑る。
約1800字。
デットライン? なにそれ。
次回は来週月曜日。
頑張ります。