3.奴隷商
二足三文で売りさばいたゴミが、実は金の卵を産む雌鶏だった。それを知った欲深な者が何を考えるか。
畜生と声をあげて、それでも潔く諦めるだろうか。次こそはと、失敗を糧にしようとするだろうか。嘆くばかりで反省もせず、地団駄を踏むのだろうか。酷いモノはならば、もっと金がもらえたと喚いて、すでに決められた契約を反故にしようとする愚者。契約の隙をついたと腐った息を吐いて笑う詐欺師や、約束自体がなかったと駄々をこねる嘘吐きなんかもいるだろう。
"魔法剣"を闘技場に売りさばいた奴隷商、"顎髭"のレンコールは少なくとも社会規範に乗っ取った商人である。
二つ名はその見た目と癖から来るもので、彼自身は納得していない。幸運の金眼でもなく。純真の白髪でも、信用の赤肌でもなく。顎髭。しかし、髭を剃ろうとはしない。
さて、部下の中には、もう少し金をもらってもいいんじゃないかと喚くものもいた。しかし、それを一喝し、レンコールは書類の山に目を戻す。仕事に戻った。彼が何を考えているのか、その部下にはよくわからなかった。
「"黒目"の確保は済んだか?」
しばし、書類と向き合い続けたレンコールは、瞬きを二、三度意図的に続けた。文字から目を離さずに、問いかける。
指示を出していたのは、"魔法剣"と似た特徴を持つもの。あくまで影響が出ているのが、魔力という点である為、生まれつき魔力を持たぬ印をもう持つ者にアタリをつけた。
「えぇ、レンコール様。今のところ、3人です」
「5日で3人なら上等じゃないか」
「向こうも察しているようで、1番に紹介されました」
流石の"聞き耳屋"ですね、と笑う。あの"魔法剣"の試合から、まだ片手で数えられる日数しか経っていないというのに、仕事が早い事だ。
とはいえ、あの試合の後であれば、誰だって二匹目のドジョウを考える。
人攫いどもは、新たな市場に興奮した。学者達はかつて、不可能とされた力を見せつけられ唖然とし、その解明を唄い出す。ただ、情報は未だ混沌としている。
例えば、"魔法剣"は両性具有である。例えば、敵国の改造兵士。例えば、雷と共にこの地に降り立ったところを奴隷商に捕まった。記憶喪失だ。目が見えない、耳が聞こえない、話すことができない。頭に彼の言葉が直接響く。
見て分かる情報は黒髪、黒目の珍しい肌の色。だが、それすらも正しく伝わっていない。
レンコールは書類から顔を上げる。なかなかに楽しそうな表情だ。
「ふっかけられただろ?」
「はい。そんな値では買いませんでしたが」
高いと呟いたら適正価格になりました、と笑う。
何がしたかったんだアイツは、とレンコールも同意する。
聞き耳を立てていた部下の1人が想像を膨らませたのか、笑い声を漏らした。
「もう少し、手に入りそうか?」
「いえ、すぐには難しいかと」
右腕の男の言葉に頷き、思案する。情報が落ち着くまで時間がかかると思っていたが、あまり猶予はないらしい。
どうだ?と曖昧に問いかける。
「出荷の準備はできています」
予想していたように、ノータイムで回答がくる。レンコールは、ほうと、顎髭をなでた。そのまま、親指と人差し指で髭の先を摘み、こよりを作るように二本の指を擦り合わせる。
早い方がいいなと、立ち上がったレンコールは手を叩く。そんな彼に、別の部下が問いかける。
「ふっかけるんですか」
「赤字分ぐらいはな」
考えてみろよ、顎に触れる。
「お前は、あの薄汚い人攫いが似ているだけの商品を持ってきたとして、望みの値段を出してやるか?」
それは、もう少し金を貰えたと騒いだ部下に対する叱責と似通っていた。
あの薄汚い人攫いに、これ以上金を払うのか?
欲しいのは、"魔法剣"を役立たずと判断するまでに要した費用。儲けがあれば何よりだが、赤字分も取り戻せれば良い。
「そんなものより、俺は信頼を買いたいのさ」
分かるだろと、ほくそ笑む。
「しかも、国に恩を売れる機会だからな」
「国ですか? 闘技場じゃなくて……」
教育が必要だなと、呆れ顔のレンコール。見直しますと、右腕の男は冷淡で温和な表情。
2人の上司の特別な視線に、汗を書く男は目を白黒させる。まだまだ新参の彼が慌てるのは当然だろう。
よくよく見れば、上司2人は小刻みに身体を震わせ笑い出しそうになっている。それをこらえている姿を見れば、おどけて言った台詞なのだろうと容易に想像がつく。が、正直言って笑えない。
右腕の男が、新入社員教育を始める。
簡単に言えば、闘技場は国の息がかかっている。闘技場は、あらゆる理由で第二第三の"魔法剣"を求めている。
闘技場としては、商業的な理由もある。
神の御業を操るモノが傘下にいるなんて、なん良い響きだろう。例え、それが如何に不遜な夢であっても。
そうでなくたって、有用であった。
人間一人を犠牲に放つ、放出系の魔法を使用したにも関わらず、ステージ上の彼は生きていた。情報屋によれば、まだ死んではいないらしい。そんなものが一人、ないしは複数いればどうだろう。
彼の存在が、できることを証明してしまっている。
レンコールは顎髭を再びいじり始めた。もし、噂通り"魔法剣"が他国の兵士であったならと考えてしまう。
帝国は、純粋に第二の"魔法剣"が欲しい。ならば、作るか、得るか。
材料が必要だ。現品が必要だ。
奴隷商は、"魔法剣"を見ていない。
約2000文字。
次回はまた月曜日。
例によって、まだ続きを書いていないのです。
逃げ道は投げ捨てるモノです。