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2.同僚

 憧れの集まるところ、一方で、違った目が向けられる。


「すっげぇな……」


 ポツリと漏れた声をしっかりと耳に収めたが、ムエルは無視する事にした。否定するのも不自然であるし、あんな闘い方ができるかと聞かれれば、現状不可能だ。

 故に、積極的に関わりはしない。幸い、その声は"魔法剣"が身に纏う音にかき消される。

 最近、観客のノリがおかしいと思い始めた。客層が変わり、恐らく収容人数ギリギリの運用に変わっているのだろう。

 以前までならば、ムエルの名前が呼ばれただけで闘技場は歓声に包まれた。それが今は、残念そうな溜息が先行し、場合によってはそのままその場を支配する。


「"魔法剣"……?」


 違和感を問うてみれば、帰ってきた答えはあからさまで単純。

 "銀貨"と呼ばれる剣闘士、ムエル=オロ=エンビディよりも、人気のある剣闘士が現れたとその二つ名を伝えられた。

 暗に"金貨(いちばん)"ではないと言われている気分になるムエル自身の二つ名とは違う。唯一無二の技を冠している。


「アイツは一体、何者なんだい?」


 ムエルは後ろに控える闘技場職員の男を振り返る。


「わかりません」


「わからない?」


 割り込むように会話に入ってきた"双魚"が聞き返す。

 そこ行為が自らの命に直結するものだと、何度言えば、わかるのだろうと、軽薄な男に嫌悪感を示すムエル。ただ、咎めるような事もせず、そのまま流しておく。

 割り込んできたその目は、ギラギラとした興味に光っていた。こういう目が、最近の闘技場に溢れている。ムエルはそれを、狂信者の目と蔑む。

 受け答えする職員の男にも、狂気の色は見える。ムエルは少々うんざりとしている。

 本来ならば、貴族の会話に割り込んではいけないと、"双魚(奴隷)"に言い聞かせる立場にいる闘技場職員(平民)は、自身の興味を優先したのか、それをせず会話を続ける。ここでは、特別な配慮をしなくてもいいと言っているが、ムエルは彼の行動に腹を立てた。


「人の声が認識できず、発声もできない様なんです」


 貴族位にいる人間に負の感情を抱かれているとは気がつかぬまま、説明がなされる。つまりは、意思疎通が取れていないというだけ、怠慢だとムエルは切り捨てる。


「えー、聞こえないのかよー」


 と"双魚"が残念そうな顔を"魔法剣"に向けた。話してみたかったのに、という呟きは掻き消されることなく、今度は平等に耳をくすぐる。"双魚"を一瞥し、闘技場職員の男が「いえ……」と口を開く。


 それを邪魔する様に、闘技場が歓声に包まれた。自分の試合で、ここまでの歓声が上がったことなどあったろうかと、ムエルはその音を見上げる。彼は、歓声を受ける人物に対して、自分が妬みの感情を抱いている事を自覚していた。

 その感情がさらに強くなる。

 奴隷が、剣闘奴隷風情が彼自身よりも目立つ事が鼻持ちならない。剣闘奴隷など、死ぬのが仕事だ。

 己が力を試したいと、この世界に踏み込んだ"銀貨"には、認めがたい。元々兵士だったとはいえ、奴隷の身分である"双魚"や"焼け野原"と同列に語られる事も嫌だというのに。


 言葉も発せず、ジッと"魔法剣"の試合を観戦していた"焼け野原"が呻きの声をあげた。


「アイツ、吐いたぞ」


 汚ねぇなぁ、と潰れた喉で歌う。


「"魔法剣"はいつも あぁですよ」


「いつもだぁ? 試合後に吐くなんざ……。いや、あの剣の副作用か?」


「人前で吐くのは嫌だなぁ」


 あの剣、触らせてもらおうと、思ったのに、と口を尖らせる"双魚"。

 そんな、軽い男の言葉を当たり前のように無視し、職員の男は"焼け野原"の質問に答える。その言葉に、ムエルはさらに不信感を募らせる事になる。


「いや、違います。どうも、アイツ。殺せないみたいなんですよね」


「はぁ? 巫山戯てんのか」


 ここで? と、乱暴なもの言いで人差し指を地面に向ける。"焼け野原"は額に皺を寄せ、もう一度ステージに目を向けると、ムエルの方に振り返った。その顔はいつものように、表情の少ない彼の顔だ。干上がった湖の底のような紺色のスキンヘッド。

 お辞儀をし、発言を求める。その所作は、それなりに洗練されており、直前の粗暴な彼は隠れていた。

 ムエルはその所作を形上は咎めるが、内心では満足していた。発言許可というか、会話の許可を与える。


「エンビディ様は、そんな者がここに耐えることができるとお思いでしょうか?」


 正式に継ぐ事はまずありえない家名が、ムエルはあまり好きではない。だが、彼は確かにエンビディ家の一員なのだ。


「普通、耐えられんだろう。そのうち慣れるかもしれない。潰れるならば、それまで。ソリタリオ、お前あの方が詳しいだろう?」


 要約すると、潰れる前に鍛えたいという申し出と、やりたきゃやれという内容。

 恐縮とばかりに頭をさげる。

 ソリタリオ。"焼け野原"と呼ばれるコロセオの闘技場の3枚看板の1人。元帝城守備隊の彼が、"魔法剣"を救った事に、誰も気がつかない。彼の命を奪うはずだった男も、居合わせただけの男も、彼を救った男自身もみな。


 ムエルは闘技場に這いつくばる虫に、目を向ける。観客達は吐き戻した事自体はどうだっていいのだろう。歓声は収まる様子がない。

 彼は舌打ちをした。歓声が、それをかき消す。無意識であった。


 同僚は、"魔法剣"に、夢を見る。

約2000文字。

次回は来週月曜日。

例によって、まだ書ききっていないのです。保険をかけて1週間。

少しずつ、間隔を詰めていきたい所存です。

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