1.少年
兵士長の三男坊アドミラは、"魔法剣"の出場した三試合、その全ての勇姿を観た。
一戦目こそ無様な姿も晒したが、二戦目三戦目と危なげのない完勝をみせた、と誰もが知る情報を誇らしげに謳う。
どうしても動く事ができなくなってしまう子どもの手仕事。その傍ら、彼らのリーダー格の一人であるアドミラは試合内容を円形に集まった友人達に語り、片手剣を両手で持つ姿を真似る。神に選ばれた印だとか、神界を追放された証だとか語られ始めた黒髪を思い浮かべて前髪に彼の拳が触れた。
そして、やはり話題の中心なるのは"魔法剣"の持つ片手剣。神罰を宿したと噂される、魔法の剣。アドミラなんかは目を輝かせ、熱く語る姿は年相応で、いつものスカした姿はない。
「昨日の試合はすごかったよな」
と、アドミラの言葉に、一人の少年が反応した。やっと見る事が出来た"魔法剣"の姿を思い出す彼の口元は緩み、ニヤニヤとしている。
いいなーと、羨望の眼差しを向けるモノもいれば、だよなーと、賛同する声もある。男女入り混じった三十数人が一堂に会して一つの話題に花を咲かす。普段は仲の良い者同士で話す事の多い事を考えれば、異様な光景。そんな中、賛同の声は少数派だ。
「私も観たいなー」
と少女。彼女はまだ"魔法剣"の試合に遭遇した事がない。三十数人の少年少女。そのうちの八割に分類される。
それでいて、二試合を観戦できた者はゼロ。三試合全てを観戦したアドミラは、中々に異端だ。
一度でも観戦していれば、かなり運が良い方というのは分かってもらえるだろうか。そんなラッキーボーイに人が集う。
こういった姿が街のあちらこちらで見られた。子供だけではない。青年や、いい歳した壮年の男性までもが、子供のように目を輝かせている。
吟遊詩人は唄を披露し、靴屋の男が逸話を語る。鍛冶職人の元に予約が集まる。
露店では、"魔法剣"変身セットが売られている。店主の男はホクホク顔だ。
「"魔法剣"様々だぜ」
と、誰かが呟く。
街は"魔法剣"の話題ににあふれていた。
彼らの住むコロセオは大きな街とは言い難い。
広大な領土を持つ帝国に、五つしかない円形闘技場。その一つが作られたとはいえ、港町や東や南の国境の街の方が賑わっている。西の街道の要所ではあるが、西には小国を挟んで非同盟国。あからさまに言えば敵国。目立つ所がない。
目玉の一つとなった闘技場も、規模は最も小さい。一流剣闘士と呼べる存在は"銀貨"、"双魚"、"焼け野原"という二つ名で呼ばれる三人。
そこに現れた異物。
たった二試合で、"魔法剣"とあらゆる感情を込めて呼ばれ始めた剣闘士がいる。二つ名がつくというだけでも大したものだが、二試合で、というのは異様な早さだ。
黒髪に、魔力無しの黒い瞳。珍しい色合いの肌。どこか幼さの残るヒョロリとした青年。その闘い方は、非常に乱暴で、華やかだ。
広まった噂は人を呼び、彼の出場する三試合目は闘技場に入れないものが出てきた。他所の貴族も何人か集まった所為で平民階級の席を一部潰して確保する。スペースの減った平民階級の席に、いつもより多い観客。
彼はまだ、一流と呼べる剣闘士には程遠い。三流もいいところだ。剣術だけならば、成人前のアドミラの方が優れている。
だが、街の若者達はこぞって"魔法剣"の真似をする。足を前後に開き、両手で正面につかを握る。振り上げ振るう。その格好はどこか凛々しい。
子どもらのうちの一人が、腰を下ろしたまま、ヤー! と声を上げ上半身だけを真似る。また別の少年がかアーッ! とか、各々に声を張り上げる。どこかマヌケだ。
「だから、声なんて張り上げていなかったって言ってるだろ」
そんなモノマネに、張り合うのはナラドール。肉屋の次男坊だ。彼もまた少年らのリーダー格の一人で、その声に続く者がいる。
声を張り上げるかどうかは、意見が分かれていた。
「だから、お前。見てなかったのか?」
張り上げる派、その筆頭はアドミラ。
「あれで声を出していなかったら、何だってんだよ」
「絶対に声は出してなかったね」
と、ナラドール。左耳を中指で叩く。そんな彼にウンザリとした顔を向けるのが、アドミラグループ。代表して、赤髪の少年が言葉の刃を突き刺す。
「お前が、聞き耳魔法が上手いのは知ってるが、出そうとしているのは確かだろ?」
でも、出ていなかったのよ、とナラドール派の少女。そのまま、ワイワイガヤガヤとそれぞれが自分の見解をぶつけ合う。
観ていないものすらその話題に絡んでいく。
声を出したか、出していないか。出そうとしたのか、出てない事が重要なのか。気にしている大人達はあまりいないが、少年たちには重要な問題であった。憧れの存在に変身するというのは、まずは形からが基本。
そのうちに、次の話題に流れて行くが、少年たちのトレンドは現在一つと言っていい。主軸はあまり変わらない。
その剣闘士を初めて見たアドミラは、一目で彼を侮蔑した。
今でこそ、憧憬の念から忘れている。兵士長の息子として、鍛錬を欠かさない少年の目には名無しの奴隷は無様な身体。
よくそんなモンで、国境を犯したなと、向こう側の隣国を思う。
そうして気がつけば、彼を追いかけている。はじめ、テロリストだと紹介された異国の男は、訂正がなされた。
雲を纏い、光と轟音を伴う創世記で邪悪を滅した神の剣。自然現象だと声を上げた学者が行方不明になった件は記録に沈んだ。
そんな"神罰の剣"を不遜にも自らの剣に纏わせ、振るう。
少年は、"魔法剣"に、憧れる。
約2000文字。
次回は来週月曜。
逃げ場を無くす為なので、まだ本文を書いていないのです。
2020.8.23 改訂
誤字脱字、設定の齟齬を調整しました。