15.奴隷
「私ではないと、誓って言いましょう」
堂々と宣誓した闘技場三枚看板の1人、"銀貨"ムエル=オロ=エンビディは、じっと視線を外さない。威嚇とは違う。自らの潔白だけを訴える強い瞳だ。
自分が疑われる事などわかりきっていた事だと言い切った。そこに怒りはない。誰だってムエルを疑う。
闘技場の支配人、マパチエ=カルボ=アロガンシアもその筆頭だ。この件でムエルが囲い込み戦術なんかを使うなどとは思っていなかったが。しかし、ムエルはそれを否定しているので、それもあながち間違っていないとも言える。
「では、勝手に広まったとでも?」
誰かに指示をしたり、話したりはしていない事を重ねて確認する。貴族同士とはいえ、乱暴な言い方であった。
それに怒りを見せるでもなく、ムエルは冷静に首を振る。繰り返すが、誰だってムエルを疑う。
「そうは言わないが、まぁ、宮廷魔術顧問官殿が持ってきたアレを使ってもらっても構わないよ」
「嘘がわかるとかいうアレですか」
事実、ムエルはこの件に関与していない。意図したモノですらない。せっかくなので乗っかろうくらいの事は考えたが、その程度だ。裏にあるであろう思惑も無視し、呑み込んでしまおうと考えている。
彼にとって"魔法剣"と試合うのはそういうものとなっていた。
「完璧ではないらしいが、どうせ疑われているのだ」
兄上からの追い落としの可能性もある、と自身の運命を悲観したように笑う。ムエルがそんな男でない事はマパチエもよく知っている。その姿が道化の様に映る。
事実、ムエルは内心それならば今まで疎ましくあった兄に感謝しなければならないと考えている。
だが、マパチエはその可能性ならばあるのかと納得を覚える。
ムエルは家を継ぐ事はない。すでに彼の兄が半ば継いでいると言っても良い。変わりがいなければ、他にもやりようはあった。だが、彼は正妻の息子とはいえ、四男坊。妾の子もいる。エンビディ家はそれ故に彼を自由にさせた。
彼は自分の腕を試すと自暴自棄に闘技場に飛び込み、結果、人気剣闘士として民衆からの指示を得た。貴族として闘技場に関わるうちに、エンビディ本家すら関わる事のできない円卓の一員となった。
さすれば、彼の家はどう思うか。
考えずともわかる。
「ムエル殿、貴方はそれで良いのか?」
「構わない。元々、"魔法剣"との試合は望んでいた事だ」
「"魔法剣"に死なれては困るのですよ」
「誰も望んではいませんね」
マパチエも、闘技場、同僚、観客、信者。学者や教皇。皇帝。国があらゆるが望んでいない。
対して、ムエルの死を望むものは多い。
「貴方に、殺傷力のある武器を持たせる訳にはいきません」
「アイツが捌く事ができるとは思えんからな」
マシにはなったが、"彼"に才能はない。
「"魔法剣"はあの剣を使います」
魔法剣を使わない"魔法剣"など、肉の無い肉屋だ。
数多くの実験を繰り返したが、かの雷を受けて生き残ったものはいない。焼け焦げ、ただれる。ヒガンテだけは生き残るが、委細はわかっていない。
結論としては "魔法剣"は殺すことしかできない。
彼は火や氷も使えるが、風は涼しいだけだし、水は濡れるだけだ。そもそも、観客の興味は、宗教家の興味は、光や泥では無い。
雷だ。
「私はね。"魔法剣"を剣闘士にしたいんだ」
剣闘の奴隷はかく語る。
約1000文字。
次回は明後日、月曜日。
誠に申し訳ない話ですが、昨日投稿予約をするのを忘れていました。ギリギリ金曜日なので許していただけますと幸甚です。ハイ。
いつのまにかブックマークが増えていました。
ありがとうございます。