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12.女

 アイエルは奴隷だ。彼女は3つか4つの頃、親に売られた。

 それはどうだっていい。彼らの名前どころか、顔すらもアイエルは覚えていない。むしろ、売られていて助かったのではないだろうかと思っている。

 彼女は奴隷ではあったが、無理な労働を強いられた事もなく、それなりの暮らしを与えられていた。箱入り娘の様な生活かと、問われれば違う。

 掃除や洗濯と言った家事を仕込まれ、字を学び、数を知った。贅沢な食事こそ与えられなかったが、最低限、飢えるような事はなかった。

 他の奴隷は何かを学ばされる事もなく、そのまま放り出されている。育つことは期待されず、そのまま売られていく。

 有象無象とは違うのだとアイエルは誇っていた時期もあった。だが、自分が奴隷である事を理解し、先輩奴隷達から、この世の無情を教えられた事によって人格が形作られていく。


 奴隷商がアイエルの両親に金を渡し、その背を見送った後、最初に行なった事といえば奴隷に彼女の丸洗いを命じる事であった。


「コイツはバケるぞ」


 目の前で素肌を晒すアイエルに未来を見る。

 奴隷商のその呟き、目論見通り、10年の時を経てアイエルは見目麗しい娘と育った。

 腰まで伸びた髪は、勇猛の意味を持つ橙。眼は幸運の金。肌は蠱惑の桃。

 そして、見た目だけではなく、生まれに似合わぬ高い教養を受けてきた。正直採算が合わない気がするが、実の所プラスになる。

 高位の貴族に売られるために。作られた女奴隷だった。


「承知しました。次の試合日に向けて調整いたします」


 そして今、アイエルは闘技場にいる。

 彼女は奴隷商が想定する以上の高位貴族に買われた。貴族の召使い兼妾(オモチャ)としての未来を見ていたアイエルは、剣闘奴隷の秘書として着地した。


「"魔法剣"には言葉が通じぬ、そのサポートとしてお前を与える」


 "魔法剣"の事は知っていた。奴隷につけられるなど、と初めは思った。

 とはいえ、それに満足行っていないかと問われれば、彼女は否と答えよう。かなり待遇は良い。貴族に使われる事を考えれば、扱いは丁寧なのやもしれない。

 主人と言っても同じ奴隷だ。ある種、向こうも高級奴隷とも言える。


 アイエルの1日の始まりは、奴隷としては遅い。1日を10割する最初の鐘とともに目を覚ます。

 まず、与えられた作業服(メイド服)に着替える。用意された部屋は主人に与えられた部屋、その隣の部屋を3分の1に区切った場所。それなりに広い。

 自室の扉を開けば、部屋の残り3分の2。部屋の中心には2人がけのテーブル。窓が1つ、扉が3つ。アイエルの自室と主人の部屋に続く扉。

 まずは朝食の準備から始める。

 とはいえ、作るとか、キッチンに取りに行くという様なことはしない。先ほどの扉の残り一つ。供えられた小窓を開き、手を伸ばしてそこにある紐を引く。これによって、厨房の魔具が光る。そのまま、コレが朝食の依頼だ。

 それを済ませると、簡単にテーブルを整え、目立つホコリを拭き取る。掃除を始めるにはまだ早い。テーブルの準備はすぐに終わる。

 朝食を待つ間に今日の予定を確認し、頭に入れる。自分の予定にも関わってくる。

 そうして、朝食が届き、小窓から受け取る。この扉が開くことは基本ない。2人分の食事を並べ、


 主人の部屋に入る。嫌がるので、一応ノックを3回。反応はない。

 カーテンを開き、ベッドに眠る主人を見る。日によっては起きているが、今日は眠っていた。

 近づき、肩を揺らす。ベッドを揺らそうにも重すぎるし、叩くのは何かが違う。


「"魔法剣"様、起きてください」


 朝ですよと、聞こえない主人に告げる。寝起きは悪い方ではないので、"魔法剣"こと頬白洋二はすぐに目を覚ます。


 ーーおはよう、トーカ


 その様に口が動くが、言葉が発せられないので、聞こえない。聞こえたとしても、言語が違う。理解はできない。

 洋二は親しみを込めて、彼女にトーカと名前をつけて呼んでいた。橙色の髪に、桃色の肌。"橙桃"でトーカだ。とうとう。だが、それをアイエルは知らない。動いた口は、全て朝の挨拶だと彼女は思っていた。


 アイエルは自分の入ってきた扉を指差し、2本の指を立て見せる。朝食ですよ、と合図をしている。

 聞こえないと分かっているはずなのに、口を動かす洋二に倣って、「朝食なので、準備をしてきて下さい。今日は試合で忙しいんですから」と言葉を告げる。ついついハンドサイン以上のことを加えてしまうのはご愛嬌だ。

 そうして、立ち上がり、背を向ける。洋二は着替えをしてから朝食を食べるタイプだ。初めの頃は着替えにも付き従っていた。しかし、彼は恥ずかしがって、肌を隠したがるので、今はさっさと退席する事にしている。


 洋二が2回続けて指を鳴らした。コレが、彼とアイエルの間での彼女の名だ。

 アイエルは振り返り、何でしょうか? と、手を叩く。


 洋二は頭を下げる。初めは何をやっているのかよくわからなかったが、最近はコレがお礼だと分かってきた。


「お礼など必要ないと、いつになったら伝わるのでしょうか」


 私は貴方に与えられた奴隷なのですよ、とアイエルは小さな溜息を漏らし、手を叩く。


 ーー愛しているよ、トーカ。


 頭を下げたまま、告げられる言葉。音が発せられず、口元見えない。伝わることのないセリフ。

 女は"魔法剣"の顔が上がるのを待ち、この国の挨拶の作法を返した。

約2000文字。

次回は来週月曜日。


この世界、美的感覚は割と通ずるものがあります。

作中でその辺が語られるのは、(私が飽きなければ)しばらく後の予定なので先に告げておきます。

個人的な好みは知りません。

というか、橙桃でトーカは完全にノリです。


あと、私は貧乳デザインの方が好きです。

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