9.教師
「では、"魔法剣"のような技を使う事は出来ないと思うかい?」
この国に教師という職はない。厳密には、それを専門としている者はいない。
教育というものは親の仕事だ。他人の子の為に自分の時間を削り、収入を減らすような馬鹿はいない。また、自分で出来るのに、金を払ってまで任せる事はない。
そもそも、子どもには"魔石"の作成という仕事がある。
少なくとも、市井に生きる教師は完全に存在しない。
では、専門としていない者。
例えば、帝国が誇る第13代帝王パドレ=テレモトルエノ=イン=セディオを教育したものは誰か? それは先代帝王の側近達達であった。
では、その側近達を教育したものは? 貴族達を教育するものは?
それは近親者や乳母、それから、同じ貴族の知恵者だった。
「アドミラ」
また君かい? と、マヒアは、高く手を上げた少年の名を呼んだ。マヒアは立派な椅子に腰をかけ、ケラケラと笑っている。その横で、武器を持ち、両脇を固める2人の男が渋い色をしている。
はい先生と、立ち上がった賢い子どもを含め、マヒアの前で地べたに座る子どもらは、汚れた服を着ており見るに耐えなかった。
そんな平民の子らが、自らの主人と会話をするのが気にくわない。
察しのいい子は、鬼の宿ったすまし顔を見て、喋るのをやめた。何時もならばアドミラと競うように手を挙げているであろうナラドールなんかは、縮こまって、息を潜めている。もしかしたら息を忘れているのかもしれない。
少年達のリーダーの片方は接客的で、もう一方は怯えている。さて、どちらが正しいか。少なくとも、アドミラは乱暴な言葉使いはせず、敬って話している。
「いえ、使う事は出来ます。実際に先の大戦で使われたと聴いています」
「よく知っているね。だが、私はこれまで、それを使う事ができない事の説明を、君たちにしてきたつもりだが?」
「使った後に死んでしまうから、使えないのであって……。できないわけではないのだと理解しました」
ふふん、とマヒアは笑う。話の真意を理解してもらえて何よりだと、声色を変えた。
貴族達の教育をなす知恵者が一人、マヒア=イン=ベスティガトは自らの考えをひけらかす。
平民相手に、臨時の教師をしていた。せっかく西方に来たのだからと笑って。
もちろん、貴族が平民に教師をしようなんて、ありえない。はっきり言って、マヒアは狂っていると言って差し支えない。
「その通りだ。"魔法剣"のように雷を操る事をできた不遜な者はいない。だが、彼の"放つ"技は歴史的にも存在する」
子ども達は知らない事だが、マヒアに教師を務めてもらうというのは、貴族であっても難しい。多忙である彼にも限界がある。そもそもの時点でキャパシティオーバーなのだ。
それが今日で3日目。子ども達の"魔石"作成の仕事が終わったタイミングで顔を出し、講義――というよりも話をしている。
遊ぶ時間が減るという事もあって、始めは嫌そうな顔をしていた子ども達であった。しかし、翌日2日目の"魔石"作成の合間の会話から、マヒアの授業の話になっていた。内容としても、計算や文字の事であるにもかかわらず、子ども達の興味をひいていた。
わかりやすく、興味を持てるように離れ技をやってのけた。その合間で、マヒアは魔法について話し始める。つまりは彼の専門だ。
恐らく、というか確実にそちらの方が子ども達の興味を引ける内容である。だが、彼の魔法の授業は子ども達には人気がなかった。
内容が難しい。1日目の初っ端こそ子どもらはワクワクしたが、好き勝手話し始める専門家というのは面倒だ。誰にでもわかりやすく説明すると言うのは、最も難しい技術だ。彼にはその技術はあるが、ほとんど使わなかった。
結果、内容についてきているのは、アドミラと数人。加えて、威圧に負けた者は発言しない為、授業に正しく"参加"する者はさらに減る。
初日、そもそも、魔法とはどういうものだろうということから話は始まった。1番最初の質問に手を挙げ、答えたのはナラドールであった。
誰にでも魔力はある。魔力なしと呼ばれる黒目持ちだって、その身体には魔力が流れている。ただ、魔力の操作性が悪い。使えないに等しいために魔力がないと揶揄されている。
そんな魔力を使い、特異な能力を発揮する。それが魔法だ。
例えば、ナラドールの得意とする聞き耳魔法は強化術に分類される。体内の魔力を流動させ、身体の一部を強化する。
医者や一部の神官が使う治癒術は、まだ解明されていない所が多い。他者の魔力に作用し、治療効果を生み出す。
他にも、捕縛術や音響術と多岐にわたる。
「剣で切るのと、遠距離から矢を放つならば、どちらが強い? が発展し、近づくより先に殺せばいいが全ての始まりだ」
火縄銃の登場が、戦を変えることになった事をイメージしてもらえばわかりやすいかもしれない。
「火種を生み出す魔具を改造する者が現れました」
火力が足りなかった。天文学的な数量の魔石を使って始めて、威力が出る事がわかった。帝国全ての民が一日中魔石を作り続け、それを数ヶ月。それだけの量があれば、1つの武器が一度だけ有効に起動する。
あまりには現実出来だった。効率的が研究された。焼け石に水であったが、多くの魔具を扱いやすくする技術が生まれた。
その一方で、魔法の研究も進んだ。
「たどり着いた魔法は、"放つ"魔法でした」
指向性を持たせる魔具を使った魔法。魔石の代わりに人を使う方法。
「やろうと思えば、"魔法剣"のように剣から炎を放つ事が可能です」
子どもはきょとんとしている。雷を使う方が威力があるので、"魔法剣"は闘技場のステージでその技を使った事はなかった。
しかしながら、
「使った者は死んでしまいます」
放つ魔法は戦争を変えた。いち早くそれを生み出した帝国は東と南の国に圧倒的に勝利を収めた。だが、西方の国は同様の武器を開発し膠着状態に陥った。
なぜ、"魔法剣"は死なないのだろうか。
「さて、そろそろいい時間ですね。お勉強に戻りましょうか」
2つの反応があった。喜ぶ者と残念そうな者。彼らは将来歴史を担う。短い日々が少年達の未来を変えた。
マヒア=イン=ベスティガトは後の世に名を残す。魔法を変えた者として、帝国滅亡の要因として。
教師は微笑み、口を開いた。正式な職として生まれるのは、まだまだ先のことだ。
約2500字。
次回は来週月曜日。
一応この話、主人公は"魔法剣"こと洋二君です。
お気に入りは初期設定時の主人公アドミラ君です。ろくに喋ってないですけど。