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灰色のクオリア  作者: 光月
はじまりの日
9/29

愛する人


 七賢者達との出会いから、早くも3年が経った。

 あれ以来、七賢者達は何かしら理由を付けては、よく遊びに来ている。

 魔法の稽古を付けるためだとか、勉強を教えに来ただとか、一緒にランチを食べたくなっただとか、顔が見たくなっただとか、なんとなく気が向いたからだとか。


 どうやら、ガイラルとの一戦からオレは七賢者達に気に入られてしまったらしい。

 クオリアが楽しそうに笑いながら言っていたから、間違いないんだろう。


 ただ、リオウ以外の七賢者は時空魔法に適性がなく、転移魔法を使う事が出来ないので、リオウだけは毎回顔を見せている。

 1年半前までは辟易した顔をしていたが、それ以降は感情を削ぎ落としたかのように無表情で転移していたので、きっと転移のためだけに利用されている事に諦めがついたんだろう。

 まあ、リオウもリオウできっちりと訪問を楽しんでいるようなので、悪い事ばかりではないだろう。


 訪問回数は、アルカンが一番多い。

 彼女――アルカン・トライスレイ――は、七賢者の中でも最年少で、今まではみんなの妹のような扱いを受けていた事もあったらしい。

 そんな彼女にオレは、どうやら『弟』のような認識をされているらしく、頻繁にやってきては甲斐甲斐しく世話をしてくれる。


 次点で多いのはフィレンシア。

 そこから多い順に、ガイラル、メルディナ、ネクとなっている。


 これは最近になって気付いた事なのだが、七賢者の男性陣はオレをいい教え子として、女性陣は可愛い弟として接してくれているようだ。

 まあ、それはクオリアを除けば、という事ではあるのだが。


 では、クオリアはどうなのかと言うと。

 そもそもオレは転生者で、転生時点で精神は既に20代。転生してからも、12歳、13歳ともなれば一人前に恋心も芽生えるというもので。

 去年のオレの誕生日に告白してからというもの、クオリアとは師弟というだけでなく、恋人としても過ごしている。


 最初は、もうすぐ寿命を迎えるはずだからとクオリアも渋っていたのだが、オレの心が変わらないと知るや、すっぱりと諦めて『じゃあ、これから恋人同士だね!』と言っていた。


 とはいえ、この世界には自由恋愛の概念は無いらしいので、恋人というよりは婚約者という方が適当かも知れない。

 実際、クオリアも『恋人……って、なに?』と言っていたから間違いはないはずだ。

 まあ、説明したら一発で理解したあたりは流石と言うべきか。


「ねぇ、アッシュ。実はちょっと、渡したいものがあるんだ」


 朝。朝食も終わって食休みをしている時に、妙に改まった様子でクオリアが言った。


「渡したいもの?」


「うん。……とは言っても、田舎の村でもない限りは誰もが持ってるものだけどね。普通は12歳になると渡されるものだから、改めてと思ってね」


「ふーん? オレはコルコッタ村の生まれだからなぁ。都会にはそういう制度があるんだな」


「そうだよ。その名もステータスプレート! 見た目はなんてことのない金属のプレートだけど、魔力を登録すると、その人の情報や能力を表示してくれるんだよ!」


 なるほど。

 前世の異世界転生系のラノベによくある感じのヤツだな。

 作品によっては、教会が発行するものだったり、冒険者ギルドで発行されるギルドカードだったりしたが、この世界にもあるようだ。


 ステータスプレート、か。

 名前からすると自分の筋力とか体力なんかを数値化したものを表示するものに聞こえるけど、クオリアの言い方から察するに違うんだろうな。


 情報や能力という事だから……まず名前、それから年齢や住所。定住してる場所が無きゃ、詰めてる宿屋の場所なんかが表示されるのかね。

 それから……あー、なんだろうな。魔法とかなんかはスキルみたいな感じの扱いになるのかな?


「具体的にはどうなるんだ?」


「えっとね、まずは名前だね。それから年齢。住所もそうかな。これが情報。能力は、まあ、その人に何が出来るのかだね。魔法はもちろん、剣を使うなら剣術、槍なら槍術という具合に表示されるんだよ」


「なるほど。じゃあ、オレが予想してたのとあんまり変わらないんだな。他には?」


「能力はランク分けがされるんだ。これは本人の技量レベルを分析して、勝手にランクを付けてくれる。下から順にF、E、D、C、B、A、Sまであって、駆け出しならFランクになる。逆に七賢者みたいに卓越してたらSとかね」


「じゃあ、例えばリオウなら時空魔法がSランクだし、メルディナなら治癒魔法がSランクって事か。剣術とかもそうなのか?」


「うん、そうだよ。それから、戦闘に関わるものばっかり言ってるけど、料理とか鍛冶とかの腕もランク分けされるんだ」


「なるほどな。腕前が関係しそうなものはランク分けされるって事か」


「そういう事。もー、アッシュは本当に賢いなぁ! 私も鼻が高いよ!」


「オレ達以外に誰もいないのに、鼻を高くされてもなぁ」


「そういう事言わないの。……そうそう、それからね。まだ先の事になるだろうけど、お金を稼ぐなら冒険者が手っ取り早いよ。実力さえあればいくらでも稼げるからね。アッシュなら実力は問題ないし、とりあえず登録しておくだけでもいいよ。覚えておくといい」


「冒険者な。わかった。他に覚えておく事はあるか?」


 去年の誕生日にクオリアに貰った手帳に冒険者の事を書き留めながら、問い掛ける。


「他には……あ、そうだ。クレイン王国の王都には学園があるんだけどね、そこに行ってみるのも面白いかも知れないよ。私達七賢者は確かにその道のエキスパートではあるけど、同年代の友人がいる楽しさは教えてあげられないからね」


「学園か……」


 まさか異世界に来てまで学生生活を送ろうとは。

 クオリアの言う事だし、覚えておいて損はないな。

 いつか街で生活するようになったら、まず冒険者として登録して、それから学園とやらに行ってみる事にしよう。


 それがいつになるのかはわからないが、クオリアの寿命も長くないって話だし、彼女が死んだ時こそがその節目なんだろう。

 今のクオリアは今までと変わらず元気ではあるが、生きるのは長くても死ぬのは一瞬だからな。

 オレも、そういう心の準備だけはしっかりとしておかなくては。


「それから、ね……アッシュ」


「うん?」


「私が死んだら、君に『レンドゲート』の名をあげよう。私の名前も合わせて『アッシュ・クオリア・レンドゲート』と名乗ってもいい」


「……それは、今じゃないとダメなのか?」


「うん。私が死ぬ頃には言えないだろうからね。……それからね、アッシュ」


「……なんだ」


「君が15歳になったら、正式に夫婦になろう。15歳からは成人だからね。誰にも文句は言わせない。君が私を愛してくれるように、私も君を愛しているから。だから、君が15歳になったその時に、結婚をしよう」


 今まで見せてきたものとは違う、慈しむような柔和な笑みを浮かべながら、クオリアは言った。

 それは、本当に今までにない、クオリアの『女』を多分に表した笑みで。

 そんな笑みを浮かべる彼女に見つめられるのが、妙に照れくさくて、妙に気恥ずかしくなって、思わずはにかんだ。


「え、ええと……うん、そうだな。その時が来たら、妻になってくれ、クオリア」


「言われなくても。まあ、今でも十分、君の妻のようなものだけどね。愛しの旦那様?」


「流石にまだ気が早いだろ。旦那らしい甲斐性なんかないぞ」


 冗談めかしてそう言うと、クオリアはいつものような楽しげな笑顔で『十分だよ』と繰り返した。


 結婚……結婚か。

 前世じゃ、結婚なんて考えた事もなかったな。

 生活費やケータイ料金、家賃なんかに給料の大半が持っていかれてロクな貯蓄がなかったし、そもそも結婚どころか彼女を作る余裕すら無かったな。

 彼女は欲しかったし、あわよくば結婚もしたかったけど、生活がそれを許してくれなかった。


 まあ、そこから逃げ出さなかったオレにも責任の一端くらいはあったかも知れないが。

 こうしてその世界から離れて考えてみると、日本という国の社会のシステムは、やっぱりどこか歪だったんだろうな。

 必ずしも努力が報われるわけではないってのは半ば常識としてあったわけだけど、真面目に生きてる奴ほど割を喰ってたもんな……。

 いずれにせよ、生き辛い世の中だった。


「……大丈夫かい、アッシュ?」


「――え? 何がだ?」


「君はたまに……本当にたまに、まだ10代とは思えないほど深刻な顔をするからね。気になったんだ」


「……ははは。大丈夫だよ、クオリア。ちょっと考え事をしてただけだ。それももう、オレには関係のない話だし、気にしなくていいよ」


「……そうかい? 君がそう言うならそうなんだろうけど、いつでも私を頼っておくれよ。私は君の妻なんだから」


「だから気が早いってのに。……でも、ありがとう。そう言ってもらえると気が楽だよ」


 そう言って笑って見せると、クオリアも心配そうな顔を少し緩めて笑顔になった。


 前世は前世、今生は今生だ。

 どうせあの世界には戻りたくても戻れないだろうし、どのみち未練もない。

 強いて言えば、住んでたマンションの部屋のオレのパソコンのハードディスクが気にかかるが、今更中身を見られたところで何の痛痒もない。


 クオリアという愛する人もいるし、今生を楽しむ事にするさ。

 憧れの異世界転生だしな。




     ◆




 それから更に2年の歳月が経ち、オレは15歳の誕生日を迎え――そして、クオリア・レンドゲートはいよいよその時を迎えた。

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