後継者
心配そうな顔のクオリアや、好奇心だったり単なる興味からだったりする七賢者達の包囲を受けて、仕方ないかと諦めて今回の一連の計画の全容を話す。
まず、オレとガイラルの間には、即座には埋められない実力の差があること。
そして、それと同時に、オレには10歳相応の体力しかなく、長期戦になるのは完全に不利だと踏んで、短期決戦用の策を講じた事を説明する。
策の全容はこうだ。
まず、手合わせの開始と同時に、補助魔法と紫電招来で身体能力を爆発的に強化してから、森の中に飛び込む。
これは、こちらの策を悟らせない事ももちろんそうなんだが、正面を切って殴り合いをするのは明らかに不利だと踏んだからだ。
森の中に飛び込んだら、ガイラルからなるべく遠くの、しかし音だけはしっかりと聞こえるだろう位置にある木を目掛けて飛び、勢いを利用して大きな着地音を出し、それを置音結界で保存する。
これが最初の仕込みである。
次に、最初の仕込みをした場所から、ガイラルを中心にして大きく回り込むようにガイラルの真後ろの位置まで行く。
この時に、ガイラルが補助魔法のエキスパートである事を加味して、デオドラントブリーズとフレグランスクロウルを発動する事を念頭に置く。
もちろん、消音結界も忘れてはならない。
また、魔法で強化された感覚によってこちらの意識的行動を察知されないように、マリオネットムーヴで自分の意識を封じ込め、万が一にも行動を悟られないようにする。
ここまでが2つ目の仕込みだ。
次の仕込みは最初の仕込みと同じだ。
ガイラルの真後ろ、その直線上に位置する適当な樹木に、置音結界で盛大な着地音を保存しておく。
これをやるかどうかで計画の成否は大きく変わってくる……はずなので、忘れないようにする。
これが最後の仕込み。
残すは最終段階。
最初の仕込みの後にやったように、大きく回り込むようにしてガイラルの正面、その直線上に位置する。
そして、紫電招来からの派生であるエクレールバーストを使えば、仕上げは完了。
あとは、最初の仕込みである置音結界を起動し、そちらの方向にいると錯覚させる。
そこから少し時間を置いて、2つ目の置音結界を起動する。それと同時に飛び出して、光速の突進から繰り出すボディブローでガイラルをダウンさせる。
正直、完全に博打で一か八かの計画とも呼べない計画ではあったんだが、流石にガイラルも光速で飛来するものには対応出来なかったようだ。
まあ、見えてればどうにかなるものでもなし、回避するにもガードするにも、攻撃自体を察知出来ていなければ意味がない。
その穴を埋めるための、マリオネットムーヴによる自意識の一時的な封印だったわけだが、上手くハマったようで、胸を張りたい気分である。
……という事を話して聞かせると、七賢者達は一様にぽかーんと口を開けて呆然としていた。
やがて、クオリアがハッと我に返り、まるで我が事のように嬉しそうな顔をして、オレをその腕の中に抱き締めた。
豊満な胸で息が苦しいが、役得だ。
10歳の男の子だからこそ許される事だろう、これは。
「流石だ、流石だよアッシュ! それでこそ私の……魔導七賢者第1席、クオリア・レンドゲートの後継者だよ! 紫電招来にエクレールバースト……まさかそんなオリジナル魔法を開発していただなんて! 愛してるよ、アッシュ!」
「うぶ……あ、ありがとう、クオリア……オレも……ふぶっ……愛してるよ……」
「うんうん。やっぱり君を拾ったのは正解だったよ。私が死んだ後は、アッシュが魔導七賢者の第1席だね」
『『『えっ』』』
クオリアの爆弾発言に七賢者の面々がフリーズする。
え? 後継者ってそういう話なの? 単純に弟子ってわけじゃなくて?
「く、クオリア? 何を言っているんですの? アッシュさんはまだ10歳の子供ですのよ?」
「フィレンシアこそ何を言ってるんだい。子供でもなんでも、私の後継者なんだから、第1席も引き継いでもらうさ。それに、私の寿命が尽きるまでまだ5年くらいあるから平気だよ」
「そういう問題ではないだろう、クオリア。魔導七賢者の第1席というのはだな……」
「リオウ。魔導七賢者の第1席っていうのは、全ての魔法を十全に扱えなければならないんだよ。他に候補がいるかい? それとも、私が死んだ後は空席のままにしておくのかい?」
「それは……そうかも知れないが……」
「それにね、私はアッシュ以外には継がせる気はないよ。私はアッシュに惚れてる。愛しているからね。だから、その時が来たら、この子をみんなが支えてあげて欲しい。よろしく頼むよ」
クオリアが悲しげな顔をしながらそう言うと、やがて七賢者達は、意を決したように頷いた。
その頷きは、つまり、七賢者全員(ガイラル除く)がオレがクオリアの後継として七賢者第1席に座る事を認め、また、その時が来たら七賢者達のサポートを受けられる事を明確にするものだ。
いいんだろうか。
オレは……前世の記憶はあるけど、まだ10歳のガキだ。ガイラルのあの呼び方は、何も間違っちゃいない。
たまにクオリアと街に行ってるとは言っても、まだまだ世間知らずの子供だ。
それなのに、いいんだろうか。
クオリア・レンドゲートという女は、きっと、魔導七賢者にとっては第1席というだけの存在ではないはずだ。
実際、七賢者達はどう多く見積もっても最大で30代半ばまで。一番若くて20歳前後。
クオリアがその素質を見抜いて手解きをし、だからこそ七賢者に至るまでとなったのではないだろうか。
それなのに。
こんな、ポッと出の……転生して10年しか経ってないような人間が、そんな栄誉ある立場を継ぐ事になっても大丈夫なんだろうか。
それは……それは、七賢者が今まで積み重ねてきた努力を、鼻で笑うような事ではないのだろうか。
「……大丈夫、アッシュ。平気、だよ」
ぐるぐると考えていると、抱き締められた状態のオレの頭を優しく撫で、抑揚のあまりない声でアルカンがそう言う。
平気? 平気ってなんだ?
平気って事は、本当は気にしてるって事じゃないのか?
本当は、オレは、七賢者の誰にも認められてないんじゃないのか……?
「チッ……このバカが。平気なんて言い方すりゃ、誤解しちまうだろうが。頭使え」
「む……ごめんね、アッシュ。でも、本当に大丈夫。新しい魔法を開発するのは、七賢者でも、上手く出来ない」
「そうね。私達も、それぞれエキスパートとは呼ばれてるけど、だからって簡単には新魔法とはいかないもの。その点、アッシュくんはその歳で既に3つも新魔法を完成させた。これほど七賢者第1席に相応しい人間もいないわ」
「そうだろう、そうだろう! やっぱり私の目に狂いはなかったんだよ! やあ、嬉しいなぁ!」
「わかったわかった。それより、そろそろ解放してやった方が良いんじゃないのか?」
リオウがオレを見ながら、呆れたように言う。
「え? ……あっ、ごめんね、アッシュ! あんまり嬉しくて……」
「はぁ……はぁ……大丈夫……平気だ」
クオリアの豊満な胸のせいでいよいよ酸欠気味だったのだが、リオウのおかげでようやく解放された。
こう言っちゃなんだが、助かった。
危うくおっぱいの海に溺れるところだった。
いや、あるいはそれも幸せな最期なのかも知れないけど、流石に10歳そこらで第2の人生を終えたくはないからな。
助かった。本当に助かった。
「……そういえば、ガイラル遅いわねぇ」
「そうだね? いつもなら、ひょっこり帰ってくるんだけどね?」
マズい。すっかり忘れてた。
光の速さで殴られた人間がどうなるのかなんてのはわからないけど、少なくともタダじゃ済まないのは確かだ。
ていうか、最悪死んでたり……。
「く、クオリア! マズい! 早く治療しに行かないとガイラルが死ぬ!」
「えぇ!? なんで!?」
「速さってのは破壊力なんだよ! どんなに小さな鉄球でも、目に見えないほどの速さで撃ち出せば、壁だって砕けるんだ! さっきは魔法の力を使って光の速さでボディブローをしたから――」
「……内臓がぐちゃぐちゃ?」
「大・正・解!」
「メルディナ! 早速ガイラルのところに行くよ!」
「わ、わかったわぁ。早くしないと本当に死んでそうね……」
一気に慌ただしくなり、わたわたとしながら急いでガイラル救援に向かう。
補助魔法かけてたし……死んでない、よな?
◆
「死んだかと思った」
とは、ガイラル・シェギナの心の底からの言葉である。
あの後、かなり遠くにまで吹き飛ばされたガイラルを発見し、どうにかメルディナの治癒魔法で全快させる事が出来た。
それからのガイラルはなんともしおらしいもので、オレがクオリアの後継で間違いないと認め、クオリア亡き後は第1席の座をオレが引き継ぐ事も、それを七賢者全体でサポートする事にも頷いてくれた。
ちなみに、流石に光の速度での攻撃はやり過ぎたと思ったので、ガイラルに謝ると
「は。気にすんじゃねえよ。俺は俺の手札を使った、お前はお前の手札を使った。それだけの事だ。……マジで死んだかと思ったけどな」
と言われ、苦笑を返した。
まったく、嫌味を言うのを忘れないとは、いい性格をしていやがる。
ただ、認めてくれたからなのか、ガイラルはちょくちょくオレに構ってくるようになった。
しかし、そのせいか七賢者女性陣VSガイラルで争いが始まったが。
『私のために争わないで!』と言おうかと思ったけど、流石に怒られそうだったからやめておいた。
「いやはや、それにしても、だな」
「ああ。クオリアも、とんでもない逸材を見つけたもんだ」
「適性もそうだが、発想も生半可なものではないな。クオリアの後継、第1席に推されるだけはある。実は俺達も知らないような大賢者の生まれ変わりだったりしてな?」
「ふふ。面白い――が、流石にそれはないだろう。いくらなんでもだ」
「いやぁ、わかんねぇぜリオウ。案外、マジで転生してたりしてな! はっはっはっは!」
なんて恐ろしい話をしてやがるんだ、この3人は。
絶妙にニアミスしてるあたりが本当に怖い。
……まあ、でも、そうだな。
いつか、クオリアにくらいは明かしても大丈夫かな。
オレが……異世界からの転生者だ、って。




