七賢者それぞれ
「はい、どーぞぉ」
「いや、あの、オレ未成年なんで……」
それからしばらくして、オレは魔導七賢者のメルディナにお酌をされていた。
この人、さっきからやたらボディタッチっていうか、接触が多いんだよな。おっぱいデカいからちょっと意識しちゃう。
しかしオレはまだ未成年(この世界の成人は15歳から)なので、彼女が差し出してくるワインを押し返すしか出来ない。
悲しいね、バ◯ージ……。
前世ではお酒は結構好きだったんだけどなぁ。
なんていうか、社会のあれこれとか、会社での鬱憤とか晴らせそうで。
まあ、さすがに溺れはしなかったけど。
酒は飲んでも呑まれるな、ってね。
「やめなよ、メルディナ。君がお酒大好きなのは知ってるけど、さすがに未成年に勧めるのはダメだよ」
「んもぅ。相変わらず変に常識的なんだから。別にいいじゃないの、今日の主役なんだからお酒くらい」
「ダメだよ? あと、私は別に非常識だった覚えはないからね。それは君の勝手な想像だからね」
おぉ……あのクオリアがツッコミ役をしている。
メルディナ・エルスター……なかなか侮れないな。
「……はい、これ。あーん」
「や、あの、自分で食べれる――」
「あーん」
「自分で――」
「あーん……!」
「……あ、あーん」
そして、先ほどから第4席アルカン・トライスレイに甲斐甲斐しくお世話されているオレである。
パッと見では『暗い人なのかな?』と思ったんだが、どうやら単に感情表現が苦手な人だったらしい。
おまけに極度の恥ずかしがり屋だそうで、人の目を見なくて済むように、近寄り難い陰鬱な雰囲気を纏うようにしているとか。
なかなかどうして難儀な人だ。
そんなアルカンではあるが、オレの事は10歳の子供だという事で簡単に慣れてしまえたようだ。
それはいいけど、自分で出来るから『あーん』とかしなくてもいいのに。
やってる方はいいかもしんないけど、結構恥ずかしいのよ? わかるでしょ?
「もう、アルカンさん。アッシュさんが困ってますわよ? はい、あーん」
「いや、あの、ほんと自分で――」
「アルカンさんのは受け取って、わたくしのは受けてくださいませんの……?」
しょんぼり、と肩を落として眉を八の字にするのは第7席フィレンシア・エル・クローデン。
この人はこの人で、歳の離れた弟かなにかのように接してくる。
「……あーん」
「ん、はい、上出来ですわ♪」
「どうも……」
……なんだろう。
なんというか、動物園のふれあいコーナーにいる動物は、こんな気分だったんだろうか。
ごめんよ……ごめんよ動物達……。そりゃあストレスも溜まるよな……ごめんな……。
「いいようにされたな、ガイラル」
「けど、いい結界魔法の腕だったな。結界魔法の七賢者としては、なかなか目を見張るものがあった」
「私もだ。ガイラルも結構な速さだったが、まさかその上をいく速さで、しかも周辺に被害を出さないように転移させるとはな。お前にはない繊細さだな、ガイラル」
「うるせえうるせえ! あのクオリアの後継者だぞ!? 味見しないと損ってもんだろうが!」
そして、少し離れた場所で寄り集まって語らっているのは、第3席ガイラル・シェギナ、第5席リオウ・バリスグランタ、第6席ネク・デールフィッツである。
ただ、語らっているように見えて、リオウとネクの2人が酒の肴にガイラルをさっきの事でからかっているらしい。
七賢者のくせに発展途上のガキにしてやられた、という事で、からかいのネタにされているようだ。
実に楽しそうで何よりである。
「……おいガキ! んな微笑ましいもんを見るような目で見てんじゃねえ! ぶっとばすぞ!」
おっと。駄々をこねる子供を見るような気分で見てたら怒られてしまった。
本当にぶっとばされないうちに、さっさと視線を外すとしましょうかね。
あぁ、くわばらくわばら。
……そういえば『くわばら』ってどういう意味なんだ?
うーん……まあ、こっちの世界じゃ使わないだろうし、知らなくてもいっか。
前世でもそんなに使ったことないけど。
「もー、ガイラル。ダメだよ、いくらいいようにされたからって、アッシュを脅しちゃ。大体、アッシュはまだ10歳なんだよ? そんな幼い子を脅して恥ずかしくないのかい?」
「やかましいぞ、クオリア! たかだか10歳のガキだろうが、お前の正当な後継者だろ! だったら実力くらい測らせろ! お前らも興味あるだろ!?」
やれやれと肩を竦めながら言うクオリアにガイラルは喰って掛かり、他の七賢者達に話を振る。
いや、そんな戦闘狂みたいな事言われても困るんすけど。
そもそもオレはまだ修行の途中であるからして、他人様に見せるような実力など、とてもとても……。
「私は必要ない。先ほど、私と並ぶような時空魔法を見せてもらったからな」
「俺もだ。あれほどの結界魔法、クオリアの後継じゃなきゃやれないだろう」
辞退したのはリオウとネク。
……あの、あんまり、その、そういう射殺すような視線を向けないでいただけると嬉しいのですけどもね?
でも辞退してくれて嬉しいよ。ありがとう、リオウ、ネク。
「わたくしは、ちょっと見てみたいですわね。あのクオリアの後継ですから、気になると言えば気になります」
フィレンシアは見たいのか……。
うぅん……まあ、確かに吝かではないんだけど、出来れば勘弁してくんないかな。
でもアレだ。ガイラルはやらないと認めないだろうなってわかるんだよ。
ガイラルの気持ちも、まあ、わからんではないし。
「……私は、反対。そんな事しなくても、ガイラルがいなされた時点で実力はわかってる。やるだけ無駄。やらなくったって、私達がこの子の後ろに立つ事に変わりはない」
「そうねぇ……。私は、でも、見てみたい……かなぁ? 実力次第では、私達が教える事で更に伸びる可能性だってあるものねぇ」
アルカンは測らなくていい派、メルディナは測ってみたい派のようだ。
これで、クオリアを除く七賢者は3:3で意見が真っ二つだ。最終決定はクオリアに委ねられた。
「……クオリア。お前はどうなんだ」
「私? ……うーん。まあ、別にいいんじゃないかな? 殺し合いをするわけじゃないんだし、私も今の実力は見てみたいしね。という事でアッシュ、よろしくね」
パチン、とウインクをかますクオリア。
ええい、この裏切り者め! お前それでもオレの師匠か!
「よぉし、決まりだな。おらガキ、表に出ろ!」
「…………わかりましたよ、まったく」
クオリアが賛成の意を示した以上は、オレも腹を括らねばなるまい。
まさかガイラルもさっきの突進が全力ではないだろうし……なんだか憂鬱な気分になってきた。
熱くならず、熱くさせないように立ち回るしかないな。