邂逅、魔導七賢者
あれから――オレがクオリアのところで世話になるようになってから、早いもので5年が経過した。
クオリアによる育成カリキュラムの進捗はといえば、先日聞いたところによると、もう全体の8割が終了しているらしい。
曰く。
『いやあ、アッシュってほんと、スポンジみたいに何でもかんでも覚えちゃうよね。私、なんだか楽しくなって予定以上に進めちゃうよ。……え? 進捗? んー、想定の倍くらいだから、全体の8割くらいかな。早いよね!』
との事である。
余談だが、今日はオレの誕生日である。
クオリア曰く、今日はオレの誕生日を祝うためにゲストを呼んであるそうだ。
あまり良い予感がしないのは、気のせいではないと思いたい。
それはさておき。
この5年間のクオリアとの生活は、なかなかどうして想像を絶する日々の連続だった。
全身の魔力を動かせるようになったあの日、午後からは早速魔法の習得を始めた。
魔法には段階があり、下から下級、中級、上級、最上級となっていて、もちろん最初は下級から。
汎用的な属性魔法の下級魔法から始めて、日が暮れる頃には中級の最後あたりまでこなした。
翌日はその続きから。中級、上級、最上級と、途中躓きはしたものの、どうにか順調にこなせたのは、今でも記憶に新しい。
属性魔法が終われば、次は他の魔法。
まずは属性魔法の次に一般的な補助魔法から始めた。
とはいえ、補助魔法は実はそれほど難しい魔法でもない。
補助魔法というのは裏を返せば『魔力で身体能力を強化する魔法』なので、どういう効果をどこに付与したいのかというのを想像出来ていれば問題なかったのである。
まあ、補助魔法も属性魔法ばりに汎用的というか、使えない人を見つける方が難しい(クオリア談)ので、あまり苦労はしなかった。
それから着実に、付与、錬金、結界、治癒、浄化、召喚とやっていったのだが、特に難しく感じたのは結界と召喚の魔法だった。
結界魔法の難しいところは、結界の強度にあった。
例えば、普通そんな事はないが、デコピン1発で割れてしまうような結界を張っても意味はないし、逆にあまりに硬い結界を張って誰も通行が出来ませんなんて挙げ句になってもダメ。
この結界の強度は注いだ魔力量によって左右されるのだが、これがまた緻密な魔力操作を要求してきて、何度イライラに頭を掻きむしった事か。
とはいえ、努力の甲斐あって、結構得意な魔法になったのだが。
召喚魔法に関しては、難しいというわけではなかったんだが、とにかく上手くいかなかった。
それというのも、召喚魔法は魔物を生け捕りにして契約を交わして使役するか、魔力を消費して異界から使い魔になる存在を召喚する魔法だ。
だが、契約は弾かれ、使い魔召喚はイメージ不足で上手くいかずと、2年前までまったく上手くいかなかったのである。
今ではそんな事もなく、猫とか狼といった使い魔がいる。
……まあ、見た目がそれというだけで、実際は魔物だったり異界の生物だったりするが。
ちなみに、こうした使い魔は一般的には『従魔』と呼ばれ、然るべき場所で登録を済ませれば街中だろうと問題なく連れて歩ける。
まったく便利な世の中である。
召喚魔法だけは2年前まで上手くいかなかったが、それ以外は2年間で完全にマスターした。
基本がイメージだから、わかりやすくて、やりやすいというのが大きいかも知れない。
それから今日までの3年間は、クオリアの言っていた通りに様々な武術を極め、家事や礼儀作法なんかを一通りマスターした。
まあ、そうは言っても、こうした技術は使わない期間が長ければ長いほどダメになっていくので、これから先もそれに気を付けて、普段の鍛練を欠かさないようにしなければならない。
頑張らねば。
「ん?」
そうして、今日も今日とて鍛練に励んでいると、庭(周囲は森なので境目がわからないが)の一角に光が集まりだした。
この現象は今までに何度も見た事がある。
驚くほど不自然に光が収束するこれは、転移魔法を行使した際に発生するものだ。
今まで、塩や砂糖といった調味料や生活必需品の類を買いに、街までクオリアと行く時は転移魔法が基本だったので、見間違えるはずはない。
やがて光が収まると、そこには6人の男女が立っていた。
着ている衣服に統一感はなく、パッと見た感じからしてもその男女に共通点などは無さそうだ。
しかし、どことなく互いを信頼しあっているような、そんな親密そうな雰囲気もある。
「――ようこそいらっしゃいました、お客様方。このような辺鄙なところまで、一体どのような御用向きでしょうか?」
とはいえ、いつまでも面食らっているわけにもいかないので、瞬時に頭を切り替えて来客時の対応をする。
……と、6人の男女の内、とりわけガタイのいい大柄の男が口を開いた。
「おう、お前がクオリアの後継者ってガキか?」
なんだって?
師匠……クオリア・レンドゲートを知っている? おまけにオレの事も?
……いや、師匠は後継者を育てていると全世界に布告したのだから、それ自体は別に不思議じゃない。
だが、今まで誰か来客があった事はない。
そうすると、この目の前の6人は果たして誰なんだろうか。
「……確かに、自分はクオリア・レンドゲートの後継者として育てられていますが」
「そうか。だったら……ちょっと味見させてくれやッ!!」
「ッ!?」
大男は獰猛な笑みを浮かべ、突然こちらに突進してきた。纏っているのは明らかな殺意。
その突進を見ながら、即座に思考を戦闘モードに切り替え、刹那に補助魔法を複数かけて身体能力を底上げする。
同時進行で防御結界と転移魔法を展開し、結界で大男を隔離した後、転移魔法で上空数百メートルの位置に飛ばす。
「…………ふぅ。皆様は我が師クオリアへのお客様で間違いございませんか?」
とりあえず危険はなくなったので確認のために尋ねると、残った5人の男女の内、少し陰鬱な雰囲気を纏った女性がこくりと頷いた。
「畏まりました。それでは、こちらへどうぞ」
一礼してから、早速家の中へと招き入れる。
「アッシュ。なんだか騒がしかったけど、一体何を――おお! そうか、もう来たんだね! ……あれ? ガイラルのアホはどこだい?」
「あのバカなら、その子に飛ばされた。上空数百メートルだが……まあ、死にはすまい」
クオリアの問いかけに、5人のうちの中性的な顔立ちに長い髪をした人が、少し低めの声で答えた。
その返答を受けてクオリアがこちらを見る。
何故かはわからないがサムズアップをされた。何故だ。
そういえば、さっきの大男はガイラルと言うのか。
……なーんか、どっかで聞いた事あるんだよなぁ。
「よくやった、よくやったよアッシュ! 毎度の事とは言え、私もあの脳筋にはほとほと呆れててね。さっきも、今回はどうやって遊んでやったものかと考えていたところだったんだよ!」
「は、はあ……。それは、なんというか……お気に召したようで……」
「お気に召したなんてものじゃないよ! ああ、アッシュ。私のアッシュ。やっぱり私は、君を拾って正解だった! ……ところで、なんで余所行きの時の言葉遣いなのかな?」
「来客中、ですので……」
ちら、と客人である5人の方に視線を投げながら言うと、クオリアは納得したように手を打った。
「あ、そっか。アッシュはまだ初対面だったね。紹介しよう。彼女達が魔導七賢者さ」
綺麗な金髪に巨乳の女性。
少し陰鬱な雰囲気の女性。
中性的な顔立ちの男性。
目付きが鋭く近寄り難い空気の男性。
紅い髪に勝ち気につり上がった目の女性。
その5人を手で指し示しながら、クオリアはそう言った。
にこやかな表情のクオリアとは裏腹に、オレは、さっき上空に飛ばした男――ガイラル・シェギナ――に殴られやしないかと、内心戦々恐々だった。
……そういうのは最初に言っておいて欲しかったなぁ。