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灰色のクオリア  作者: 光月
はじまりの日
1/29

プロローグ 前

新作です。

よろしくお願いします。


 世界が残酷だと本当の意味で理解したのは、社会人になってからすぐの事だった。


 昔から大抵の事はそつなくこなせた。

 勉強も、運動も、それ以外も。

 とりわけ得意だという事はなかったし、別に好きでもなかったけど、やればやれてしまえた。

 ただ、料理だけは上手くいかなかったが。


 そうして年齢を重ね、順調に高校にも受かり、就職もすぐに決まった。


 ただ、現代における就職は、昔ほど華のあるものじゃない。

 いざ飛び込んでみたらブラックだったとか、そんな話がほとんどだ。


 しかも給料も安い。

 生活費はもちろんの事、家賃、光熱費、ケータイ料金、そして年金。人によっては奨学金の返済もある。

 それなのに手取りはせいぜい10万円~15万円がせいぜい。

 そのくせ世間では、やれ今時の若者は夢がないだとか、欲がないだとか、冷や水を浴びせるような事ばかり。


 これでどうやって希望を持てと言うのか。


 斯く言うオレも、そうした『若者』の1人だ。

 就職した先は紛れもないブラック企業で、サービス残業は当たり前。

 たまに家に帰ってやる事と言えば、メシを食って風呂に入って寝るだけ。起きたらまた出勤だ。


「……何のために生きてんだろうな、オレ」


 帰宅途中の歩道橋の上で、スーツ姿なのも厭わずに欄干に肘をついて、そんな事を呟く。


 今働いている会社に勤め始めてからというもの、昔は大好きだったゲームやアニメは、すっかり生活基盤から遠ざかってしまった。

 いや、今でも大好きなのは大好きだが、学生時代のように空いた時間をそれに費やす事は出来なくなってしまった。


 今となっては、空いた時間には基本的に身体が睡眠を欲し、就業で失った体力を回復させるに努めるしかない。

 いっそ辞めてしまいたいが、会社はそれを許さないだろう。


 人材を使い潰す会社。

 人材の使い方も知らない無能な上司。

 先輩風を吹かせるのだけは一人前な年齢を重ねただけのバカ。

 何も理解してない、注文だけは一人前な取引先。

 入ったと思えばすぐに辞めていく新人の後輩。

 そして、次第に精神を壊し、身体を壊して死んでいった同僚。


 考えれば考えるほどに、辞めたいという思いが強くなる。


 どうして……どうしてこんな事になってしまったんだろう。


 オレはただ、普通に生きたかった。


 普通に就職して、普通に働いて、普通に恋をして、普通に結婚して――そして、普通に死んでいく。

 普通の定義はどうでもいい。

 ただ、充実した毎日を送る事が出来たなら、それに優るものはないはずだ。


 そう思ってる奴はごまんといるだろう。

 なのに……なんでだ?

 どうしてこんなに、上手くいかない事ばかりなんだ?


 悪いのは誰だ。


 ロクな政策を掲げられない総理大臣か?

 日本を引っ張るはずの政治家か?

 象徴としてあるだけの天皇家か?


 人材を使い潰すばかりの企業か?

 そこに唯々諾々と従うだけの社会人か?

 あるいは日本のシステムか?

 それを変えようともしない民衆か?


 自分が体験したからと仕組みを変えさせようとしない老人か?

 散々な目に遭ってなお変える気力のない若者か?


 悩んでみても答えは出ない。

 ただ……少なくともひとつ、言えるのは。


 オレの人生が今、間違っているのは。


「……オレが悪い、って事なんだろうな……」


 これはオレの人生だ。


 オレが今ブラック企業に勤めてるのも。

 そこからなかなか逃げ出さないのも。

 使い潰される同僚を見ながらその決心すら出来てないのも。


 何もかも、オレのせいなんだ。


 くるりと身を反転させて欄干に背を預け、凭れ掛かりながら夜空を見上げる。

 なんとなく昔を思い出して、学校の階段でよくやってたように、両手を欄干にかけて跳び上がり、そのまま欄干に腰かける。


「……はぁ。死にたくなってくるな。その勇気もないけど」


 後ろに落ちない程度に、身体を前後に揺らしながらそんな事を呟く。


 この世界は、残酷だ。

 特に、この日本って国はそれが顕著だと思う。


 物価が高いくせに給料は安い。

 そうかと思えば政治家の給料は数千万。

 しかし、その政治家が政治に失敗してるせいで、増税という形で国民に負担が行く。

 給料泥棒も大概にしろ。


 いっそ死ねたら、どれだけ楽だろう。

 逝く者より遺された者の方が悲しいなんて言うが、自分以外の事なんてロクに考えてられない。


 死んだ後は……そうだな。

 願わくば、いつかの日に読んだライトノベルみたいに、異世界に転生したい。

 そこは今よりもっと命が軽い世界かも知れないけど、少なくとも今よりは充実した生活が出来るはずだ。


 剣や魔法で怪物と戦って、その素材を売ったりして生計を立てる。

 冒険者ギルドみたいな場所に登録して、依頼をこなして生計を立てる。


 大変かも知れない。

 だけど、ブラック企業で使い潰されるのを待つよりは何億倍もマシなはずだ。


 そして、それはまさに薔薇色の人生ラ・ヴィ・アン・ローズだろう。


「異世界転生にありがちなのは、やっぱ神様だよなぁ」


 大抵は神様のうっかりで主人公が死んで、お詫びの意味で異世界に転生させてもらって、チート能力もついでに貰う。

 まあ、異世界転生モノってヤツは大体がそんな感じだ。


 ……ま、本来死ぬはずじゃなかった人間だからってのが強いと思うけど。


「……でも、憧れるよな。異世界に転生出来るなら、この灰色な人生とは今からだっておさらば――――あ?」


 ふわりとした浮遊感。

 結構な勢いで傾いて、その景色を変えていく視界。


 欄干にかけていた手が滑ったんだと認識した時には既に遅く。

 近付いてくるトラックのエンジン音が耳朶を打ち。


 やがて、身体全体を襲った衝撃と共に、オレの意識は途絶えた。

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