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その少女、孤狼につき。  作者: 飯来をらく
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第五話「狼少女とお弁当」

 不意に受けたそれはもはや爆弾と同義で、躱す間もなく爆発したそれは粉塵をまき散らしながらこの場にずっと停滞している。

 分かってた。分かり切ってたさ。

 

 クラスの動揺はHR後、ほとんど間髪入れずに始まった一限目で強制的に静まる。何を言うことがあるものか。ヴィジェが自己紹介時に時間を取り過ぎたのだ。担任も止めるべきだった。

 一限目は英語だった。外国人の転校生が来たのだからまず最初に指名され、頭二つ以上飛びぬけた実力をクラスに見せつけるのだろうとは思っていた。


 結果から言えば、ヴィジェは指名されなかった。


 英語の担当は高校じゃあまり見かけない若い女教師、井出美里先生である。井出先生は毎日違う、目に優しい色の服を着てきては男子の好感度とともに「先生いつもおしゃん」と女子の好感度すら無意識に上げるアイドルじみた先生なのだが、いつものように教壇に立つと彼女は小さな悲鳴を上げた。


 井出先生に何が見えたのか、想像に難くなかった。

 青紫に染まった波打つようなざらついた肌、浮かび上がる瞳のない目。固く閉ざした口の上にある虎の眼はおそらくは井出先生を睨みつけるようにギラリと光っていたのだろう。


「え、えーと・・」井出先生は一度教科書に視線を下ろした「じゃあ前やったとこから始めましょっか」


 見なかったことにしやがった。


 ヴィジェはそれを知ってか知らずか、指定されたページを読んでるんだか読んでないんだか。例えば俺が向こうに行って「じゃあ今日は日本語の授業をします」と言われ渡された教科書を見たらこんな感じになるのかもしれない。太郎君と花子ちゃんがどっか行ってなんかやって絵本にも満たないストーリーの無さ。急にさされたところで普通に母国語を喋ればいいのだから構いやしない。

 ヴィジェは今、その場にいるのだ。一度でいいからそんな経験をしてみたかった。羨ましい限りだ。


 結局最初に言った通りヴィジェはその風貌に恐れをなした井出先生に指されることはなかった


 十分の休憩時間がやってくる。ヴィジェはその場に坐して次の日本史の教科書を引っ張り出すと次のチャイムをただただ待った。

 案外緊張しているようなところがあるのかもしれない。

 だが彼女以上にどうするべきか悩んでいるのはやはりクラスメイト達で、本来ならば色々と聞くことがあるのにもかかわらず、それをどうするべきなのか、ともかくいつものメンバーで固まっては彼女に聞こえないよう何かを話していた。


 それにしても日本史か。ヴィジェにとっては難易度が格段に上昇したようなものだ。


「あのさ、何か分かんないとこあったらいつでも聞くぞ?」


 既に爆弾は爆発した後なので俺はそうヴィジェに声をかけた。顔見知りか、それ以上の存在というのはクラスにも伝わってしまったのだろう。

 ヴィジェは首だけをぐるっと回す。フクロウかお前。


「無論、そのつもりだ」


「ああ・・そう」


 多少接点のある俺でさえ、怖気づいてしまうのだ。クラスの反応は当然と言っていいのかもしれない。できればこれが緩和する瞬間を見てみたい。そうなるためには俺がとことんまで立ち回らなくてはならないのだろうけど。


 日本史を担当する壮年の安藤先生はヴィジェを一瞥すると「そうか。転入生がいるんだったな」と少し驚いて「日本の歴史だから分からない部分ばかりだと思うが、周りに助けてもらうんだぞ」と優しい口調で言った。肝が据わっている先生だ。


 ヴィジェはというと首を軽く縦に振って「承知した」とあくまでその態度を貫き通す。言葉遣いが別の意味で浮いているのは叔母さんの教育の所為か。


 そうして彼女にとっては初めてだらけの、俺にとっては心配事だらけの時間が過ぎていく。それはもうだらだらと、空気がうねり、粘り気を持ってこの教室に停滞してるのだと思えるほど重たく長い時間だった。




 昼休み、俺はいつものように学食を買いに行こうと席を立つとヴィジェが座りながらこちらを睨んでいるのに気づいた。怖いってだから。


「どこへいく」


「あぁ、学食買いに行くんだよ。お前は昼飯持って来たのか?」


「当然だ。叔母さんが、お前は、学食ばかりだからと、お前が昼休みに、席を立ったら、ふん捕まえて、これを渡せと、言った」


 ヴィジェがそう言って鞄から取り出したものは見知ったバンダナで包まれたお弁当だった。なるほどね。普段は俺よりも起床の遅い母がどういうわけか早かったのはこういうことか。


「だから、食え、私も作った」


「ヴィジェも作ったのか」同い年の女の子からの手料理とは、俺も随分恵まれたものだ。それにしてもさっきから視線が痛い。すぐ近くの席でにやついている松岡さんと神崎、他の奴らも同様だ。

 君たちには分からないだろう。俺はこの教室にやってきた異質な化け物を最初に手なずけて君たちに噛みつかぬように立ち振る舞っているのだよ。その重要さを知るべきだ。


 ともかくせっかく作ってもらった弁当に手を付けないわけにもいかず、立った席に座りなおして包みを開いた。なんだか見慣れた弁当の中身に同い年の女の子が作ったという新鮮さが薄れる。きっとデキる男ならばここで「わぁ・・すごい美味しそうだね。きっと手が込んでるに違いないよ。いただきます!」とでもいうのだろうか。・・ふむ。


「おぉ・・結構うまそうじゃん。朝早くから作ったんだろ?じゃいただきます」


「・・まさか、そこまで、褒められるものとは、思ってなかった」


 たぶん照れてるんだろう。目に見えてそれが分からない。でも大丈夫だ。好感度を数値化すれば2くらいはあがった。残念ながら親戚だがそれはほっとけばいい。

 試しにから揚げを一つ頬張ってみる。・・うん。なんともいえない。


「それは、私がレンジで、温めた。このきんぴらも、私が、レンジで温めた。このトマトは、私が切って、乗せた。あと、ごはんに、ふりかけ、かけた」


 わーお。全く手が込んでねぇ。そりゃあなんともいえない味になるわ。


「じゃあ、この卵焼きは?」


「それは、おばさんが、つくった。切って入れたのは、私だ」


「そっか・・」


 あくまでも自分の手柄を主張するその姿は初めて覚えた彼女の威圧的な風貌を打ち消していた。まぁろくでもないことなのだが。おそらくここに、彼女がみんなと打ち解けられるヒントが存在するのだろう。冷凍食品まみれの昔から変わらない弁当を咀嚼しながらそんなことを考えていた。


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