第二話「狼少女、わが家に馴染む」
一言で言えばショックだった。もちろん美少女でなかったこととかそういうことではない。思い返せば顔立ちは整っている方かもしれない。
ただ、あの時の対面を一言で言えばショックだという他にはなく、一言で言わなくともショックの一言に尽きる。自分のベッドで横になっておそらく数分。まだ「初めまして」としか会話を交わしてはいない。自分の部屋にこもるのはあまりに不自然だろうし、彼女が自分をどう思ったのか察しがつくのも早いだろう。その半生を知っているわけではないが、人からどう見られてきたのかは想像に容易い。
世界史の教科書を再びスクールバッグにしまい込んで俺はもう一度居間へと向かう。扉を開けるとやはり彼女はそこに居て、戻ってきた俺を琥珀色の片目で見やった。
俺はその場に立ち尽くして言葉を模索する。こんなことなら自分の部屋に帰って会話を途切れさすような真似をするべきではなかった。
「拓真、まだ自己紹介してないでしょ?照れちゃってるわけ?」
照れてなどいるはずないだろう。初めて彼女を前にした人間なら誰だって固まってしまう。そのはずだ。
「そういうのは男の方からやるべきだぞ」
父親は低いテーブルの上の菓子をつまみながら言った。他人事もいいとこだ。
「あ、あと、霧島、拓真っす。あーいや、拓真、霧島か」
仕方なく切り出した俺に彼女は華奢な体であるにもかかわらず重石のようにそこに立ってその小さな唇を開いた。
「ヴィジェ。ヴィジェ・K・レッドフォード。私は、母が、日本人だ。それくらい、承知の上だ。これから、よろしく頼む、拓真」
握手を交わそうとする彼女の手を取る。が、肝心の名前が聞き取れなかった。今まで聞いたことのないような名前だった。それは洋画ですら。
「よろしく・・び、びじ・・」
「ヴィジェだ。名だけなら、そんなに長くはない、名前だと思うが」
「ああ・・そう。ヴィジェ。ヴィジェね」
彼女はそういうが、どことなく言いづらい。ヴィなんて日本語じゃなかなか使わない。それにしても初めての相手にこの態度は日本じゃなかなか見ない態度だ。あつかましいというかなんというか。欧米スタイルとでもいうのだろうか。
「拓真はヴィジェちゃんと同い年だから困ったことがあれば何でも聞いてね」
「そうさせて、もらう」
自分の両親にもこの態度を貫く様子である。それをやすやすと受け入れてしまうのは彼女が外国人であるからなのだろうか。
「それと、これは、生まれつきだ。拓真からは、聞き出しづらいだろう」
それなりの音量でワイワイと騒ぐテレビ。どこぞの港町で食べれる捕れたての高級魚をふんだんに使った海鮮丼がどうだのと言っている中、その言葉ははっきりと俺の耳に届いた。どこがどうと、テレビの中のレポーターのように説明されなくとも彼女の言っていることは理解できた。
おそらくは百五十センチに満たない彼女が用意された座布団に座りなおす。ここにきて初めて彼女の服が目に留まる。およそサイズの合っていない薄紫のセーター。淡い色のデニム。あまり女子の服装に興味が湧きはしないが最近のトレンドでないことは分かる。まぁ、そういう柄でもなさそうではある。
それから家族と夕飯を食べた。アジの開きに、青菜の和え物、漬物と味噌汁には豆腐とわかめが浮かんだり沈んだりしている。露骨なジャパニーズフードアピールである。
「いただきます」
ヴィジェは丁寧に食膳に手を合わせた。大方それが日本流とでも教わって来たのだろうか。
「お口に合うといいけど」
なら、お口に合いそうなものを提供してやってくれ。
「うまい。向こうにいた時も、日本食は、たまに、食べた。日本食は、味に深みが、ある」
「あらぁ~おばさん嬉しいわぁ。拓真ったら特に何も言わないのよ。最近じゃ頂きますすら言わないの」
「それは、感心しない。誰しも恵まれた食事に、礼を尽くす、義務がある。向こうでは、食事を恵んでくださった、神に祈りを捧げた」
「今度から食前の礼と味の感想位いうからもう勘弁してくれ」
「はは!こりゃ参ったなぁ拓真!お前もう一人親が増えたみたいじゃないか!」
まさに今そう言おうと思ってたとこだよ。口には出さず、思うにとどめる。とんでもない来客があったものだ。もしゃもしゃとアジを食べる彼女を目に入れてこれからの往く末にため息すら零れた。
その晩、家を出て一人暮らしをする姉から電話があった。おそらくは彼女のことだろう。電話に出ると久々にその甲高い声が耳に響いた。
「よっすー。いとこちゃん来たって?」
「あぁ。姉貴の部屋借りてるよ」
「写真見たよ。お父さんとお母さんの三人で映ってるの。び・・びじ・・」
「ヴィジェだよ。まぁ言いにくいのは俺も同じだったけど」
「でもさぁ・・あれじゃ今まで大変だったろうね」
姉は声を落として言った。何がとも言わなかったが簡単に察しはついた。
「そうだろうけど・・まぁ、余計な心配だよ」
「かもね。でもさ、あんたと同じ高校通うんでしょ?」
「そりゃないだろ」
「だってお母さん言ってたよ。あの子に学校でび・・ヴィジェちゃんの世話務まるか心配ってさ」
ぱきん、と何かが自分の中で折れる音がした。
「あれだと結構学校でも大変だと思うよ?守ってやれんのあんただけかもしれないんだから男としてしっかり守ってやりなよ?あの子とはもう家族なんだからさ」
この姉貴はいったい何を言っているんだ?そんな疑問符だけが残って、それ以降の会話は全く頭に入らずただ鼓膜だけを揺らしては単調な音として処理をしていた。
彼女が俺の学校に転入してきたならば平穏無事は確実にどこかへと消え去ってしまうだろう。危惧すべきことはいくつもあって、荒れ狂う嵐の予感を感じながら姉との電話を終えた。
一応補足。このお話のヒロイン(笑)は本編「暁のデスペラード」に登場する強盗団『暁』のメンバーであり、人狼の能力を持ち、野盗狩りを行う通称・キリングバイツと呼ばれる少女ヴィジェの設定を色々捻じ曲げまくったものになってます。ので、もちろん人狼じゃないし、人殺さないし、本編では13歳ですがこの話だと17歳だったりします。あと本編19世紀末期の話だし。この話で名乗ったヴィジェ・K・レッドフォードは本編ではもちろん無かったことになるのでよろしくです(本編読んでもらってる人はとんでもない名前だって分かるから大丈夫だと思うけど)




