元勇者とランク上げ
取り敢えずはランクアップをしなければならない。今現在の俺のランクは鉄、最近漸く銅に上がれそうだとよく納品のクエストを確保してくれている受付嬢に言われたのを思い出す。石から鉄は五つクエストを失敗せずにクリアする事。内容は殆どお使いと変わらない様なクエストばかりだ。
行方不明のペットの捜索、今晩の献立を考えて欲しい、離れた村に手紙の配達、ドブ攫い、鼠の駆除等など……。
まぁこれで失敗したなら冒険者何て無理ですよと教える為のクエストらしい。当初の俺は当然一日も掛からずにペット五種類の捜索を終え、その日の内に魔毒の森の採取(受付嬢は入口近くのつもり)を受け、奥地で生えてた果物を多くない量を納品した。
本来なら鉄に上がったばかりの冒険者に魔毒の森など入らせるなんて自殺行為だ。だが入口近くなら話は別で比較的低ランクでも採取が出来る。まぁ見つかるかは運だが。
当然、奥地にある筈の果物を提出すると受付嬢は一瞬固まり動き出したと同時に果物を素早くしまい奥に案内された。奥の商談室らしき部屋で無茶をさせてしまったのではないかと謝られたりした。
そんなギルドの受付嬢を納得させるのに面倒臭いと考えた俺は『力有る言葉』を使い、半ば強制的に納得させた。そして、本来なら魔銀クラスが同行しないと帰れない程の奥地の果物だが依頼内容は果物としか書かれておらず、受けたのも鉄が受けられる程度の物だ。
当然ランクの査定は殆ど入らず、1年近く掛かりやっと銅になれるかもと喜んでいた。俺ではなく受付嬢が……。
「いやーカサドさん、漸く銅になれそうですよ!後2、3回納品していただければ銅は確定です!では、今日はこの辺りのクエスト等はどうでしょうか?」
そう言いながら出して来たのはモモルの実の納品依頼、数は凡そ10個、品質は良ければ追加報酬有りの何時もなら受けたであろうクエストだ。
だが……。
「おろ?あ、待って待って、農家じゃん!」
ギルドの無数に有る丸テーブルに腰掛けていたミスティ・レイドが俺に気が付くや否や足元に転がる男達、ミスティの実力が分からずに挑んだ金ランクパーティーの連中を踏み付けながら此方に寄ってくる。
「が?!」「ぐぇ?!」「おご?!」「ぴぎ?!」
変な声を上げているがアイツらはこの前リースを泣かせた奴らだ。まぁどうでもいいかと踏まれた奴等を無視しながら近寄って来たミスティに視線を向ける。
「何かようか?」
「おろおろ、悲しいなぁ、リースちゃんを泣かせた不埒ものを成敗したのに!」
「何処から聞いた?」
「何か自慢してた。」
「…………。」
「農家、取り敢えず抑えよー?」
無意識に怒気をソイツらの方にだけ飛ばしていたが間にいたミスティもとばっちりを受けたのか若干引いた顔をしている。
「ち……。」
舌打ちを1度だけし、怒気を消す。契約の内容でランクアップするのだ。実力をある程度見せても問題無く、今までちょっと溜めてた怒りを発散したいのもあっての行動だ。
そのままミスティは依頼書を確認し、不思議そうな顔をする。
「おろ?農家、呼ばれてたのに誤魔化せたの?」
「いや、誤魔化せ無かった。だから今日は採取じゃなくて討伐だな。」
「え?!」
出された依頼書では無くクエストボードに貼られている討伐依頼、その中でも金剛が受けられる書類を剥ぎ取り受付嬢に渡す。
今まで頑なに討伐を受けなかった俺に受付嬢はわなわなと震え、え?この人本人?と言わんばかりの表情で俺を見てくる。
「ねぇねぇ、早く受注しないの?」
「え?あ、はい。えっと……本当に良いんですか?」
「農家の実力なら大丈夫しょ。」
何故か勝手に答えるミスティをジト目で見ながら「構いません。」と簡潔に答える。
だがランク差が余りにも有るので受付嬢は「すみません、これは規定違反になるので別のを……。」と書類を返そうとする。だがそんな事は分かっていたので領主から渡された手紙を一緒に提出した。
「?!」
驚きの表情で固まった受付嬢。その顔は最初に採取した時の顔よりもより緊張度合いが高い。ゆっくりと手紙を持ち上げ封蝋を剥がし、中の手紙に目を通す。
「……申し訳ありませんでした。此方のクエスト、受注を完了します。」
何時もよりも厳格な対応に、中に書かれていた内容が気になるがあえて無視し、受注書を受け取ると頭を軽く下げてギルドから出る。
「ねぇ農家、暇だから私も「来るな、飲ますぞ。」嘘です帰ります。」
後ろから追ってきたミスティを追い払いながら目的地に向けて歩き出した。
「……初めて見た。」
受付嬢を初めて十年、今まで色んな冒険者を見てきた。その中でもカサドさんはかなり紳士的な対応の冒険者だ。本来冒険者はならず者が多い、余程な高ランク、それこそ金剛クラスなら変人は多いがならず者は少ない。だがそれ以下は基本的にならず者の割合が多いのが現状です。
だからこそ他の冒険者から絡まれもしていた。けれどいつの間にか解決し、納品依頼を受けていく。
そんな人が初めての討伐依頼、それもホーンタイラントの討伐だ。同ランクの金剛でも無傷とは行かない。
だからこそそんな依頼は受けさせられないと止めようとしたが渡された手紙には領主様から彼の受けるクエスト、その全てを通す様に書かれていた。
それは領主様からの命令書、逆らえる者なんて少なくともこの領地にはいない。
私はもしかしたら凄い事の前触れを見ているのかもしれない……。




