元勇者と都会
門から出てそのまま進み、露店の多い大通りに出る。日はまだ沈むには早く、季節的にも暖かい。良さげな飲み物を露店で買い、リースを抱き上げたまま一息着けそうな場所を探して人混みを通り抜けて行く。暫く進むと人混みを抜け、街の中心にある噴水に辿り着く。
噴水はかなり大きく周りの家と遜色内ほどの高さ迄水を吹き出していた。
その光景にリースが思わず「わー……。」と感嘆の声を上げる。
噴水の近くにはベンチが設置されており、そこらで男女の二人組だったり、家族連れだったり、職場の集まりだったりと談笑が聞こえる。
その中の比較的近くにある空いたベンチにリースを座らせ、隣に俺も座る。
飲み物をリースに渡し、領主との話を聞かせる。
「だから、そのな……ランク上げの為に暫く此処にいないといけないんだが……。リースが帰りたいなら直ぐにでも帰る。」
契約内容的には暫く滞在した方が楽であり、何なら宿屋の紹介状まである。急いで帰れば直ぐに家に帰れるが何分久しぶりの都会だ。どんな物が有るか気になるし、ランク上げならギルドのクエストを確認するべきだろう。
あと近々開催される剣舞祭なる祭りにも興味がある。なので2週間ほどは滞在しようかと思った。
だが俺の中での優先順位はあくまでリースだ。この娘が帰りたいなら有無を言わずに直ぐに帰る。
だがリースは話を聞いた後にじっと俺の顔を見ていた。
「……あの、ね。……おとーさんの……おしごと…………がんばって!」
凡そ1分、暫く眺めていたリースは小さく、だけど力強く答える。上手く言葉には出来ないのだろう、だけど言いたい事は確実に俺に伝わった。
「あぁ、ちょっと頑張って早く家に帰れる様にしないとな。」
人混みが苦手な筈なのに、俺の事を考えての答え、やっぱりこの娘は優しい娘になるだろう。
頭を撫でながら俺達は互いに笑っていた。
この後の宿屋の事などを考える。やはりリースの安全を考えるなら高い宿屋を探すべきだろう。幸い紹介状の宿屋は評判も良く、防犯なども完璧だと聞いた。そこに独自の結界やらを仕込めば容易くは侵入出来ない簡易な要塞レベルの防犯になるだろう。
そしてリースの安全が確保出来るなら次の問題は依頼中のリースの行動だ。流石に高難度のクエストにリースを連れて行くのは俺でも嫌だ。魔獣や魔物には見ただけで発狂しそうな見た目の者もいる。色んな魔法が使えても初見のSAN値振り切れ魔獣はリースに見せたくない。
となるとリースは基本的に宿屋での待機が多くなる。それはこの年頃の娘にはあまり良くないだろう。
そうなれば当然、遊び相手がいる。
「とゆう訳だ。」
「とゆう訳だ、で理解出来たら俺は奴隷にならずにもっと別の方法でかみさんの家を救ってるわ。」
開拓村から転移の魔法である種拉致って来たウルドにある種のお約束みたいな会話をしたがやはり通じない。あの手のなんたらかんたらとかで話が通じるのはやはり無理か。
「まぁ単純に言えば依頼中のリースを見てて欲しいのと遊び相手が欲しい。」
「……一応聞くけどよぉ、それって村じゃダメなのか?」
「都会の喧騒に慣れさせるのもある。何より都会の珍しい物や事に触れさせる事で成長にいいんじゃないかと……。」
「あー分かる、家のリナも機会があったらその予定ぇだったからなぁ。」
「ん?2週間程はいる予定だから何なら連れて来るか?」
「……金がねぇ。」
「リースの事もあるから払うぞ?」
「本当か?!……いや、でもなぁー。オメェには世話になりっぱなしだから、かみさんからも色々言われてんだ。」
「そうか……まぁ一度戻って話し合って見ろよ。」
「あぁ。あんま期待しないでくれよ。」
そう言ったウルドを開拓村まで送り届け、その場で奥さんに「すみません、少し待っていただいても良いですか?」と言われ、まぁ本当に少しなら良いかと待っていた。一緒に来ていたリースはリナちゃんに都会の珍しい物を説明していたが上手く説明出来ず、だがリースの興奮度から凄いのだけは分かるのか楽しそうにしていた。
暫く、本当に少し、5分程度でウルドは戻って来た。隣ににこにこと微笑んでいる奥さんと一緒に。
右頬に紅葉を貼り付けて……。
「すまん。お言葉に甘えていいか?」
「…………あぁ、分かった。」
ウルドの家の家庭内ヒエラルキーが分かった気がした。
俺が紹介された宿屋は1泊がかなり高めだ。1泊で金貨3枚。日本円で数十万相当な宿屋だ。そんな宿屋の一室を新たに借り、2週間分の金額も払う。流石にこんな立派な宿屋とは想定していなかったウルドの奥さんは頻りに頭を下げていたが代わりに留守の間のリースの事を頼む頬に手を当てながらクスリと微笑む。
「カサドさんのお金の使い方はあまりリースちゃんに良くないですよ?」
「んーそうかな?安全は買えるなら買う派だからな俺は。」
そう言いながらふかふかのベッドで跳ねてるリナちゃんをはらはらしつつも混ざりたがっているリースを横目で見る。視線の反対側は向かない。何か血走った目で自分の奥さんと話し込んでいる男を睨んでいる奴なぞ視界に入れたくない。
「……手ぇ出そうとしたら……。」
「てい。」
「あいたぁ?!」
そんなウルドを何処からともかく取り出したお玉で叩くウルド奥さん。にこにこしながらも何処か威圧感が出ていた。
「お礼より先にそんな言葉が出るとはどう言う事かしらあなた?リナの為にもなる、カサドさんに恩が返せる、いい事づくめでしょう?」
「はい。」
「それに…………貴方を追って来たのよ?見ているのは貴方だけよ?」
その言葉にウルドは固まり、奥さんは頬を赤くしながらその場を離れた。近場でこんなやり取りを見せられた俺はどうするべきなのか悩み、リースとリナちゃんを連れて外で買い物して来ると伝えて離れた。リースとリナちゃんもやり取りを見ていた為か嬉しそうに買い物に同行した。




